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戦火のアンジェリーク  作者: 伏水瑚和
Ⅲ.Wales ~ the UK
42/61

吹雪く発露 ~ memorial


 ようやく辿り着いた、深夜のロンドン駅。闇夜の中に黒々と浮かぶ蒸気機関車が、見る者を威圧させる重厚感を放ちながら、最終便の発車を待っていた。

 濃灰の煙を盛大に噴き上げ、甲高い雄叫びのような汽笛を(とどろ)かせている。そんな緊迫した状況に間に合ったアンジュとジェラルドは、車内に駆け込むように乗った。

 これから、夜行列車の中で一晩を過ごすつもりだ。人気(ひとけ)はあまり無い。目立たないよう、なるべく(すみ)の座席を選び、四人掛けの場所に向かい合わせで座った。

 ガタン……ゴトン……という振動と共に走り出した列車が、冬の闇の中を進み始めた。しゅ、しゅ、と噴き出す蒸気に合わせ、車輪が(せわ)しなく回る音が、車内まで聞こえてくる。次々と横切る景色は真っ暗で、今からロンドンの街を離れようとしている実感が、アンジュにはあまり湧かなかった。



「……冷えてきたな」


 向かいの席で腕組みをしたジェラルドが、少し眉をひそめて呟く。暖房器具が乏しい車内は、快適とは言えない。結露が浮き出た窓から、アンジュは外を覗いた。ガラス越しに降り注ぐ、白い粉砂糖のようなものが、宵闇を横流れに埋め始めている。


「雪が……降り出してます。吹雪そう……」

「寒くないか?」

「ジェラルドさんの部屋から、これを持ってきました」


 小さく丸めた、濃いネイビーの薄手のブランケットを、ボストンバッグから取り出す。ジェラルドは感心したように言った。


「準備がいいな」

「鞄に入らなかったので……一枚しか無いですが」

「君が使えばいい」

「そんな、ダメですよ。一緒に……」


 『使いましょう』とブランケットを差し出したが、言葉を止め、アンジュは俯いた。自分が言った事の意味に気づき、向かいの席の彼の顔を見られない。

 そんな彼女の様子に、ジェラルドは少し動揺した後、なるべく平静を装い、頼んだ。


「……持って来て、くれるか?」


 ほのかな喜びと甘さを毛布ごと抱え、アンジュは手荷物と共に、ゆっくりと向かいの席に移る。窓際の彼の左隣に座った瞬間、ジェラルドは素早い動作で毛布を広げ、彼女の身体ごと、自身をくるんだ。

 ブラックとカフェオレ色の二種のウール生地が、しゃり、と密着して触れ、同時に温かなウッディ調の香りが、ふわり、とアンジュの鼻腔を(くすぐ)る。


「あったかい……」


 あまりの心地好さに、思わず零れ出た彼女の言葉に、ジェラルドの体温が一気に上がった。が、また普段通りのペースを保つ。


「なら……良かった」


 じわじわ、と次第に温もりを増していく自分の身体と、恋しい彼と密着している状況が、段々と気恥ずかしく、居たたまれなくなってきた。気分を紛らわしたくなったアンジュは、ふと窓を見やり、何気なく話題をふる。


「……こんな雪の日にクリスマスだと……素敵でしょうね。温かい暖炉があって、キャンドルの灯りが綺麗で……」

「……見たこと、無いのか?」

「オーストラリアでは、夏の行事でしたから」


 思わず、ジェラルドは彼女の顔を見る。そう言えば、生い立ちについては、あまり聞いていなかった。


「いつもより長いミサが終わった後、孤児院に水着姿で赤い帽子をかぶった慈善事業の方が来て、子供たちにお菓子や人形、絵本などをプレゼントして下さったんです。皆、それが年に一度の楽しみでした」


 その場面を想像して、ジェラルドの口元が僅かに緩む。彼にとっては非常にユニークで、微笑ましい光景だ。


「院の子供ではなかった私にも、叔母……院長に内緒でくださった方がいて、とても嬉しかったのを覚えています」


 意外な背景に、少し驚いたジェラルドを他所に、少し哀しくも、話していて懐かしくなったアンジュは続ける。こんな話ができたのは、随分久しぶりだった。フィリップとの会話以来かもしれない。


「こちらに来て、真っ白い雪景色のクリスマスに驚きました。礼拝堂の催しの仕事が忙しかったので、ゆっくりは出来ませんでしたが……」

「……ウチもその時だけは、昔から一家揃って食事をしたが……ほぼ無言で、(おごそ)かというより気まずい雰囲気で……それらしい思い出は、無い…… 夏のクリスマスか……面白いな……」

「ジェラルドさん」


 回想しながら独り言のように呟く、彼を凝視する。この人も、穏やかに楽しく家族と過ごすクリスマスを知らないのだ。

 そして、お互いについて知らない事が、まだ沢山あるという事実に、改めて気づく。少し寂しくなったが、同時に不思議な甘い高揚感が生まれた。

 これからは、今までより沢山、彼と一緒にいられる。もっと色んな事を話して、聞いてみたい。それが許される状況になれた事が嬉しく、アンジュは安堵した。


 ほうっ……と、軽く息をつく。すると、ぶるっ、と身体が芯から震え、はっ、はっ……と、息遣いが微かに、荒くなり始めた。思わず胸元を押さえたアンジュを、驚いたジェラルドが凝視する。彼女の片方の目から、一筋の滴が零れ落ちていた。


「……すみ、ません。なんだか、今頃……」


 ()()()の最中も、邸宅から彼と逃げ出す時も、震えはあったし不安でいっぱいだったが、こんな風に泣くことはなかった。

 気持ちが落ち着き、安心したからなのだろうか。ずっと張り詰めていた糸が、ぷつり、と切れてしまったようだ。


「大丈夫か?」

「は、い……少し、息苦しいだけです……」

「……本当に、すまなかった」


 改めて、深々とジェラルドが頭を下げる。慌てて、アンジュは否定した。


「ち、違います……! 私が、望んで……やったことです……」

「……俺とアイツの問題に、巻き込んだ」

「そんな、風に……言わないでください…… 貴方には、言わないで……ほしいです……」

「アンジュ」

「もう、傷ついてほしく……なかったんです」


 涙混じりに訴えるアンジュは、細かく震える両手で、先程の乱闘で傷ついていない方の、彼の左手を包む。そうすると、少しだけ落ち着く気がした。


「……俺だって、あんな目に……遭わせたくなかった」


 重い声色で悲しげに呟き、ジェラルドはゆっくりと身体を寄せ、その手で躊躇(ためら)いがちに、アンジュの肩を抱いた。一瞬、固まったが喜びが溢れ、ゆるり、と彼のコート越しの胸に額を当てる。静かに聞こえる心音が、安らぎを呼び戻してくれるようだった。

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