0、秘された記録
長い長い時間をかけていた。
包帯にくるまれた指が、丹念に丹念に墨を磨り続ける。
十分な濃さになるまで、十分な量になるまで。その時間はゆうに蝋燭を三本使い潰し、四本目も小指の長さへと縮むほどであった。
薄暗い室内は龍脳の香りで充満している。
ここで固形墨が置かれた。
かわって手に取られるのは、ひと振りの小刀である。
やはり包帯にくるまれた掌へと当てられて――一気に引かれる。溢れでた鮮血ごと拳のうちに握りしめて、絞りだされる赤が墨の黒へと溶けていった。
取り上げられた筆が、たっぷりと血墨を混ぜて絡める。
傍らに開かれた『竹簡』にゆっくりと下ろされていく。
飴色よりもなお濃く黒ずんだ竹簡のなか、今なおつぶさに読み取ることができる文字を、赤黒い血墨が消していく。
縦に一度、再び筆を硯に浸けてもう一度。三度、墨を含ませては消す、消していく。
その動きは丁寧だが、執拗なまでの消去、滅却を望んでいるように見えた。
消失をまぬがれた文字列たちは、こういった事象を物語っていた。
今は昔、天地開闢よりかぞえて幾星霜。
混沌の海に浴したる花、我らが華界に禍ありき。
一条の悪龍きたりて、四界を枯らし三界を呑む。悪行、末葉にまで轟きけり。
時の天帝、これを誅す。もって蜷局に枯れたる一葉を封ずる。
【太く厚い墨蛇が二条、神経質に短冊の端々を縦断している】
龍が目は太陰と太陽に、涙は海へと変じたり。
かくて龍盤は成れり。
『とある書庫に秘された文書』