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逃亡、能力拡張

 僕らは教授の死に際を見届け、しばしの静寂が訪れていた。

 しかし、殺人を犯した僕らを社会は許そうとしないらしい。

 住宅街から離れているとはいえ、ここは公園である。

 当然のように民間人が立ち寄る公共施設だ。

 僕と陽彩が後ろからやってくる人影に気づいたのはほぼ同時だった。

 まだ距離は十分開いているし、幸い夜が僕らを隠してくれている。


「走って!」


 陽彩は小声ではあるが、はっきりと力強く口にした。

 僕はその声に煽られ、その場から全力で逃げ出す。

 それに続き、陽彩も後をついてくる。

 

「はぁ、はぁ、ちなみにどこに行くのが正解?」


 走れと言われた僕は目的地も設定せずに足を動かしていた。


「はぁ、とりあえずもう少し遠くまで!」


「顔は見られてないはずだからとりあえず全力で逃げるよ!」


「わかった!」


 僕らは5分ほど全力疾走を続け、ようやく立ち止まった。

 膝に手を置き、肩で息をする。


「はぁ、はぁ、危なかったね......」


「はぁ、はぁ、いや、僕はなんにもわかってないんだけど......?」


「だって、あの状況を見られたら言い逃れできないでしょ? その上、顔なんて見られたら人生おしまいじゃない?」


「まぁ、そうだけど......」


「まだ、私にはやることがあるからね。捕まるわけにはいかない」


 陽彩は決意を込めた眼差しでそう言った。

 そして、日常の終わりを告げる言葉を口にした。


「どっちにしても、神崎陽彩としての人生はもう終わってるようなもんだけど」

 

「え? それってどういう?」


 僕の思考はしばらく停止していたと思う。

 とりあえず、口を動かして聞き返すことしかできない。


「だって、神崎陽彩はあの講義室で死んだんだもの」


「つまり、これから私は存在しない人として動くことになる」


「いや、でもそんなことしなくても奇跡的に助かったってことにすれば......」


 これからも陽彩と大学へ通い、普通の生活を送る。

 そんな僕のささやかな願いを壊すように陽彩は告げた。


「あの状況から生還する人間がいると思う? それに私がそのまま学園に戻ったら、あの時の生徒たちがなんていうかわからないでしょ?」


「それはそうだけど、どうにもならないのか?」


「そうだね。私はこのままにするつもりだよ。どのみち自由に動くために私の存在を消しておく必要はあったし。とにかく、ちょうどよかったんだよ」


「そっか。そうだよね」


 わからないけど、陽彩には陽彩の事情があるのだ。

 何も知らない僕がどうこう言えることではない。

 それに陽彩が消えるわけではないのだ。

 一度陽彩を失った絶望に比べればこの程度大したことはない。


「ごめんね。私のせいで。色々巻き込んじゃった。」


「いいよ。僕は陽彩が居てくれればそれでいい。だから、これまでのこと......これからのこと......僕が知らないことをたくさん教えてよ」


「はぁ、忠告しようと思ったけど必要ないみたいだね。何があっても私についてくる気でしょ?」


「そりゃあ、もちろん」


「それならいいや。とりあえずいこっか」


「行くって、どこに?」

 

「それは着いてからのお楽しみ!」






 陽彩に先導されて10分ほど歩き、到着した場所は喫茶店だった。

 外観はレトロなレンガ造りであり、看板には”喫茶Night Sunflower”の文字と暗がりに咲く1輪の向日葵が堂々と描かれている。

 店と思われる場所はこの喫茶店1つであり、周りにはほとんど何もない。

 強いて挙げるなら、既に運転停止しているであろう工場施設が立ち並んでいる様子が見える。


「え、もしかしてここ?」


「そうだよ?」


 何かおかしい?とでも言いたげな様子で陽彩が聞いてくる。

 

(まぁ、おかしくはないか)


(いや、どう考えてもこんな場所に1件だけある喫茶店は怪しいだろ)


 教授との戦闘以来、鳴りを潜めていた”俺”が出てくる。

 陽彩を殺したこと、僕という存在について、”俺”には聞きたいことがいくらでもある。

 本来なら今すぐにでも吐かせてやりたいが、やめておく。

 協力して戦ったからか連帯感のようなものが芽生えつつあるのかもしれない。

 

(落ち着いたら色々話してもらうからな....)


(そうだな。納得いくまで話してやる)


 そうやって脳内会話していると、店の扉に手をかけている陽彩から催促される。

 

「どうしたの? 置いていくよ?」


「ごめん、ごめん」


 扉はガチャンと音を鳴らして開き、入った途端コーヒーの良い香りが鼻をくすぐる。

 店内は普通の喫茶店といった感じで、特に変なところは見当たらない。

 客と思わしき人が一人もいないのは変と言えば変ではあるが。

 とりあえず陽彩についていき、カウンターに座る。

 カウンターの奥に向かって陽彩が呼びかける。


「おーい!」


 反応はない。しかし、コーヒーの匂いがすることや照明の点きかたから人の気配は感じる。


「おーい! いるんでしょ!」


 またしても反応はない。


(これ居留守じゃないか?)


「おーい! よるはー!」


 3回目の呼びかけで気だるげに出てきたのは、黒い女性だった。

 黒い女性というのは不適切かもしれないが、第一印象はそんな感じである。

 黒髪ロングに真っ黒な瞳、身に纏う衣服は黒のレース。

 とにかく真っ黒な女性だった。

 

「はいはい、わかってるって、るっさいわねぇ!」


「いや、夜葉がなかなか出てこないからじゃん」


「わかった、わかった、説教は勘弁してちょうだい」


「わかればいいのよ」


「で? 今日は何事かしら?」


「流石夜葉だ、話がはやいね」


「そりゃそうよ。あんたがここに来るときは決まって大事なんだから」

 

「じゃあ、まずは紹介するね! 私の彼氏! 景明人くんです!」


 パチパチと拍手の効果音でもつきそうな勢いで紹介される。

 僕はこういう雑な振りが恐ろしく苦手だ。

 

(とりあえず、何か言わないと......)


「あ、どうも、景明人です...... 夜葉さん、でいいんですかね?」


「なんでも構わないわよ。呼び名なんて所詮人を区別するためのものでしかないもの」


「そんなこと言わないの。明人がビビっちゃうでしょ?」


「ビビってはない。そんなことより本題に入らなくていいのか?」


「そうだった、そうだった。それでね、なんと明人も二重人格者なの」


「ああ、やっぱりそうなのね」


「何そのうっすい反応。もっと驚いてよ~」


「だって、ここに連れてくるほどの問題児なんて二重人格くらいしかいないんじゃないかしら?」


「それもそうだけどさぁ」


「ま、それはいいや。で、真面目な話なんだけど、私と明人の能力拡張を手伝ってほしいんだよね」


「それはわかったけど、一旦彼に説明してあげたら? 置いてけぼりになるのも可哀そうじゃないかしら?」


 そういって夜葉さんは厨房の方へ消えていった。

 僕は陽彩からその能力拡張とやらの説明を受けるらしい。

 今日は色々起こりすぎて頭が破裂しそうだ。

 複雑な話だとすぐに理解できないかもしれない。

 なんだか気分もあまりすぐれなし、手短なことを祈る。

 

「能力拡張って異能が成長するってことか?」


「うーん、ちょっと違うけど大体そんな感じ。能力の幅が広がるって言った方が正しいかな」


「例えばあの教授は鎖を使ったり、教室に私たちを閉じ込めてたりしたじゃない?」


「でも、多分最初からどっちも使えたわけじゃないはずなの。もともと、どっちかの能力があってそのあと根源に近づいた」


「あ、根源っていうのはそのままの意味で能力本体の名前みたいなもの。多分、あの教授の根源はきっと”拘束”とかだったんじゃないかな~」


「だから、拘束の役割をもつ鎖が使えたり、私たちを閉じ込めたりできたんだと思うんだよね~」


「まぁ、これはあくまで予想だけど。それに、本人も結局なにが根源なのかわかってないことの方が多いからあんまり考えてもしょうがないね」


「なるほど、なんとなくは理解した。でも、結局どうやって能力拡張なんてするんだ?」


「それがなかなかできるもんじゃないから夜葉の手伝いがいるってわけ」


「能力の大体はさ、日常の些細なことから気づいて使えるようになるの」

 

「無意識にやっていたことに違和感を抱いて、意識的に使えるようにするって感じ」


「でも無意識にやってるんだから余程冴えてないと自分じゃ気づけない」


「そこでカウンセラー、夜葉先生の出番なのです!」


「はいはい、説明ご苦労様。コーヒー淹れてきたから一旦落ち着きなさい」


 厨房からトレイを持って夜葉さんが戻ってきた。

 トレイの上には3人分のコーヒーが乗っていて、フルーティーな良い香りがする。

 この特徴的な香りはゲイシャ種だろうか。

 なんにせよこの匂いで不味いなんてことはあるまい。


「ありがと夜葉! さっすが気が利くね~」


「ありがとうございます」


 そういって僕らはコーヒーを受け取り、口に運んだ。

 コーヒーのフレッシュな酸味とほのかな苦みが口いっぱいに広がり、鼻から良い香りが抜けていく。


「「うまっ!!」」


 僕と陽彩は感動のあまりきれいにはもった。

 その後、僕らはコーヒーに舌鼓を打ち、しばらく他愛もない談笑を続けた。






 コーヒーも残りわずかとなったころ、僕の体は悲鳴を上げていた。


「おーい、あきと~。大丈夫?」


 陽彩の声が遠い。吐き気や腹痛がひどい。脂汗が止まらない。

 なんだか視界もぼやけてきたし、体が自由に動かない。

 

 (ああ、まずいな...... 多分あのとき土なんか食ったからだろうなぁ)


 バタンッ!


 僕の意識は原因に思い当たったあたりで暗転した。

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