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春の花

作者: ゆいまる
掲載日:2010/04/26

 学校からの帰り道にボタンを拾った。

 赤い小さな花の形をしたボタンだ。穴は4つ。指でつまむと少しだけ分厚いのが分かる。

 僕はランドセルを背負いなおし、その草むらに隠れるようにして落ちていたボタンを、じっと見つめた。


 脇の車道からクラスメイトたちが追い抜いて行く。何か声をかけられたが、ボタンに集中していた僕は生返事しか出来ない。 学校に行くには、田んぼの脇の細い道を通るしかない。ガードレールはあるが、田んぼの反対側は二斜線の国道になっていて交通量が多い。左右で全く色の違う風景に挟まれるように、僕は毎日歩く。


 もう一度、ボタンの落ちていた畦道に目をやった。

 校庭よりもずっと広い田んぼには、今は何もない。真っ黒な土がむき出しになっている。その隙間隙間に畦道は、いくつも複雑に枝分かれしながら蜘蛛の巣のように伸びていた。今はその緑色の蜘蛛の巣に、蒲公英やスミレ、カラスノエンドウなんかの蝶が引っかかっている。


 どうして?


 再びボタンに目をやる。どうして僕はこのボタンを見つけたのだろう?

 友達を作るのが苦手な僕は、大抵一人で登下校する。また、俯いて歩く癖もあった。六年生になってからは石蹴りをしながら下校するのにこっていて、今日もそうしていたはずだ。

 ふと、下校の友だったはずの石を探す。でも、どうしても学校から一緒だったはずのその存在は、どこにも探せなかった。

 伸ばし放題の草むらには、誰かが投げ捨てた空き缶や、雨に打たれてくしゃくしゃになっている雑誌も見える。そう、無数のガラクタや、美しい花々がここにはあるのだ。まして、僕はずっと石を蹴っていた。なのに……。

 誰のボタンだったのだろう?

 疑問を供に、僕は再び家路を行く。


 どうして僕がこの小さな小さなボタンを、あの草むらから見つけられたのかは分からない。でも、もっと分からないのは、どうしてこのボタンがあんな場所にあったのかと言うことだ。


 誰かが捨てた?

 ボタン一個だけを? 考えにくい。

 じゃ、外れたのがたまたま落ちたのか?


 それはありえないこともないが、このボタンは花の形だ。どちらかと言うと小さな女の子がつけるような印象がある。小さな女の子が田んぼで遊ぶのだろうか?

 顔を上げる。

 田んぼはここらへんじゃ珍しくともなんともない。確かに、もう少し温かなら虫取りやおたまじゃくしを探しに来る子どもはいるだろう。けど……。

 傍に揺れている菜の花の一群を見る。

 黄色の一群は、一つ一つの個性を消し区別がつかない。だけど、その代わりに彼らが独りではないと言うことを自慢しているように見えた。


 苦手だな。


 僕はこの自然の風景にはまるでなじまない、作り物の、無邪気な赤いボタンの花の方が、どちらかといえば自分に似合っているような気がした。

 遠くを、同じ学年の違うクラスの連中が自転車で連れ立って行くのが見えた。最近出来た塾に行くのかもしれないな。クラスの皆が休み時間に囁きあっていたことを思い出す。もちろん、その会話の中に僕の声はないのだけれど。


 僕はボタンを握り締めると、ポケットにつっこんだ。手の中でボタンの感触がする。まだいける。僕は大丈夫。


 菜の花を振り切りさらに前に進もうとした時だった。その中から、小さな顔がひょっこり覗いたのだ。僕は思わず驚いて足を止める。

 出てきたのは真新しい黄色い帽子を被った女の子。小さいし、きっと一年生だ。

 驚いて見つめる僕に、女の子は二カッと笑い、自慢げに何かを差し出した。

 それは小さな手に握られた、小さな花束だった。蒲公英にレンギョウ、スミレにホトケノザ、それに菜の花も混じっているその花束は、女の子の小さな手の中に広がる、春だった。


 女の子は、突然飛び出てきたその花達に驚く僕に、マシュマロを指先でつまんだような笑顔を浮かべ、花束を引っ込めた。どうやら、自慢したかっただけらしい。

 友達と道草でもくっているのか? 周りを見渡すけど、その子の他には誰の姿もなかった。


「ねぇ。あんまり田んぼを荒らすと、怒られるよ」


 声をかけてみる。

 あぜ道には、きっとこの子のものなのだろう、赤いランドセルがほっぽり出されていた。見事に横につるされていたはずの給食袋が泥に浸かっていて、他人ながら、お母さんに叱られるぞ、と心配になった。僕は思わず道をそれ、ランドセルを持ち上げる。まだ、教科書のさほど入っていないランドセルは、とても軽く、新しい皮の匂いと一緒に、草や土の匂いがした。


「ねぇ! 君!」


 声を上げる。でも、花を摘むのに夢中なのか、女の子は菜の花の群生の真ん中でしゃがんだまま動かない。

 どうしよう。このまま置いていこうか。

 判断しあぐねて鞄を見る。


「あ」


 僕は思わず声を上げた。なぜなら、泥に染みた薄いピンク色の給食袋についていたのが、あの、赤い小さなボタンだったからだ。

 ランドセルの両肩紐に腕を通し、片手でポケットをまさぐる。すぐにコツンと固い感触が爪先に触れて、それを取り出した。

 握り締めた僕の小さな花をそっと開く。

 一緒だ。全く一緒だ。じゃあ、このボタンは……。


「あれぇ」


 すぐ傍で声がして、僕は顔を跳ね上げた。女の子がさっきの倍の春を手にして、僕の手の中の小さな花を見つめてる。


「あったぁ!」


 声をあげ、簡単に僕の手のひらから、たくさんの春をすでに持っているその女の子は、あの小さな花のボタンを取り上げた。


「探してたの! 昨日、なくしちゃって。お母さんに叱られちゃって。でも、よかったぁ」


 はしゃぐ女の子は、照れも躊躇も見せずに大切そうにボタンを握り締めている。

 僕が、出会ったボタンなのに。僕が、見つけ拾ったボタンなのに。僕に唯一似合う、花なのに。自分は本物の花をたくさん持っていのに。


―― ボタンのことなんか忘れて花を摘んでいたくせに!


 空っぽになった手を握りつぶすように閉じた。鼻の奥がツンと痛い。喉がぐっと絞まり、息を吐き出すのが難しい。自由が利かない僕の呼吸とは裏腹に、心臓がバクバクとなっている。

 唇をぐっと噛み締めた。

 周囲には、群れる黄色の花。草と仲良く風に揺れる春の花。遠くで、また、誰かの声がした。やっぱり、その中に、僕の声はない。


 僕はそっと、女の子のランドセルを、今度は泥に浸かってしまわないように草の上に置くと、背を向けた。

 石を探して帰ろうと思った。

 ゆっくりと息を吐き出す。熱がそっと逃げ、まだ冷たい空に溶けて行く。鼻先を掠める、青臭い匂いがうっとおしかった。

 いつもの道を見据える。車が行き交っているのが見えた。その端の、申し訳なさそうな細い道。アスファルトに覆われていて、排気ガスに茶化されて、なんの草も生えない、変化があるとすればひび割れくらいの、僕の道。

 ボタンなんて、拾わなければ良かった。

 一歩、土の上から固い地面に足を下ろしかけた時だった。


「お兄ちゃん!」


 ぐいっと体が引っ張られる。僕はバランスを崩し、目を瞠る。その視界を覆うように突き出されたのは


「え」

「あげる」


 春だった。

 僕の腕を掴んだまま、春の向こう側でマシュマロが溶けていた。あの子が花束を僕の鼻先に突き出したのだ。


「ありがとう。お兄ちゃん。お礼にあげる」


 仄かに甘い香りがした。無理やり引きちぎられているせいか、折れ曲がった茎や、欠けた葉からも匂いがする。

 僕の体に、春の匂いが満ちて行く。


「どうも……」


 僕はおそるおそるそれを受け取った。

 女の子はそのまま、僕の手を握る。


「一緒に帰ろ」


 それは、土と緑の汁にまみれた小さくて温かな手だった。

 風が、僕らの傍を通り過ぎて行く。それはさっきより微かに温もりを感じて……。


「うん」


 石蹴りの石もボタンももうないけれど、その代わりに僕は、本物の春を握り締め、いつもの道をまた、歩き出した。

 そよ風に揺れる菜の花達が、僕らに優しく手を振った気がした。



ネット小説の段落分けや、スペースの使用方法を実験したくて書きました。

もし、このスペースが不快になられた方がいらっしゃったらスミマセン。


また、ネットや携帯ではどのような形が読みやすいのか、もしくは書籍と同じでもいいのか、一言でもアドバイスいただけたら嬉しいです。


最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  はい。どうもこんにちわ~。  今回の投稿は文章表現のテストということで、僕から見るとよくフィットしているようにも思えましたよ。選択肢のうちの一つに加えておくと、いいかもしれません。あくまで…
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