表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦火のアンジェリーク  作者: 伏水瑚和
Ⅱ.London ~ the UK
33/61

追復する心 ~ Canon

 同じ頃。アンジュは風邪を引き、屋根裏の自室で寝込んでしまっていた。熱を出してすっかり憔悴し、喉も痛めている。

 心配したクリスが、稽古後、薬と差し入れを持って見舞いに訪れた。火の消えかけたストーブにも薪を追加してくれる。冷え切って寒々としていた部屋が、救われるように暖まっていった。


「クリスさ、ん……すみませ……」

「疲れが出たのね。急に環境も変わったし、色々大変だったもの。仕方ないわ」


 美声で紡がれる、温かみのある優しい言葉が弱った心に沁み、目頭が次第に熱くなる。彼女に伝染(うつ)る事も懸念し、毛布で顔半分を隠した。


「……団長には、少し、叱られました。体調管理も……仕事の、うちだって。情けないです……私」


 弱々しく掠れた声で、自嘲気味に微笑むアンジュが、痛々しく目に映る。


「……水飴とジンジャーをお湯で溶かしたの。飲んで」


 クリスは複雑そうに微笑み、温かいコップを手渡した。かじかんだ指先の感覚が、じんわりと戻ってくる。


「本当は蜂蜜が良いんだけど、最近、物が不足していてね。高くなったの。ごめんなさいね」


 熱くとろけるような甘さの中に、時折、ピリッ、とした辛味が混じる、切ない味。今の自身の心境と、どこか重なる気がした。

 そんな感情全てを鎮め、押し込むように中身を飲み切ると、喉は少し楽になった。いつも気にかけて心配してくれるクリスに、今までの事を打ち明けよう……とアンジュは決意する。故郷で出会ったフィリップ、歌手を目指した経緯、ジェラルドとの出来事を、少しずつ、簡潔に話し始めた――



 ……全てを聞いたクリスは、案の定、心から驚いたと言わんばかり、と同時に感慨深い表情をした。


「……意外ね。あの人は、そんな風に他人と深く関わるようには見えなかったわ。非情で気難しいって、皆に言われてたもの……」


 女の先輩として、続けて気の利いた助言をしてあげたいと思ったが、アンジュが抱えている悩みが、切実で疑似感(デジャヴ)ある内容だった為、茫然としてしまい言葉が出なかった。


「暫くは、何も考えないで休みなさい。彼の事も……」

「……いいんです」


 言い澱みながら労るクリスの言葉を、口元に僅かな笑みを作って、アンジュは遮った。


「私の為にも、これで良かったんです。楽団を止めて、公爵家……上流階級の方と関わるなんて無理ですし…… 有名な歌手になって、フィリップ……夢をくれた人にステージで聴いてもらう事が目標でしたけど…… 戦争讃歌しか歌えない今、そんなのは、嫌で……」


 胸奥が詰まって感極まり、アンジュは毛布に顔を埋めた。矛盾した想いと様々な考えが、彼女の頭の中で響いては反発し、大きな不協和音を鳴らす。


「……私は、歌姫(プロ)失格です。彼……ジェラルドさんの事ばかり考えてしまうんです。自分でも怖いぐらい……可笑(おか)しいですよね……」


 自嘲気味に呟き、振り絞るように言葉を紡ぐ。こんな状態になるのは初めてで、自身をコントロールできない。


「本当は、今すぐ会いたくて……仕方ないんです」


 切々とした熱を含んだ、情念ある台詞(セリフ)を吐き、俯いてしまった彼女の姿にクリスは心打たれ、ほうっ……と感嘆の息を漏らした。


「……愛ね。素敵だわ」

「あ、い……?」


 耳慣れない、そして、自分には手の届かない、雲の上にしか存在しないような言葉。


「そうよ。そんなに好きなのに、彼の立場を考えているんでしょう?」

「そんな。違…… 前みたいに負担になって、迷惑がられたくない…… 嫌われたくない、だけです……」


 フィリップとの一件で、アンジュは自分の負い目を痛い程、身に刻んでいた。昔、彼は『頼られるのは迷惑じゃない。嬉しい』と言ってくれたけど、結局、自分のせいで苦しめてしまった。ただ、好きで好きで、少しでも一緒にいたくて、彼の姿を必死に追っていたあの頃……

 『ポピーの涙』の歌詞で『愛した』『愛してくれた』という言葉を使ったが、それは、孤児院に居た頃に見た、幸せそうな家族の様子やスコットさんの話を思い出しながら、憧れ混じりに書いたものだ。

 手にしたことの無い貴い宝のような、他人事のように認識していた『愛』が、自身に関わるモノとしては考えていなかった。


「……『愛』ってどんなものか……わからないんです。好かれたくても……迷惑がられたり、困らせてばかりだった…… 最近、()()にすらなったらいけないんじゃないか、と思ってて」


 思わず『そんなことないわ』と言いかけたが、クリスは言葉を飲み込んだ。彼女の記憶の扉が開き、苦い()()(よぎ)ったのだ。一息つき、代わりに違う考えを伝える。


「……今回は違うんじゃない? 今頃、彼も貴女と同じような気持ちで……苦しんでると思うわ」


 はっ、と不意を突かれ、何かから少し醒めた表情で自分を見つめたアンジュに、クリスは語り始めた。


「……私の家は母子家庭でね。家計の為に、貴女位の年に働き始めて、楽団に入ったの。女手一つで育ててくれた母は、私の事も大切にしてくれたけど、無理が祟って、体を壊してしまったから」


 いつも明るく華やかな彼女から想像出来ない、重く深刻な話だった。少し懐かしそうな、それでいて複雑そうな面持ちで、クリスは続ける。


「遠い国から来て、独りで頑張ってる貴女が孤児だって聞いて、何だか昔の自分を見ているみたいで……放っておけなかったの」

「クリスさん……」


 『まさか、()()彼女が自分なんかと』という思いを込め、アンジュは憧れの人を呼ぶ。


「昔……楽団に入る前、歌手を夢見てバーで歌ってたんだけど…… 私もその時、好きな人が出来たの。その人は店の常連さんで、実家の大病院に勤める医者だった。彼も私を愛してくれて、結婚まで考えたけど、彼の両親に猛反対されたの。息子は優秀な後継ぎだから、そんな女とは結婚させられないって言われて」


 初めて知った、彼女が抱える事情。当時のクリスの気持ちが、今のアンジュには痛い程、わかる気がした。


「同じ頃、ワグネル団長にスカウトされたの。結局、彼と別れて、楽団に入って歌姫(プロ)になる道を選んだ。ずっと夢だったから、これで良かったと思ってるわ。けど……」


 艶やかな美声が少し憂い、重く影()した。


【閲覧ありがとうございました。いいねや一言でも良いので、ご感想を頂けると嬉しいです。】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ