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僕、俺、そして彼女

 景明人かげあきとが自分のことを僕と呼ぶようになったのは大学デビューしてからだった。

 それまでの一人称は俺だった。

 なぜ俺から僕に変えたのかというと、単に逆張りとしか言いようがない。

 高校生男子の一人称はほとんど俺である。少なくとも僕の高校ではそうだった。

 今時誰も自分のことを僕なんて言わない。僕っていうとちょっと印象に残るかなと思った。

 幼少期から見た目的にかっこいいよりかわいいと言われてきた人生だったから、僕という一人称との相性もいいと思った。

 昔はかっこいいを求めていたはずなのに、今は諦めてかわいく思われようとしている。

 そして、たかが一人称にアイデンティティを見出している。なんにもない僕の個性にしようとしている。

 こんな僕はきっと最高にめんどくさい。痛いとしか言いようがないと思う。

 そんなことはわかっている。自分でも十分自覚している。それでも、やめられないのだ。

 なにかしら特別でないと我慢できないのだ。他にもっと個性があればよかった。僕にはなにもない。

 勉強、スポーツ、芸術、どれをとっても僕は大したことなかった。

 スポーツはからっきしだめ。芸術的センスも壊滅的。

 勉強だけはちょっとできたけど、それでも県内で一番優秀な大学に行ける程度。

 日本で、そして世界で一番なわけじゃない。

 周りからは十分すごいと言われるけど多少の優越感に浸れるだけで満足はできなかった。

 自分が特別であることに執着しているのはわかっている。わかっていても止められないのだ。

 いつもこんなことばかり考えている。時間の無駄という自覚もある。


(はぁ......こんな自分が嫌になりそう)


(なんだ"僕"、またいつもの自虐か?)


(うぉっ! 急に出てくんなっていつも言ってるだろ......)


(んな無茶な...... 誰に聞かれるわけでもあるまいしいいじゃねぇか)


(僕がビビッて現実で声が出そうになるからだめ)


(事前申告なんて出来ねぇからどのみち無理だろ)


(じゃあ、僕が言った時だけ出てきてくれ)


(嫌だね! 勝手に出てきて勝手に文句言って勝手に消えるね!)


(ほんとまじなんなんだお前......)


(それに関しては俺も思ってる)


 そうだ、1人称を僕に変えてしばらくしてから脳内でこいつがしゃべるようになった。

 とりあえず呼び名がないと困るので僕たちは互いを”僕”、”俺”と呼ぶようになった。

 体の主導権は基本的に僕にあるし、普段生活しているのも僕だ。

 ”俺”は急に現れて急に消える嵐のようなよくわからん奴。まぁ、そのぐらいしかわかっていない。

 日常生活に支障があるわけではないし、”俺”の意識に”僕”が上書きされるようなことも起こっていない。

 精神科に行くことも考えたが、結局放置して消えるのを待つという結論に至ったのが1年前。


(一体いつになったら消えるんだ......?)


(さぁな......俺とお前どっちかが..................になったときじゃねぇか?)


(え?なんて......? 毎回肝心なところだけ聞こえねぇんだよなぁ......)


(時々こういうことがあるけど、僕らに聞こえないなんて現象が起こりえるのか......?)


(いつの間にか消えているし......)


「はぁ......」


「どうしたの?また溜息なんかついて、いつもの悩み事?」


 そうやって聞いてきたのは、同級生の神崎陽彩。僕の彼女だ。

 ああ、そういえば彼女だけは自慢できるかもしれない。

 手櫛を入れればサラサラと流れそうなプラチナブロンドの髪、聞く人を魅了する独特な声、煽情的なスタイル。

 容姿だけでもほめるところが多すぎるぐらいだ。

 そのうえ、人当たりが良くこんな僕にも最初から優しくしてくれていた。

 なんで彼女になってくれたのかはいまだにわからない。

 本人曰く、僕のめんどくさいところが愛おしくてたまらないらしい。

 僕には全く理解できない感情だったが、目が本気だったのでそれ以上は突っ込めなかった。


「そうだよ、いつもの無駄な考え事」


「いいじゃない、誰に責められるわけでもないし、それは君の良いところでもある」


「僕はやめたいんだけどね」


「私はやめないでほしい!」


「なんでそんな迫真なんだよ......」


「なんだよー、私は遠回しにそんな明人が好きって言ってるんだから」


「そりゃどうも......」


「何?照れてんの?付き合ってもう1年たつのにいつまでも初心だねぇ~」


「そんなところも好きだけど」


「うるっさいなぁ......」


「そうやってむきになるのもかわいい」


「もう黙ってくれ......周りの目が気になる......」


「ははは、いつものことじゃん」


「じゃあ、好きっていってくれたらやめたげる」


「やだよこんなところで」


「そっかぁ、そんなに私にからかわれたいのかぁ」


 これが僕らの日常。幸せな日々。陽彩がいるから毎日楽しい。

 付き合って最初のころは振られたらどうしようとか不安の方が強かったが、最近は大丈夫だと勝手に思っている。

 むしろ僕が飽きて別れる確率のほうが高いんじゃないだろうか。流石にそれは冗談だけど、そのぐらいには好かれている気がする。

 根拠はない。でも、今までの日々が全部嘘ならそれはそれで仕方がない。

 陽彩に裏切られるなら本望だ。多分、陽彩になら裏切られても不満は抱かない。

 裏切られても僕は愛し続けられる。それぐらいには彼女が好きだ。

 ただ、それでも今は言いたくない。人目は気が気になるというのもある。

 でもそれ以上に頻繁に好きって言うのはなんか違う気がする。

 いざ本当に好きを伝えたいときにその言葉の価値が落ちていたら、多分愛を伝えられない。

 それはなんだかすごく悲しいことだ。

 好きって声に出すことや相手を抱きしめること、それ以上に愛を伝える表現方法があればいいのに。

 ふとそんなことを思った。


「今日は勘弁してあげる」


「え? ありがとう?」


「なんで疑問形なの?」


「なんとなく」


「ええ~、ありがとうはちゃんと言ってくれないと! 私ちゃんとやめてあげたのに~」


「陽彩が勝手に始めたんだろうが!」


「あははっ! ばれちゃった。」


 最後にテヘッという擬音語が付きそうな勢いだった。

 いつものからかい癖は今日も健在である。でもこの元気さはありがたい。

 毎日陰鬱な僕の感情を吹き飛ばしてくれる。

 陽彩がいなかったら今頃どうなっていたんだろうか。

 無限に自己批判を続け、なんにもやる気を起こさないくそみたいな人生を過ごしていたかもしれない。

 そう考えると身近に肯定してくれる人がいるっていうのは本当に恵まれている。


「まぁ、でもありがとう......」


「ん? それはなんに対して?」

 

「いや、別に。言えっていうから言っただけだ」


「そっか、そういうことにしといたげる」

 

「あ、そろそろ授業の時間か」


「そうだね、じゃあまたあとでね~」


 次は経済の授業だ。陽彩は取ってないから僕一人で受けなきゃいけない。

 今日は当たりの日だといいのだが。

 経済の授業はゲーム理論みたいな面白い講義の日もあるし、ただただ計算ばっかりさせられるつまらない日もある。当たりはずれが激しいのだ。

 僕は講義室に行き、真ん中ぐらいの席につく。前の方に行くほどの積極性もなく、ただ後ろの方に座るのはなんか罪悪感を感じる。

 だから真ん中ぐらいがちょうどいい。

 授業まで5分ぐらいあるため、スマホでweb小説でも漁りながら時間を潰す。

 ほどなくして授業が始まった。






 結局、外れ寄りの日だったのでスマホと授業を半々ぐらいの割合で時間を潰した。

 授業が終わり、僕は校門で待っている陽彩のもとへ小走りで向かう。


「お、今日は早いじゃん」


「ごめん、いつも待たせちゃって...」


「いいの、私が好きで待ってるんだから。そんじゃ帰ろ?」


「あ、帰る前にあの公園いかない?」


「いいけど、何するの?」


「今、チューリップがいっぱい咲いて綺麗らしいんだよね。コンビニでお菓子でも買って話さない?」


「へぇ~、そんなにまだ私と話したいのか~」


「ち、違う! 違わないけど違う!」


「ははっ、やっぱりかわいいねぇ~」


「いいよ、いっぱい話そう」


 そう言って僕たちは目的の公園へ歩き出した。その公園までは結構距離があり、徒歩で20分ぐらいかかる。

 だから学校の生徒と鉢合わせることはほとんどない。

 でも僕らにとって20分はあっという間だ。楽しく話しながら歩いていると気づけば公園に到着している。

 楽しい時間はいつも一瞬だ。

 

「あ! コンビニ」


「ああ! 忘れてた......」


「これで何回目かねぇ」


「まじで毎回忘れるな」


 僕らは毎回これを繰り返していた。学校から公園までの道中にコンビニがあるのだが、いつも忘れて通りすぎてしまう。

 陽彩と話ながら歩いているとそれに夢中になってほかのことが見えなくなる。

 毎回忘れるのでもう慣れっこの僕らは何事もなかったかのようにブランコに乗った。

 この公園にはブランコと滑り台、そして謎の半分埋まってるタイヤが遊具として設置されている。

 そして、公園の外周には地域の人が設置した花壇がある。

 この時期になると毎回チューリップが咲いてとてもきれいだ。


「ほんとにきれいだな、何本ぐらいあるんだ......」


「うーん、わかないけど1000本ぐらいじゃない?」


「まぁ、そんなもんか」


「でもこの量あってなんで赤一色にしたんだろうね? これはこれできれいだけど、もっと黄色とか白とかあるじゃん?」


「花言葉を気にしたとかじゃないか? 白とか黄色はなんかネガティブなイメージの花言葉だし」


「黄色はいまいち覚えてないけど白のチューリップなんて"失われた愛"だぞ」


「へぇー、よく知ってるね。 じゃあ、ちなみに赤はなんなの?」


「ああ、えっとよく覚えてないけど...... 愛の告白とかだった気がする」


 よく覚えてないというのは嘘だった。本当ははっきり覚えている。

 ただ、愛の告白なんて意味をはっきり覚えているのはなんだか気恥ずかしい。

 僕はそういう時に、あんまり覚えていないというニュアンスを含ませる。

 そうすることで、僕がその事象に対してあまり意識していないと相手に伝えるのだ。

 これで少しは恥ずかしさが和らぐ。


「ほんとにぃ~?」


「ほんとだって、多分......」


「いや、そっちじゃなくて」


「ほんとによく覚えてないの?」


 僕の思考と口はそこでフリーズした。

 なんで毎回ばれるんだろうか。


「あはは! わかりやすすぎだね」


「なんでって顔してるけど、決まり文句みたいに覚えてないとか言ってるし、そういう時は声も若干上ずってるし、誰でも気づくよ?」


「それにこのくだりもう何回目かもわかんないよ?」


僕は黙るしかなかった。

毎回、自分でも気づかれるかもしれないと思っているけど、ここまで明確にばれると流石に恥ずかしい。

恥ずかしさを消そうとして色々やってるのに、いつもばれて羞恥に苛まれる。本末転倒でしかない。

それでも、そうしないと会話できないのだからこういう運命なのかもしれない。


「無意識なんだから仕方ないだろう。」


「しょうがないなぁ...... そういうところもかわいいからいっか」


「それで? せっかく赤いチューリップがたくさん咲いてる公園に誘ったのになにもしないの?」


陽彩がブランコから降りて、僕の正面にくる。

そして、いたずらっぽい笑みを浮かべて楽しそうに待っている。

もう何もかもお見通しなんだろう。

ただ、ここまでばれてるなら逆に清々しい。

若干の恥ずかしさと高揚感を感じながら、僕は陽彩を抱きしめた。

いつも僕を支えてくれる陽彩の体はとても華奢に感じた。


「キャッ...... いつもこういうときだけ急だよね」


「急でわるかったな... でも僕が不器用なのは百も承知だろ?」


「それもそうだね。でもやっぱりこういうのはドキドキするよ」


「言われなくても伝わってる」


「それ自分の心臓と間違えてるんじゃない?」


「そんなことはないはずだ」


「そっか、じゃあ私の心臓もおかしくなってるのかもね」


僕はいまだに本題を言い出せずにいた。

本題といっても具体的になにかまとまっているわけでもない。

陽彩への日頃の感謝と愛情を改めて伝えたい。そう思ってここに来た。

でも、ただそれだけなのに、言葉が出てこない。

いつもいつも僕はダメなんだ。

何かをやるとき必ず陽彩が後押ししてくれる。だから頑張れる。

でも、この告白は僕一人の力でやらなきゃいけない。

もう十分お膳立てしてもらっているのだ。

勇気をだせ。難しいことは考えるな。良いことを言おうとするな。

愛を伝えたい。ただ、その思いだけでいい。


「あのさ、僕、陽彩のことが好きだよ」


「うん... 私も明人のこと好きだよ」


「いつもありがとうね。こんな僕を支えてくれて、好きでいてくれて」


「うん、でもこんなとか言わないの」


「明人はかっこいいよ。こうやって時間をとって愛情を伝えてくれる。感謝してくれる」


「そのことに私がどれだけ救われているかわかってる?」


「わからないけど、でも僕が自己満足でやってることだから」


「それはいいことでしょ? 自分の欲も満たして私の欲も満たせてる。最高じゃない?」


「自信を持てとは言わない。それは明人の良さを奪ってしまいそうだから」


「でもね、むやみに自分を傷つけるのはやめよ」


「もっと自分を認めてあげていい。あなたは本当に素敵な人だよ」


「だから私は好きになった。」


「そっか、ありがとう。頑張ってみるよ」


一度だけ強く抱きしめた後に、僕らはようやく抱擁をやめた。


「じゃあ、帰ろっか」


こんな日々がずっと続けばいいのに。

そう思いながら僕は家に帰った。


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