第十一話 商会
――胃が痛い。
今、俺は王都の超大手、《ウォーリー商会》の応接室に立っている。
フィアナのママ友、ノルナの実家。
その父親が会長。王都一のやり手商人らしい。
(帰りたい。無理。胃が死ぬ)
背中を汗が流れる。空気が重い。呼吸がしにくい。
この圧、やばい。完全にアウェー。
……雰囲気的には、中小ブラック企業がS◯NYと契約交渉してる感じ。
いや、マジで無理ゲー。
(ああ……思い出す。あの地獄の日々)
契約取れなきゃ残業50時間。
「やる気が足りない」って言われて、胃薬飲んでたあの頃。
(今回は……大丈夫。たぶん。残業はない。怒られない。はず)
隣のフィアナはというと、ノルナとニコニコ雑談中。
この女、緊張の概念を知らない。
(メンタルどうなってんの……)
――ガチャ。
扉が開いた。
ドス、ドス、と重い足音。
三人の重役。真ん中の男は、見るからに会長。
声も顔も、“威厳”そのもの。
「……ストーブ、と言ったか? 家を暖める道具だと?」
「はいっ! うちのフレアが、わたしのために作ってくれたんですっ!」
フィアナが胸を張る。
宣伝ワードが“私専用”なの、やめて。
会長が頷く。
「……見せてもらおう」
「は、はい!」
俺は深呼吸して、小型ストーブを取り出した。
火魔法を封じた仕組みを説明しながら、実演。
――ぼうっ。
暖かな空気が広がる。
「……ふむ」
無表情。声が低い。やめてくれ、その圧。
「これはどうやって作る? 火はお前しか扱えんのだろう?」
「魔石に火魔法を込めれば、同じ効果が出せます。つまり、“火を封じた石”を作れば量産できます」
「なるほど」
会長が顎をなでる。質問が続く。
俺、必死に答える。うまく言えてるかは知らん。
でも言うしかない。
――沈黙。
会長の眉間にシワ。
(あ、やばい。空気が死んだ。胃が、胃が……!)
そして――
「たとえ温かくとも、人々は“未知の力”を恐れる。……誰が買う?」
「人間って、どうしようもなく面倒くさがりなんです」
口が勝手に動いた。
「できるだけ楽したい。努力したくない。自分がやらなくても、誰かがやってくれるだろう。
みんな、そう思ってます」
会長が目を細める。
けど、俺は止まらなかった。
「一度ストーブの良さを知ったら、もう戻れません。
"楽してる人"を見るとムカつく。だから、同じものを欲しくなる。
"寒さを我慢してる人"を見ると、"アホ"だなって思う。
便利って、きっとそうやって広がってるんです」
「ちょっとフレア! バカはダメでしょ!」
フィアナが横からそう言う。
「はっはっはっは!」
すると会長が爆笑した。
「まったく面白い親子だ。……開発者は君だと言ったな。いくつだ?」
「ご、五歳です……」
「ほう……!」
ざわっ。
五歳児がストーブ作ったら、そりゃ驚く。
「よくやった。取り分は五十%にしよう。信頼の証だ」
「えっ!? ……ありがとうございます!」
胸の奥が熱くなる。
会社で"黙ってろ"って潰されてたあの頃の俺が、少し報われた気がした。
「人間は面倒くさがり、か。君は人間をよく理解している。素晴らしいことだ」
その言葉が、やけに染みた。
――ブラック会社で失った何かが、少し戻った気がした。
「ありがとうございます!」
思わず深く頭を下げる。
もう少し、この世界で頑張ってみよう。
そう思えた一日だった。




