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戦火のアンジェリーク  作者: 伏水瑚和
Ⅱ.London ~ the UK
31/61

名も無き戦い ~ my flower

 晩餐会から一週間程が経った午後。ジェラルドは、日課でもある、自宅の庭園を訪れていた。刺すように凍てついた風が吹き抜ける今の時期、あの美しい花達の姿はほとんど無い。それでも、彼は、子供の頃から真冬にも来ていたのだ。

 発芽や開花はしていなくとも、花は土の中で確かに生きている。そんな彼らを世話する庭師にとって、季節は関係ない。多少、仕事は減るが、土や苗木の状態を見る事は欠かさなかった。そんな庭師(スコット)に会いに、ジェラルドは通っていたのだ。寂れた風景は、沈んだ心をますます闇に追い込む。今日は、特に、彼と話がしたかった。


「……先日、公爵様から、鮮やかな色、華やかな色の花は、全て撤去するよう言われました。国からの要請だそうです。開花の時期ではありませんが、植えた木々は抜かねばなりません。ポピーは勿論……薔薇も、でしょうな」


 淡々と他人事のように、理不尽な事柄を語るスコットに、ジェラルドの胸が痛んだ。長年、手塩にかけて育て上げてきたものを、自らの手で無に還す。彼にとっては、身を切られるような所業のはずだ。

 残酷な仕打ちを受け入れるしかない彼の姿に、苦い既視感(デジャヴ)に襲われた。皮肉にも自分で、自分の大切なものを壊さねばならない状況……

 大好きな歌で戦争を鼓舞したアンジュ。そして、名ばかりの肩書きで、そんな彼女を失う自分。ままならない世知辛い世界に、今まで以上の嫌悪と失望、無力感を覚えた。


「ア……彼女も、悲しみますね」


 ふ……と力なく微笑み、スコットは続ける。


「……仕方ありません。戦時中だからという名目だそうですが、恐らく空からの爆撃の標的になりやすいからでしょう。北欧も攻められたそうですし、我が国も空襲が始まるのは時間の問題でしょうな」


 過去に大戦を経験した彼の予想には、事の重大さと命の危機が迫っている現実が、ひしひし、と伝わってくる。


「ジェリー坊っちゃん」


 改まった声色で、スコットはジェラルドを呼んだ。


「……あの()と、何かあったんですか?」

「え……?」

「長い付き合いですからね」


 何でもお見通し、と言わんばかりの彼に、『この人には敵わないな』と、ジェラルドは自嘲半分、妙な嬉しさに満たされた。持って来ていた大きめの茶封筒を、彼に手渡す。


「アンジュ……彼女が、例のソロデビューする日に歌うはずだった楽曲の楽譜です。歌詞が反戦歌ということで、披露は無くなりましたが」

「そうですか。あの()が……」


 代わりに戦争讃歌を歌わされた事は、敢えて伏せた。わざわざ()()()に知らせる必要も無いし、彼女も決して望んでいないだろう。

 封筒を受け取ったスコットは、ポピー畑の中で嬉しそうにしていた彼女の姿を思い出し、何とも言えない切ない思いに駆られた。


「団長を説き伏せて、譜面だけ貰いました。……初めて、公爵家令息の権力を使いましたよ」

「坊っちゃん」


 複雑そうに苦笑するジェラルドを、スコットは驚きと共に、どこか嬉しそうに凝視した。


「歌詞は、さすがに流出させられないと言われたので、先日、彼女が密かに歌ったのを聞いて、覚えている限りですが書き移しました。どうか見てやって下さい」

「……今でも?」


 頷くジェラルドを確認し、中の譜面と共に書かれた歌詞を読んだ彼は、次第に熱くなる目頭を、思わず指で抑えた。ポピーをモチーフにしたという、戦場で失われた命への鎮魂歌(レクイエム)

 戦争を知らないはずの、あの成人し間もない娘は、自分の話を聞き、どんな思いでこれを書いて、歌う事を諦めたのだろうか。彼女の優しさといじらしさに、未だに疼く心の痛みが、幾分か和らいだ気がした。


「……坊っちゃんは、あの()が大切なんですね」

「え……」


 楽譜から自分に視線を移した彼の言葉に、ジェラルドは面食らった。寒空の下で冷え切った頬が、一気に熱くなる。


「彼女とは、一度しか会っていませんが、誰かといてあんなに楽しそうな貴方は、初めて見ました。……いい()ですね」


 幼い頃からの自分を、ある意味両親よりずっと知っている彼の言葉に、今のジェラルドに否定する気は湧かなかった。先日、初めて深く触れ合い、その直後に見た彼女の精一杯の儚い笑み、健気な想いが脳裏に(よぎ)る。


「……そうです。本当に……俺とは違います」


 思いがけず突然出逢った、惹かれて止まない存在(ひと)。だが、自分の手には届かない。いや、守れないのだ。


「彼女といられるなら、公爵の身分など捨てても構わない。貴方は気づいておられるでしょうが、元々、俺にそんな肩書きは無かったんです」


 自嘲気味に、ふ、と力なく笑う。


「とはいえ、その名ばかりの身分と財産に守られ生きてきたのも事実です。そんな何者でも無い自分が、こんな情勢下(とき)に、人一人支えて生きていけるのか、彼女にも全てを捨てさせてまで、一緒にいて良いのか……判らない……」


 貴族にとって、醜聞(スキャンダル)は命取りにも成りかねない。家名も社交界も捨てた自分と生きるということは、アンジュにも楽団を辞めてもらい、噂も外聞も届かない、ロンドンから遠く離れた土地で、二人で暮らすということだ。

 今の過酷な状況は、彼女の精神衛生上、決して良いとは言えない。だが、折角入った歌を磨く場所、努力を重ねた名声まで、自分の為に捨てさせて良いのだろうか……


「……本気で好いていらっしゃるのですね」


 感慨深そうに呟くスコットの言葉が、どこか他人事のように耳に入り、茫然とした面持ちで、ジェラルドは彼を凝視した。

 寂しさ故にとはいえ無差別な色事と情事、自身の装飾と美容に(ふけ)り、息子二人の世話は乳母と使用人に任せ、目もくれない母。そんな妻に必要以上には接せず、世間体を気にして離縁しない父。

 それでも『愛してる』と、互いに顔を合わせては、当たり前のように告げている二人。虚栄心と歪なプライドの塊という面は、皮肉にも気が合ったのだろうか。物心がついて大人になり、やがて、そんな両親に違和感を感じ始めていたジェラルドには、それが日常的な挨拶とも社交辞令とも違う、何かの契約の儀式のようにも見えていた。


【閲覧ありがとうございました。いいねや一言でも良いので、ご感想を頂けると嬉しいです。】

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