第九話 峠の病
それから、数日が経った。
フィアナにお湯を飲ませ、温かいスープを作ってあげた。
それでも――彼女の熱はまったく下がらなかった。
この世界では「発熱」はただの風邪じゃないらしい。
治るか、死ぬか。
回復魔法でも治せない"峠の病"なんだと、パブレが言っていた。
「フレア……」
枕元から、弱々しい声がした。
その隣で、パブレが今にも泣き出しそうな顔で座っている。
「パブレさん……もし私が……亡くなったら……この子を……」
「そんなこと言わないでください!」
パブレの声が震える。
……大の男が泣きべそだ。
三十代後半で、そこそこ筋肉ある冒険者が。
だから童貞なんだろ。
「フィアナさぁぁんんん……ん――」
「いや、ただの風邪でしょ……」
俺が小声で突っ込んでも、誰も聞いちゃいない。
まあいい。問題は"寒さ"だ。
この世界では、一度冷えた身体を温める手段がない。
焚き火も、ストーブも、なにもない。
だから、風邪も大病扱いになる。
――なら、作るしかない。
◇
「ストーブ、作ります」
「す、すとーゔ?」
「はい。火を閉じ込めて、部屋をあっためるものです」
「……できんのか、そんなもん」
「できます。俺たちなら」
胸を張って言い切った。
パブレが鼻をすすりながら「手伝う!」と言った。
「俺にできることはなんでも言え!」
泣きはらした目で言われても締まらないけど……まあ、頼もしい。
「まあ落ち着いてください、パブレさん。僕たちならできます。火がありますから」
◇
まず、庭の土を掘る。深さはひざくらい。
その中に石を敷き詰め、壁を粘土で固める。
次に、上に大きな石板をのせて天板を作る。
空気の通り道として、側面に細い穴を開ける。
「な、なんか……本格的だな」
「そんなこと言ってないで、手を動かしてください! 僕には力もなにもないので、パブレさんが頼りなんですよ」
5歳児の力じゃ、パブレに指示を出すことくらいしかできない。
でも、性欲に従順なパブレは、文句一つ言わずに、動き続けた。
俺は指先に火を灯し、ゆっくりと箱のなかに送り込んだ。
土の中で炎がゆらめき、空気の流れに合わせてぼうっと息をする。
やがて、箱の上からふわりと暖かい空気が立ち上った。
「……あったかい……」
――完成。
現世の知識を詰め込んだこの世界初の"ストーブ"だ。
◇
早速、フィアナに見せてみた。
「これがストーブです、お母さま!」
「すとーゔ……?」
フィアナは不思議そうに箱に手を伸ばす。
石の天板から、ふわりと優しい熱が広がった。
「どうですか? あったかいでしょう?」
「……ほんとに、あったかい……」
フィアナが目を細める。
その瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。
「お母さま! どうかしましたか!? 煙のせいですか!?」
「違うの……」
彼女は胸に手を当てて、かすかに笑った。
「暖かいのよ、心まで…… ありがとう、フレア」
……そう言われると、なんかこっちが照れる。
頑張って作ったものを褒められるってのは、やっぱり嬉しい。
「ま、まあ当然です! お母さまには――」
ちょっと偉そうに胸を張る。
「長生きして、僕の面倒を見てもらわなきゃいけませんから!」
そういうと、フィアナはにっこりと笑って、頷いた。
「ありがとう、フレア」




