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第九話 峠の病

 それから、数日が経った。


 フィアナにお湯を飲ませ、温かいスープを作ってあげた。

 それでも――彼女の熱はまったく下がらなかった。


 この世界では「発熱」はただの風邪じゃないらしい。

 治るか、死ぬか。

 回復魔法でも治せない"峠の病"なんだと、パブレが言っていた。


「フレア……」


 枕元から、弱々しい声がした。

 その隣で、パブレが今にも泣き出しそうな顔で座っている。


「パブレさん……もし私が……亡くなったら……この子を……」


「そんなこと言わないでください!」

 パブレの声が震える。


 ……大の男が泣きべそだ。

 三十代後半で、そこそこ筋肉ある冒険者が。

 だから童貞なんだろ。


「フィアナさぁぁんんん……ん――」


「いや、ただの風邪でしょ……」


 俺が小声で突っ込んでも、誰も聞いちゃいない。

 まあいい。問題は"寒さ"だ。


 この世界では、一度冷えた身体を温める手段がない。

 焚き火も、ストーブも、なにもない。


 だから、風邪も大病扱いになる。


 ――なら、作るしかない。



「ストーブ、作ります」


「す、すとーゔ?」


「はい。火を閉じ込めて、部屋をあっためるものです」


「……できんのか、そんなもん」


「できます。俺たちなら」


 胸を張って言い切った。

 パブレが鼻をすすりながら「手伝う!」と言った。


「俺にできることはなんでも言え!」


 泣きはらした目で言われても締まらないけど……まあ、頼もしい。


「まあ落ち着いてください、パブレさん。僕たちならできます。火がありますから」



 まず、庭の土を掘る。深さはひざくらい。

 その中に石を敷き詰め、壁を粘土で固める。

 次に、上に大きな石板をのせて天板を作る。

 空気の通り道として、側面に細い穴を開ける。


「な、なんか……本格的だな」


「そんなこと言ってないで、手を動かしてください! 僕には力もなにもないので、パブレさんが頼りなんですよ」


 5歳児の力じゃ、パブレに指示を出すことくらいしかできない。

 でも、性欲に従順なパブレは、文句一つ言わずに、動き続けた。


 俺は指先に火を灯し、ゆっくりと箱のなかに送り込んだ。

 土の中で炎がゆらめき、空気の流れに合わせてぼうっと息をする。


 やがて、箱の上からふわりと暖かい空気が立ち上った。


「……あったかい……」


 ――完成。

 現世の知識を詰め込んだこの世界初の"ストーブ"だ。


 ◇


 早速、フィアナに見せてみた。


「これがストーブです、お母さま!」


「すとーゔ……?」

 フィアナは不思議そうに箱に手を伸ばす。

 石の天板から、ふわりと優しい熱が広がった。


「どうですか? あったかいでしょう?」


「……ほんとに、あったかい……」

 フィアナが目を細める。

 その瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。


「お母さま! どうかしましたか!? 煙のせいですか!?」

 

「違うの……」

 彼女は胸に手を当てて、かすかに笑った。

 

「暖かいのよ、心まで…… ありがとう、フレア」


 ……そう言われると、なんかこっちが照れる。

 頑張って作ったものを褒められるってのは、やっぱり嬉しい。


「ま、まあ当然です! お母さまには――」

 ちょっと偉そうに胸を張る。

「長生きして、僕の面倒を見てもらわなきゃいけませんから!」


 そういうと、フィアナはにっこりと笑って、頷いた。


「ありがとう、フレア」

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