★心乞う最上は ~ Blue Bird
【※R15程度の性描写があるのでご注意下さい】
どうしたら良いか判らないまま、ジェラルドは一呼吸し、言いにくそうに忠告をする。
「……喉……声、を発しないと、辛い……かも、しれない……」
ふるふる、とアンジュは赤らんだ顔を左右に振った。『それでもいい』と言うように。胸元に擦り付けていた額を上げ、困惑と葛藤が浮かんでいる彼の頬に、恐々と自分の唇を、柔くあてた。
他人への挨拶、家族間の親愛のキスやスキンシップすら、まともにした経験に乏しい彼女は、恋人へのキスの仕方など……全く分からない。だから、いつもジェラルドが自分にしてくれていたやり方を、真似たのだ。
秘かに、ずっと綺麗だと思っていた、彼の首筋のライン、襟足の髪の毛、耳たぶ…… ずっと惹き付けられていた箇所に、精一杯の好意を込め、軽く啄むように、何度も、何度も、拙いキスをした。
それに気づいたジェラルドは、激しい羞恥と衝動に襲われた。反発心を刺激する可愛らしい悪戯、又はいじらしい愛情表現にも感じる、彼女の誘い……
努め鎮めていた情欲が煽られ、一気に膨れ上がり、揺れ動く。脳内が熱く燃え、意識を甘く蕩けさす。既に、途切れ途切れだった理性が、今にも彼方に飛びそうだった。
「やめろ‼ 本当に、するぞ……⁉」
慌てて彼女から身体を離し、半ば脅かすように渾身の最終警告を放つ。が、『いい』と、アンジュは思った。
彼と出逢ってから少しずつ知った、不器用だけど深い優しさ。触れ合うようになってから教えてもらった人の温もり……満たされていく想い。それら全てを、今、身体中に沁み渡る位に……自身全てで感じたい。そんな飾らない自分そのままを、生まれたままの姿を、まるごと求めて、受け入れて欲しい……
若葉色に揺らめく瞳を見つめ、優しい警告を発した彼の口元を、ゆったりと合わせ塞ぐように、おぼつかな仕草で自身の唇を、柔く重ねる。が、自意識と羞恥が途端に働き、急いで離し、目を伏せた。
刹那――熱くなっていた頬が、急にひやり、とし、少しかさついた柔らかなもので包まれた。ウッド調の香が鼻腔を擽る、と同時に、ずっと乞い求めていた感触が、口元を被う。覚えのあるいとおしい温かな重みに、そのまま身体が圧され、視界が仰向けに反転した。
背に感じる、安価なマットレスのまだ慣れない反動。頭部を髪ごと撫で上げる、節くれた長い指の感触。繋いだ大きな掌。すぐ傍で耳に響く粘のある水音と、ざらついた柔らかな刺激。しがみつくように掴んだ、広い肩……
あの海辺を離れて英国に来てから、アンジュが見つけた好きなものの中で、今、自分を包み抱いている全てが、一番温かくて、尊い存在だった。
最も、しあわせだと思った瞬間。甘やかな高鳴りとぬくもりに満たされ、安心できると感じる行為……
今までよりも性急に衣類を剥がし落とされ、露になった質感の異なる素肌が触れ合い、荒々しく撫でられる。お互いの身体に唇をあてていくにつれ、艶やかに鳴るリップ音、湿度を含んだ息が吐かれていく音が……響く。
だが、口から声は出なかった。落胆する反面、どこか諦めもあったアンジュは、甘痒い刺激に反応して深く零れる吐息と繋いだ指先に、切々とした恋情を込めた。
一方、ジェラルドは、時折、蘇る意識と理性の中で、以前と同じように、彼女の甘く愛らしい……声が聴きたい、と切なく願った。この行為で少しでも戻るなら……と、そんな一縷の希望を、触れる指や舌先に、激する欲と共に込める。
そんな彼の思いを知らないアンジュは、生まれて初めて身体中を駆け抜ける、しあわせな痛みと気もち好さに、戸惑いながらもひたすら耐えていた。だが、やはり、抑えた声すら出ない。
しかし、荒くも深い呼吸音に交じり、弦の上に小鳥が留まった刹那のような、ほんの微かな音が、唇から漏れた事に、アンジュは気づいた。生理的なものとは違う、よろこびの滴が、眼から零れる。――嬉しかった。こんな形でも、こんなやり方でも良かった、と……
その吉報を、ジェラルドに伝える術は無い。艶な猛りを増す彼は、おそらく気づいていないだろう。胸に積もり詰まっていくいとおしさと共に、汗ばんだ彼の背中にしがみついた指先と、未だ絶え間無く溢れる熱い吐息に、高鳴る歓喜を込めた。
幾度も密着し、重なり繋がる度、優しくしてくれる度、逆に激しく求められる度、必要とされている気がした。自分も、この世界の一部になって良いと認められたような……生きていて良いと、ひりひり、と身体中に沁み渡る位に刻まれた気がしたのだ。
――ああ……そうか。私は……ずっと……
――目に見えない『証』が、何よりもほしかったんだ……
幸せも『愛』という名の存在も、世界のどこかにあるということだけは、何故か知っている。なのに、どんなものかは分からない。どうしたら手に入れられるかも知らない……
遠退く意識の中、そんな風に耽っていた彼女を心配そうに覗き込み、見つめてきたジェラルドと視線が繋がった。彼の翡翠に揺れる瞳を見て、ふと、子供の頃に読んだ『青い鳥』という童話を、アンジュは思い出した。
幸福を運んでくるが、簡単には見つからない。青の翼を持つ、そんな幻の鳥は、実は自分達のすぐ傍にいた。そんな前向きで夢あふれる物語が、アンジュはとても好きで……憧れだった。
あの頃は……いつも一人で歌っていた場所……あのターコイズグリーンに煌めく、美しい海辺がそうだったように思う。思えば、ジェラルドの瞳の色に似ていた……
――今は……この人が、青い鳥だわ
それなのに、どれだけ日々を一緒に過ごしても、優しくしてもらっても、満たされるのはほんの一時で、また次を求めてしまうのは……何故だろう。挙げ句、『すぐに消えていなくなってしまうのではないか』と、その幸せの鳥を閉じ込めてしまいそうな自分が……恐ろしい。
見つけたのに、こんな近くにいるのに、いないような錯覚。永遠に乞い求め、さ迷い続ける……そんな終わらない放浪のような旅は、いつまで続くのだろう……
執着なのか、依存なのか、独占欲なのかも分からない。全てかもしれない。
この人が、『すき』……今、はっきり判るのは、それだけだった。
【閲覧ありがとうございました。いいねや一言でも良いので、ご感想を頂けると嬉しいです】




