第四話 水魔法はむずかしい
――パブレ。結論から言うと、ハズレだった。
本来なら今日は記念日だ。
五歳になった俺に、念願の魔法家庭教師が来る日。
というのも、二歳のときにフィアナに頼みこんだことがある。
『五歳になったら魔法の家庭教師をつけてください』と。
……で、三年経って、本当に連れてきた。忘れてると思ってたのに。
――そこまでは完璧。約束を守れる天然美人。ありがとう母さん。
だが、しかし。
来たのは、
・腹が少し出た
・髭ぼさぼさ
・目が死んだ
三十代半ばの中年男。
俺の脳内ではこんなシチュエーションがあった。
優しくて、ふわふわで、癒し系の魔法少女が来て、
魔法暴走してドーン! キャッ! 服ビリッ! 的な展開も視野にあった。
そんな夢が……俺にもあった。
それなのに――男。しかも雑魚キャラ感のある地味ヒゲ中年。
もうそれだけで期待度マイナスからのスタート。
で、授業開始。
「おい、坊主」
お前さっき家では「フレアくん」って言ってたよな?
外に出た瞬間、素が出るとか、もうやばい。
渡されたのは『魔法基礎』という分厚い本。
「それ読んでろ。俺は釣りしてくるから」
はい? なに? 俺、釣り人の付き添い?
家庭教師ってそんな職業だったっけ?
でもまあ、本があるだけマシだ。魔法の知識はほしい。
こいつに教わったら変なクセつきそうだし。
ページをめくる。
『魔法は水・風・土の三属性』
なぜ、その三つなんだ……。
光と闇はあるっちゃあるけど、稀少らしい。
まあでも、これくらいは知ってる。五年も生きてりゃ誰でもわかる常識だ。
重要なのは"使い方"。
『力をグイッと込めて、ハッと放つだけ』
説明力どこ行ったよ……。
グイッと? ハッて何だ? 擬音で魔法習得させる気か?
でもやる。俺はやるときはやる男だ。
集中――グイっとやって……ハッ!
って、やっぱ何も起きないよねー。
ですよねー。
◇
「あの、パブレさん」
「んだ坊主」
釣りしてんじゃねえよ。仕事しろ。
「魔法のコツって……」
「イメージだよ。イメージ。なぁに難しく考えてんだ」
いや、家庭教師だろ? 教えに来たんだろ?
でも"イメージ"って言葉に少し引っかかった。
なるほど、原理というより感覚重視なのか。
「まずは水でも出してみろ。身近なやつでいい」
水、水……身近な水……?
蛇口? 井戸? いや違う。
俺の中の"水"……
前世のブラック会社。トイレも行っちゃいけない20時間勤務明けの放出タイム。
魂の解放、水の奔流……。
……いや、違う。やめろ俺。
でも、イメージ……イメージ……
集中。
手のひらに意識を集め――
ひんやりした感覚。
え、来た? 来たか? ついに俺も魔法少年?
目を開けると、水玉が浮いている。
拳大の水玉。
「できた! 魔法が――」
「よくやったな。最初にしては上出来だ」
――ぴちゃ。
……ん? 地面、濡れてる?
「ぼ、僕がこれを……? 水魔法……?」
才能爆発? 天才? 異世界チート開幕?――
「違ぇよ」
パブレが、俺の足元を指差す。
「お前の股から生えてる"杖"の仕業だ」
「は?」
ツンと刺すアンモニア臭。
……理解。
これ水じゃない。
魔法でもない。
これは、漏らした。




