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三題噺もどき4

家族との

作者: 狐彪

三題噺もどき―ななひゃくななじゅうご。

 




 外は雨が降り出した。

 ぽたぽたと窓を叩く音が少しずつ大きくなってくる。

 そういえば、ベランダに置いてあったサンダルは、濡れない所に置いただろうか。

「……」

 少し前まで月の浮かんでいた夜空は、あっという間に暗くなる。

 星はとうに見えず、分厚い雲だけが空にある。

 比較的良好だった視界も、窓ガラスが濡れるせいで滲んでいく。

「……」

 寒いからと、暖房をつけているはずなのに、足先が冷えてきた。

 まぁ、裸足でいるのが悪いのだけど……窮屈なのは嫌いなのだ。

 一応冬用のルームシューズにつま先は引っかけてある。踵はむき出しだけど。

「……」

 その踵は、いつの間にか冬用に変えられていた絨毯の上に置かれている。

 ローテーブルが置かれたり、ソファが置かれていたりするので、正確な模様は分かりづらいが……水彩画のように美しく柔い色使いでなかなかに良いものだと私は思っている。派手な色使いも嫌いではないが、これくらいが丁度いい。

「……」

 ローテーブルの上には、ココアが置かれている。

 湯気の立つその上には、小さなましゅまろが浮いている。

 甘いものはさほど得意ではないのだが、おまけだとでも言うようにいくつか浮かしてくれたらしい。可愛らしいものだ。

「……」

 カチ―と何かが動く音がした。

 雨が降り出したと気づいてから、1分程経ったらしい。

 秒針のないこの部屋の時計は、忙しさはなくとも、確実に時を刻んでいる。

 こちらの事はお構いなしに。

「……」

 リビングに居た。

 ぼんやりとした灯りを付けて、ソファに腰かけて、久しぶりに読書に勤しんでいた。

 膝の上には、寒いだろうからと強制的にかけられたひざ掛けがかかっている。

 少し毛足の短いさらりとした手触りで、これがなかなかにいい。

「……」

 本のページをめくるたびに、たまに触れてくるその感触が、くすぐったくもあり、心地よくもある。

 ―まだ少し落ち着かない頭を慰めてくれているようで。

 ―どこかそわそわとしてしまう私を落ち着かせてくれているようで。

「……」

 あれから。

 アレからの接触は、パタリと途絶えた。

 まぁ、私もどうにも調子が乗らなかったり、思うように体が動かなかったりで、外に出ることを控えているからというのもあるのだろうけど。

 こんなに、外出をしなかったことは、ここにきてからはかなり久しぶりなような気がする。それも、ここに慣れるためのものであって、調子が悪いからとかそんな理由ではなかった。

「……」

 起きて、ベランダに出る事すら、しなくなった。

 仕事はもちろんしているけれど。

 散歩に行こうとも、思えなくなってしまった。

「……」

 かた―と、音のした方を見る。

 そこには、相変わらずキッチンで何かを作っている、私の従者が居る。

 小柄な青年の姿で、エプロンを付けたまま、いそいそと。

「……」

 親―というのは、元来どういう物なのだろう。

 自らの腹を痛めて生み落とした我が子に対して、どう、向き合っていくモノなのだろう。

 そのどれもが、親という生き物全てが、必ず愛情を持つということが、当たり前なのだろうか。生憎、自分がその立場になったことがないので、分かりもしないが。

「……」

 私の知る、親、というモノが。

 私に、向けてきたものは。

 そんな、可愛らしい、愛情なんて、暖かな、モノではなかった。

「……」

 どちらかと言うと、実験台みたいな、物に向ける、冷たい。

「……」

 それを、どうと、思ったことはない。

 生まれたころから、それが当たり前で、普通で、日常で。

 偽物みたいな愛情を、時折向けられるくらいで。

「……」

 他の親子を羨ましいと、思ったことも、不思議とない。

 それは他人のものであって、私のものではないと、分かっていたから。

 それに、私には、親ではなくとも。

 家族はいたから。

「……どうかしましたか」

 見ていたのがばれたらしい。

 手をとめて、普段通りの声色で―けれど、奥に隠しきれない何かが見え隠れしている。

 コイツは、コイツが思っている以上に分かりやすい。

 心配ばかりかけてしまって、申し訳ないばかりだ。

「……なんでもないよ」

「……もうすぐ休憩にしましょう」

「……あぁ」

 温かな、この時間は。

 確かに、家族との、時間だった。






「甘すぎやしないか、これ」

「これくらいが丁度いいですよ」

「コーヒーが飲みたい」

「あとで淹れますよ」













 お題:雨・水彩画・ましゅまろ

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