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戦火のアンジェリーク  作者: 伏水瑚和
Ⅰ.Australia
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産声 ~ sunset glow

 いつも彼女はフィリップにくっついていて、アンジュにはあまり話しかけて来なかった。嫌われてるのだろうか……と、実は不安だったのだ。

 でも、今は、こうして助けてくれている。そのことがアンジュには嬉しかった。優しい人なのかもしれない。これがきっかけで、仲良くなりたい……


「あの、迷惑かけてごめんね…… ありがとう」


 淡い希望を抱きながら、お礼と謝罪の言葉を述べる。


「そういうの、やめて」


 そんな彼女に反し、冷ややかな声色で、エレンははっきり言った。


「え……?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかったアンジュは、数秒後、突き放された雰囲気を感じた。


「こういうことは今日が初めてだけど……貴女ってぼんやりしてて…… 色々わかってないわね」


 驚くアンジュに、追い討ちをかけるように続ける。


「フィリップはね、誰にでもあんな風に優しいの。貴女が孤児だからじゃないし、特別だからでもない。沢山の友達の一人にしか過ぎないの。解る? 困らせないで」

「エレン……」

「私も同じ。貴女が特別だからじゃない。だから、甘えて来ないで欲しいの。イライラするのよ。……悪いけど、今日はもう帰って。フィリップには、適当に言っておくから」


 そう言い捨てると、アンジュにバスタオルを投げ渡し、エレンは海辺の方に走って行ってしまった。


 残されたアンジュは、彼女に言われた言葉が、頭の中でぐるぐると回っていた。『困る』『イライラする』――初めて言われる言葉ではなかった。が、仲良くなりたいと思っていた人に言われた事が、今までで一番(こた)えている。


 ――やっぱり、私が居ると迷惑だったんだ…… 甘え過ぎてた……


 我に返り、バスタオルで急いで体を拭き、服を惰性的に着た。孤児院までの道を、のろのろ歩きながら考えるうち、『そうかもしれない』と思った。彼女の言う通り、フィリップの優しさに甘えてた。嬉しさ余って、今日はエレンにも……

 けど、迷惑かけて平気な訳じゃなかった。優しさを特別だからだとも、当たり前とも思っていない。『ごめん』も、心を込めて言ったつもりだった。それでも伝わらなかったのなら、やはり、自分が悪かったのだろうか……


 院に着いて、夕食の支度を始めようとした時、ズキン、とした痛みを両膝に感じた。擦りむいたようで血が滲み出ている。おそらく、転んだ時にできた傷だろう。考え込んでいたからか、今まで気づかないでいた。


 ――手当、て……


 薬箱を取りに行こうとした、その時、炊事場の窓の方から、コツッ、という変な物音がした。振り向くと、何かが投げつけられたような音が、カツッ、コツッ、と再び鳴っている。


 ――何……?


 不審に思って窓を開けると、そこには息を切らした、ウェットスーツ姿のフィリップが立っていた。


「ど……どうしたの⁉ サーフィンは⁉ エレンは?」


 アンジュは驚愕した。幻でも見ているのだろうか。どうして、彼がここに……? すっかり狼狽(うろた)えている彼女の気持ちを察したかのように、フィリップは口を開く。


「エレンから、君は気分が悪くなって帰ったって聞いて……心配になったから。それに……ほら、怪我してたし」

「あ……」


 この人は、今日のサーフィンを中止してまで、わざわざ来てくれたのだ。


 ――今日は良い波が来る日だから、最高のサーフィンができるって、楽しみにしてたのに…… しかも、こんな所までわざわざ来てくれて……


 沈んでいた心が、温かい光で満たされたが、さっきのエレンの言葉を思い出し、慌てて口を開く。これ以上、手を(わずら)わせてはいけない。


「……ありがとう。でも、大丈夫。大したことないよ」

「何言ってるんだよ。結構、血出てたじゃないか。ほら、薬箱持って来た」


 そう言いながら木製の薬箱を持ち上げる彼に、ちゃんと見ていてくれていた事に気づいた。じわり、と目頭が熱くなるのを感じる。そんな自分の状態に戸惑い、アンジュは必死に誤魔化した。


「あ、ありがとう。でも、本当に大丈夫だから。いつも傷の手当ては、自分でやってるし」

「自分でやってもいいけど、やってもらった方が楽だろ? ほら、早く‼」


 この言葉に心を強く揺さぶられたアンジュは、気づいた時には炊事場の裏口のドアを開けていた。


「うわ。やっぱり…… けっこう酷いじゃないか。座って」


 フィリップは、彼女の膝を見て驚き、手慣れた手つきで膝に薬をつけ、包帯を巻いていく。その間、彼の指が自分の足に触れる度、アンジュは、今まで感じたことのない気持ちでいっぱいになっていた。

 嬉しいような、恥ずかしいような、逃げ出したいような、でも、やっぱり嬉しい……そんな気持ち。胸の奥が、ぎゅっ、と詰まる。


「終わり。もう大丈夫」


 そう言って、フィリップが、にかっ、と笑った瞬間、彼女の中で、大きな音を立てて何かが産まれた。頭が真っ白になって、みるみるうちに顔が熱くなっていくのが判る。

 『今日は、夕陽が綺麗で、良かったわ』とアンジュは思った。


 ――きっと、今の私の顔、真っ赤……


 今までずっと、彼に対して感じていた気持ちとは、また違う、新しい気持ち。甘くて、切なくて、恥ずかしくて、いたたまれなくて、苦しい……そんな想い。


 ――すき……好き……大好き……


 つい昨日まで知らなかった、初めての新しい感情。アンジュは自身の変化に驚くと共に、その変化に感謝したい気持ちが溢れていた。胸奥がくすぐったいような、少し苦しいような、不思議な高揚感。


 ――これが、()なの……?


 お伽噺(とぎばなし)や本の世界でしか知らなかった感情(もの)。それが、現実に、自分の心の中に生まれた。


 一方、フィリップも、その真意はわからなかったが、とても柔らかな表情をしている。言葉を発することもなく、ただ静かに見つめていた。

 宵に落ちる寸前の夏陽(なつび)が、黄金(こがね)色の薄明(はくめい)を差し込み、優しく二人を包んでいた。今までとは違う()()が、声を上げて産まれた瞬間を、祝福するように。

【閲覧ありがとうございました。一言でも良いのでご感想を頂けると嬉しいです】

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