020
厳かにこの部屋に入ってきたのは、一人の司祭。
神々しい神衣に、二人の付き添いの人。
真っ白な法衣に、長く大きな白い帽子。
神様を書かれた紋章と、大きな十字架を持った老婆の司祭だ。
老婆ではあるが、僕はその人物を知っていた。
いや、僕だけじゃない。
記憶を失ったイグアス以外、全ての人間が知っている帝国の有名人。
「大僧正オクスブリング様。どうしてここに?」
帝国の国教キュベリオンの最高司祭、オクスプリング卿。
オクスブリングは、この帝国内では皇帝よりも偉い存在だと言われていた。
「よい、彼女が記憶を、失ったのか?」
「はい、雷鳴師イグアスにございます」
ワイヒラウが、深々と頭を下げた。
イグアスは記憶を失っていて、キョロキョロとしていた。
雷に打たれる前は、無論オクスブリングの名前は知っていた。
でも今は、やはり記憶がない。
「かわいそうに、キュベリオン様の加護があらんことを」
十字を切って、天に祈るオクスブリング。
その姿を見て、ワイヒラウの隣にいたゴグダは興奮していた。
グラも、おどろいて目をつぶっていた。
「わざわざオクスブリング様は、彼女を見てくださるとのことですか?」
「無論だ。彼女は貴重な力を持つ雷鳴師。我が帝国の優秀な人材。
彼女を救うことこそ、国のためにもなろう。
彼女のような貴重な人材を、みすみす失うわけにはゆかぬ」
老婆オクスブリングが、イグアスの前に膝をついた。
大柄のイグアスも、オクスブリングのオーラにさすがに押されていた。
神の生まれ変わりのようなオクスブリングは、本物の神様のように神々しかった。
イグアスの目を、じっと見ているオクスブリング。
「どうですか?」
「赤雷によって、全ての情報を失われています。
それは、あなた方もわかっているでしょう」
「ええ」
「雷を受けて、体も膨張しているようでさらに大きくなっていく。
このままいけば、彼女の体が壊れてしまう」
「そ、そんな」僕は、落胆の声を漏らした。
イグアスを、絶対に失いたくない。
唯一の戦友を、失った僕は二度と戦えないかもしれない。
イグアスは、僕にとって最高の相棒なのだ。
だから、どうしてもイグアスを救いたい。
「イグアスを、イグアスを救うにはどうしたらいいですか?」
「赤雷から、情報を取り返すしかない」
「やはりそうか」
だけど雷神『赤雷ママラガン』は、神出鬼没だ。
レモフィラに赤雷の雷獣がいたけど、雷神はどこにいるかわからない。
そもそも赤雷ママガランは、フェザーとの戦いの後から僕はずっと探していた。
故郷を滅ぼした最強の敵であり、仇だ。
倒さなければいけない仇の情報は、いまだに手がかりすらない。
そもそも、男か女かさえもわからない相手なのだから。
「赤雷の雷神ママラガンは、どこにいますか?」
「奴は、帝都ライザーに現れる!」断言したオクスブリング。
「本当に?」
「既にこの帝都に、居るのかもしれない。
赤雷の雷獣が、ライザー大橋に感じられた」
「ライザー大橋といえば、帝都に入るための大きな橋。そこに赤雷ママラガンが?」
ワイヒラウの言葉に、オクスブリングが頷いた。
大僧正オクスプリングの天啓は、よく当たる。
神に限りなく近い力を持つ帝国随一の司祭は、はっきりと予言していた。
だからこそ、僕はいてもたってもいられなかった。
「僕に行かせてください!今すぐ、ライザー大橋に!」
僕はワイヒラウに、自分からの意思をはっきりと伝えていた。
ワイヒラウは、僕の言葉に困った顔を見せていた。
「そうはいきたいんだが、長旅から帰ってきたばかりだろう。
ダンタリオン、今日はゆっくり休め」
「でも、僕は戦えます!」
「無理だ、今日はゆっくり休め。俺が倒してやっから」
僕を諭したのは、背の高いグラだった。
「それに疲れているのは、君だけじゃない」
ワイヒラウが、僕の隣にいるイグアスを指さしていた。




