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戦火のアンジェリーク  作者: 伏水瑚和
Ⅲ.Wales ~ the UK
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Aubade ~彼は誰故に【Paean】


「パパも、きっと泣いてる。かえってこないの。お花になったの……⁉」

「……⁉」


 大粒の涙を流し、急に声をあげ泣き出した彼女を、祖母らしき女性が抱き寄せ、その場から遠ざけた。祖父らしき年配の男が、アンジュ達の傍に近づく。


「申し訳ありません。あの……」


 すまなそうに、ジェラルドが詫びた。そんな彼に、憔悴しきった(しわ)の刻まれた顔を静かに振り、男は語り始めた。


「……あの子の母親は早くに亡くなり、水兵だった父親……息子は、春のノルウェー海戦で、戦死しました」

「……‼」


 二人は共に絶句する。あの戦いで犠牲になった者の魂が、すぐ傍に現れたように感じた。


「ですが、帰って来ない父親の行方を尋ね、泣いてせがむあの子にずっと告げられずにいたのです。私達も……受け入れられなかった……」


 きしきし、と絞られるように、アンジュの心臓が痛んだ。彼らの行き場の無い思いが、滲みてくる。


「やがて、あの子は口を利かなくなり、表情も消えました……が、さっき()()()んです…… 上手く言えませんが……私達もきっと……ありがとうございます……」


 震える声で少し俯いた男に、ジェラルドの胸奥には、複雑で感慨深い想いが湧き上がっていた。最後に見たスコットの姿が、彼と重なる。

 ぎゅっ、とアンジュは目を瞑り、勢いよく首を振った。掠れた声で、ゆっくりと、喉から思いを紡ぐ。


「……同じ、です」

「え……?」


 戸惑う男と少し離れた場所に移動した幼女と女性、そして、隣のジェラルドを、ゆっくりと順々に見つめ、固まっていた頬を動かし、アンジュはぎこちない()()を浮かべ、伝えた。


「……彼女と、皆さんのおかげで、私も、声が……()()()んです。本当に、ありがとうございます……」


 目の前の男と、自分達をずっと見ていた人々に向かって、深く、丁寧に頭を下げる。


「シスリー……」


 涙しそうになるのを堪え、ジェラルドは静かに呼んだ。優しく重厚に響く、チェロの切な音色。


「ジェイ、ド……さん……」


 儚くも久方ぶりに口にする、いとおしい人の名。呼ばれた彼も、彼女自身もを、魔法がかかったように煌めかせる。


 ――誰かに頼まれたから、求められるから、認められたいから……だけじゃない

 ――()()、温かな人達がくれた優しさが、強さが、()()だから、感謝を、祈りを込めて、彼ら全ての()()を伝え、(うた)い続ける……


「ご存知だったのかは知りませんが……」


 幼女の祖父は、泣き笑いのような表情を浮かべ、続けてアンジュに告げた。


「……ポピーはね、フランスの国花なんですよ」


 切なくも不思議な巡り合わせに、アンジュの心にいつかの夜の鍵盤が甦り、ポーン、と再び鳴った。


「私達はフランス系でね…… こちらでは停戦の花だそうで…… 本当に……ありがとうございました」



 一部始終を見ていた、シェルター内の子供達が、戸惑う大人達の手を離れ、次々に集まって来た。幼児から物心ついた年代、成人前の年頃まで様々…… ぐずっていた子も、泣いていた子も、遠慮がちに、少しずつ近寄って来る。

 何かを鋭く察知し、引き寄せられるかのように、彼らはアンジュの周りを囲んだ。先程、近くで母親に抱かれ泣いていた、ブルネットの巻き毛の少年が、泣き顔のまま尋ねた。


「……おねえちゃん……歌、うたう人?」


 少し考え、こくん、とアンジュは頷く。今は『歌手』ではない。だが……


「……‼」


 瞳に淡い光が差し、少し表情が柔らかくなった少年は、楽曲のタイトルを口にする。


「あれ、歌って。『エーデルワイス』……」

「じゃ、次は『アメイジング・グレイス』!」


 彼に続いて、隣の少女も名曲をリクエストする。そんな無垢な瞳に囲まれ、不思議な万能力をもらった気がしたアンジュは、自然と口にしていた。


「……少しだけなら……いいわよ」

「シスリー、無理するな。まだ喉が……」


 彼女の身体を心配したジェラルドが、歓喜で動揺しながらも、焦って止めに入る。


「ジェイドさん……」


 いとおしい人の言葉、心遣いが、アンジュにまた光明(こうみょう)を注ぐ。彼女が知らないうちに、彼がいつかの朝、彼女から浴びたものと、同じ天明(てんめい)のような……


「……この位の声量なら……大丈夫です。水と、ドロップを……くださいますか?」


 その場が、ささやかな音楽会になった。柔らかく澄んだ歌声……ウィスパーボイスの旋律が、地下内を包み流れる。暫くの間、偏った傾向の楽曲ばかりを耳にしていた子供達は、久方ぶりに聴く、それぞれの好きな歌を真剣な面持ちで聴いていた。

 リクエストされた中には、昔、アンジュがオーストラリアの美しい海辺で、自分を励まし、鼓舞する為に一人で歌っていた楽曲もあった。

 彼らの瞳の暗い陰は消えていない。泣き顔のままの子もいるし、晴れやかな笑顔は見当たら無い。けれど、少しずつ、()()を取り戻していくように見える。そんな力なくも健気な姿を、アンジュは何とも言えない不可思議な、感慨深い思いで目にしていた。

 これから悲しく辛い思いを、彼らも……いや、自身も経験した事の無い、深い傷を負うかもしれない。ここで今、希望を持つのは、先々で、残酷な痛みも伴うかもしれない。

 だが、見えなくても、聞こえなくても、彼らは必死に鼓動している。確かに、ここに、()る……



 夜更けになり、待つ大人の元に戻った子供達が、一人、また一人と、眠り始める。皆、このシェルターで夜を明かす事になりそうだった。支給された毛布に共にくるまり、アンジュとジェラルドは互いを温め、暖をとる。


「大丈夫か? 疲れただろ」

「少し……でも、休めば大丈夫です」

「……全く、君には、本当に驚かせられる」


 周りに配慮した小声で呟き、ジェラルドは苦笑した。いつか、二人きりでの演奏会をした夜を思い出す。


「すみません…… 心配をかけました」

「いや……良かった…… 本当に……」


 ほうっ、と息を吐き、アンジュの肩に顎を乗せ、そのまま抱きしめる。彼女の声が戻った事、そして、()()()事が、何よりの喜びだった。


「ジェイドさん……」


 掠れた声で呟き、そっ、とアンジュも抱き返す。『あたたかい』――そんな想いが、心の奥底から湧き出した。血の通った命が……()()()()()という証。


 闇や狂気は消えなくても、同じように、同じ地球(ほし)で、直向きに光を灯している命も、美しい世界も、確かに存在している。

 声を張り上げながら産まれ、懸命に呼吸し、ささやかながらも巡り廻っている。その灯火がどんな形であろうと、吹き消してはならない……


 ――()()、今、ここで生きて……()きている


 そんな想いを(いだ)きながら、久方ぶりにアンジュは、深い眠りを得た。


【閲覧ありがとうございました。いいねや一言でも良いので、ご感想を頂けると嬉しいです】

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