殺人予定者たちの問答
「僕は陽彩を殺してみんなを救う」
僕は陽彩の顔を見ながら告げる。ここで目を背けるならこんなこと言っちゃいけない。
たとえこれが救うための嘘であっても、陽彩を傷つけることに変わりはない。
彼女から見ればいまの言葉だけが真実だ。それなのに、彼女は何故か満足気だった。
「ほう、なぜ皆さんを選ぶのです? あなたたちは恋人関係にあるのでしょう?」
教授は薄ら笑いを受けべながら聞いてくる。
「だからこそ、だからこそ僕はみんなを救わなくちゃいけない。
僕は陽彩が大切だ。生きてほしい。ただ幸せになってほしい。それだけでいい。
でも、きっとここにいるみんなにそうやって思ってくれる人がいるはずなんだ。
ここで殺してしまったら、それだけ悲しみが連鎖する。不条理だ、理不尽だと争いが生まれる。
だったら、せめて陽彩の幸せを一番に願う僕が納得して殺すべきだ。ああ、きっとそうだ。」
「くくくっ! はははは! そうですか、狂ってますねぇ!」
「まさに狂っているんだろうな。狂ってなきゃこれから殺人なんてできない。」
「そうでしょうか? 私は理性的に殺しましたよ?」
「それが狂気だと言っているんだ。」
「そうですか。まぁいいでしょう。それでは神崎さんを殺す前に皆さんの意見を聞きましょうか。
これは授業なのでね。景くんのだした結論をみなさんどう思いますか?」
「「......」」
「この状況で意見なんて言えるわけないだろう? 彼女を殺すといった人間に何を言っても地雷でしかない。
賛成も反対も非難も称賛もなにもほしくない。すべてうざったいだけだ。」
「景くんは一旦黙るように。あ、言い忘れていました。ここからは5秒ルールを復活させますのでお忘れなく」
普通なら誰もこの状況で意見なんて言うはずがなかった。でも、自分の命がかかると人は皆どこまでも残酷になる。
そして、生徒の中で声を上げたのはやはりあの男子生徒だった。
「お、俺が同じ立場なら絶対彼女を選んでたぜ......まじ、尊敬するよ......あ、ありがとな」
(ああ......本当に耳障りだ......)
「何も聞きたくないと遠回しに言ったつもりだったんだけど?」
「あらら、黙ってくれないんですか?」
「別に意見を交わすのは授業の一環でしょう?」
「いいでしょう。それもおもしろそうです。」
発現が許可されると今までの感情が激流のように溢れ出す。
「お前ら、自分が死にそうになった時だけ必死だな」
気づけば僕は生徒全員に対して語りかけていた。
普段なら絶対にこんなことしないのにな。
認めたくないが、教授の言う通り本当に狂ってしまったのかもしれない。
「わ、悪い!! 俺らも死にたくねぇんだ!!」
「今から陽彩は死ぬのにか?」
「あ、あ、いやすまない」
「これから殺すのは僕だ。でも見殺しにするのはお前らだ。よく覚えておけ。
もし、この状況になったらお前は自分のパートナーすら選ぶことが出来ねぇだろうよ。結論を出せずに終わる。
お前らの人生もそんなもんだろう? 僕ら人間は生きる意味をずっと考えながら生きている。
でもずっと答えを出すことを避けている。決めてしまったらそれに向かって進まなきゃいけないから。
責任を取らなきゃいけないから。そうやって逃げ続けて、毎日毎日お前らは惰性で生きているんだろう。
きっとその惰性に気づくこともなく。」
本当にくそな連中だ。なぜ僕はこいつらを救うために演技をしなくてはならないのか。
いっそのことこいつらを犠牲にする方が楽だし確実でよかったんじゃないか。
あの男子生徒は黙ってしまい、しばしの沈黙が流れた。
そしてそれは、もう終わらせようと教授に声をかけようとした瞬間の出来事だった。
「な、なんであんたそこまで言われなくちゃならないのよ!?」
一人の女生徒が叫ぶ。赤いメッシュの髪が特徴的でこんな状況でなければ活発そうな女子だった。
「私は、私はね、医者になるの! そして一人でも多くの命を救うの! そのために毎日毎日必死に勉強してる!」
この状況で何を言い出すんだという疑問の眼差しをみんなが向ける。
そしてそれを察してか、もともと覚悟してか、神妙な面持ちで女子生徒は語り始めた。
「幼稚園の頃、私はね、おばあちゃんを見殺しにしたの......。最初は寝てるだけだと思った。でも、なんだか苦しそうで痛そうで倒れてた。
私はわけがわからなかった。その時、救急車を呼ぶなんて思いつきもしなかった。救急車の存在は知っていたはずなのに。
ただ、怖くて怖くておばあちゃんが死ぬことが怖かったはずなのに、その場から逃げてしまった。
しばらくお母さんに伝えることもしなかった......。
自分が死を直視したくないって理由だけで逃げ出した。最悪な選択をしてしまった。だから少しでも償うために頑張るの!
生きてる人間が死者に償いなんてできるはずもないけれど、それでも私は頑張る! だから、あなたにそんなこと言われたくない!」
その女子にとってはとてもショックなことだったんだろう。言いたいこともわかる。
僕の意見に歯向かいたくなる気持ちもわかる。
でも、何故だか僕はイライラしてしょうがなかった。
この状況下で悲劇のヒロインぶってるやつが気に食わなかったのかもしれない。
悲劇の主人公は僕だと思っていたから。
「そうか、そうだな、そういう人だっている。そしてお前は多くの人を救うためにここでまた一人、見殺しにするんだろう?」
「くっ! そうよ! それはきっと悪だけれど、それでも、それでも私はその道を進むの!」
「ははは、地獄への道は善意で敷き詰められている......」
「え......?」
「この言葉の解釈は2つに分かれていてね。1つ目は善意が思わぬ結果を招き、害を及ぼすから余計なことはするなという警句。
2つ目は善意だけ持っていても善行が伴わなければ地獄に落ちるから、善行をすべきだという考え。
正反対の意見だ。君はどっちが正しいと思う?」
「そんなのわからないわ。わからないけど、私は後者でありたい。」
「そうか、幼少期に身近な死を経験しながらよくもそこまでまっすぐ育ったものだ。
僕はね、結果次第だと思うよ。きっとどちらも正しいんだ。そしてどちらも間違っている。
結局、最良の結果を出した方がいいことになる。そんなもんだ。」
「何? だったらこんな話したって無駄じゃないの?」
「違う! だから決めることが大切なんだ。どちらも正しくないと、どう転ぶかもわからないと、そうわかっていながらどちらかを選択する。
それが大事なんだ! そうしなければ、僕らは一生前に進めない。だから、選択できる君はきっといい人だ。」
「だから、さっきから何が言いたいの!?」
「みんないい人だったらいいのにな。陽彩の犠牲の上に立つ人はいい人がいい。それだけだ。」
「......」
「もういいだろう......終わらせよう......」
さっきから僕は何を熱くなっていたんだろう。
こんな押し問答、対して意味なんかないのに。
この状況のストレスを誰かにぶつけてるだけじゃないか。
いつもならこれから十分な時間をとって一人反省会でもするところだが、今はそうもいかない。
ああ、自己嫌悪だ。
僕が思考の渦に飲まれかけたところで教授は最後の宣告をした。
「そうですねぇ、面白い議論も見られましたし本当に終わりにしましょうか」
ああ、いよいよ来てしまう。陽彩が真意に気づかなくても失敗。
”俺”の奴がしくじってもおしまい。結局、僕ができるのは今から場を整えることだけだ。
他人に運命を委ねるのがこんなにも怖い。でもこうするほかないのだから、やるしかない。
そう決意して僕は口を開いた。
「なぁ教授? 殺すのは僕にやらせてくれないか?」