0、骸に恋をする
灰角児はその日、恋をした。初めての恋だった。
相手は――硝子製の棺に入った骸である。その時は骸だなんて、ちっとも思わなかった。
ひと目惚れだったからだ。
夢のように可憐な少女であった。
真っ赤な血のような液体に浸かっていても、だからこそ際立つ、白い乳色の肌をもち。目鼻立ちのくっきりした顔つきは、さながら牡丹の花のように艶やかだった。
頭の横に結った丸子髪も、あどけない寝顔にはよく似合っている。
そして、その身の華奢なこと! 今年で十二を迎えつつ、痩せっぽちな角児の腕でも、すっぽり包んでしまえそうだ。たとえ、黄色い軽鎧を身に着けていても――いや、だからこその不均衡に角児は惹かれた。
おもわず、ぼうっと見惚れてしまう。
だから、ふとその少女が薄く片目を開けたのにも気付かなかった。片目をつむり直し、お澄まししたことも。けれど、段々と片目を開ける回数は増えていき、物言いたげに蕾のような唇がもにょつくも、やはり気付きはしなかった。
角児が我に返ったのは、乳白の手が硝子に押しつけられた折だ。
(え。……って、よく見たら、こいつ―― !)
角児は視た。少女の体にうっすらと纏わりつく黒い影を。
夢から醒めたような思いがした。
“そいつ”はいつも角児の生活をおびやかす、“嫌なモノ”で。
今いる部屋に放り込まれる前にも、似たような“化け物”と出遭ったのだった。
言い得ぬ寒気が体中を襲い、彼は後ずさる。が、後を追うように硝子が軋む音がひびく。
(っ、出てくるつもりか……!?)
角児は辺りを見回す。何か――上に載せるものはないか。重石にできるものはないか。だが、砕けた竜王像を思い出したところで刻限となった。
勢いよく硝子がぶち破られる。小さい手がにぎにぎと空を掴むなり、両手で紙のように隙間をこじ開けた。
角児は生きた心地もしない。おもわず腰を抜かし尻もちをついて、ほどなく、目の前に軽やかに降り立つ、二本の足を見ることとなった。
ゆっくりと瞳を上へと持ち上げていく。
両手を腰に当てて立つ、あの少女の姿がそこにはあった。……ちょっぴりむくれている。びしりとその白い指が角児を指さした。
『おっそーい!! いつまで待たせる気アルか!? ――って、およっ?』
だが、少女が一喝したのもつかの間だった。ふいとその場に鼓膜を掻き毟る異音(ブザー音)が響きわたった。
謎の声が《警告。凍結対象α‐2の逃避行動を確認――》云々かんぬんと伝えだす。
怒涛の展開の連続に、角児の頭と情緒はもうしっちゃかめっちゃかになった。
おもわず、頭を抱えて叫んだのだった。
「もうっ、勘弁してくれぇ――!!」
これは一人の少年と一体の僵尸の物語である。
骸に恋した少年と、恋を知らない少女の物語。
彼らは未だ自身らに巻き起こる冒険を知らない。今はただひたすらに嘆き、首をかしげては。
『うわ。なんか出てきたヨ、契約者……候補、これ何?』
「え。……うわぁ――ッ、なんだこれっ!? なんだこいつ!? ニョロニョロしてる……気色わりぃー!!」
棺からどんどん溢れ出てくる赤い管に仰天し。
その声を聞きつけた救いの主が来るまで、逃げだすはめになるのであった。




