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第七話 火属性魔法

 魔力量の問題はクリアした。

 あとは――イメージだ。


 俺はすでに決めている。

 思い浮かべるのは"炎"そのものではない。


 ライターだ。


 水みたいに体液感覚で出すものじゃない。

 あれは、カチッとやって、ボッとつけるものだ。


 だが、俺には自信がある。


 ――なぜなら、前世の俺は生粋のヘビースモーカーだったからだ。


 勤務二十時間。それ以外はトイレとタバコに費やしたほどだ。

 魂が削れる社畜地獄の中で、タバコの火だけが俺を人間に戻してくれた。


 一日一カートン。

 それだけ、ライターに火を灯してきた。


 だから、ライターは俺の一部だ。



 俺は目を閉じ、ライターを思い描く。


 手の中に金属の感触。

 親指をホイールに添えて――カチッ。カチッ。


「……どうだ?」


 目を開ける。

 だが、火は……出てない。


「だよな。そんな都合よく――」


「バカだな。そんなんで出るかよ」


 パブレが言う。

 うるせえ。


「お母さまー! パブレさんが意地悪しまーす!」


「やめろッ!? す、すみませんね〜冗談ですよ〜!」


 秒で土下座テンション。

 母の名前はパブレの急所だ。これだから性欲マンは。


「……フィアナに見られてるんですよ。シャキッとしてください」


「へいへい……ほいで、アドバイスですけどね。イメージは持ってくるんじゃなくて、"今ここで作る"って感じっすよ。わかりますか、坊ちゃん?」


「……やってみます」


 もう一度、目を閉じる。



 右手にライター。

 左手にタバコ。

 夜勤明けのベランダ。


 いつもと同じ動作。

 いつもと同じ薄暗い空。

 いつもと同じシワだらけのスーツ。


 通勤電車に揺られて、オフィスに足を踏み入れる時の冷たさ。


 挨拶も、会話も、誰かの温かい声も、何一つない冷たさ。


 ただ機械のように仕事をこなすだけ。


 それでも理不尽に怒鳴られて、無視されて、叩かれてが当たり前の世界。


 俺には誰も期待していないのだと、改めて気付かされる冷たさ。


 それでも、毎日の最後に灯る小さな火だけは――


 あったかかった。


 世界でたった一人の味方みたいで。


 その温もりを――もう一度。


 カチッ。


 ボッ……。


「……?」


 まぶたの裏が赤く染まる。


「お、おい……うそだろ」


 パブレの声が震える。


 目を開けた。


 タバコも、ライターも、ベランダもない。

 でも――


手のひらに、炎があった。


「……できた」


「おいおい」

 

「……? どうしたんですか?」


 隣で見ていたパブレが、不思議そうに首を傾げる。

 成功したんだ、一緒に喜んでくれてもいいのに。

 この男、本当に感情というものがないのだろうか。


「いや、お前さ」


「ん?」


「……なんで泣いてんだ?」


 涙が、火に落ち、小さな火は、消えた。

 


 それから一時間。

 俺たちは魔力を注ぎ込み、ついに火魔法を完成させた。


 飛ぶのは、指先サイズの火の玉。

 威力も、脅威も、まだ何もない。


 それでも――


「すげえ……こんな魔法、見たことねえ……!」


 パブレが震えている。

 そりゃそうだ。


 ここに、世界初の火が生まれたのだから。


「この魔法、名前は?」


「決めてます」


 俺は迷わず言った。


「スーパーボロスバーストインフェルノアポカリプスドラゴンブレイズヘルファイアスカーレイン」


 パブレは無言になった。

 五秒後、そっと顔を覆った。


「……もっと、こう……短いのはねえのか……?」


 ない。



 そして未来――


 やがてこの世界の子どもたちが、

 “ただの火の玉”を撃つこの初級魔法に、


「スーパーボロスバーストインフェルノアポカリプスドラゴンブレイズヘルファイアスカーレイン」


 と、真顔で唱える日が来ることを――


 フレアはまだ知らない。

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