★悪魔の挽歌 ~ changing
【※R15程度の性的表現が登場するのでご注意下さい。】
一方、自室に戻ったジェラルドは、自身の感情の不可解な動きに苛立っていた。彼女に見られたからとはいえ、何故、あんな話をしてしまったのだろう。今まで、誰にも言った事の無い、出生の秘密まで明かす必要はなかった。
あの少女といると何故か調子が狂う。隠れていたもう一人の自分が現れ、たちまち脳、心全てを占領する……
苛立ちまかせに辛辣な言葉を吐いた時の、驚いたような悲しげな顔。母親の不倫現場を見た時の、今にも泣き出しそうだった顔。アンジェリークという少女の様々な姿が、ぐるぐる、と脳内を駆け巡る。
――俺の事なのに、何故、そんなに悲しむ……? 関係無いだろう? 放っておいてくれ……
――あんな嫌な言い方をしたのに、何故、俺を庇う……?
――心配って何だ……? そんな事する訳無い……?
――やめろ! 世辞か嘘に決まってる。信じて堪るか……!!
見知らぬ男の事を話した時の、嬉しそうな顔を描きたい見た瞬間――その微笑みを壊したい衝動に駆られ、無意識に彼女を傷つけようとしていた――
「……!!」
そんな自分に苛立ち、呆れ、髪をぐしゃり、と掻きむしる。その拳でそのまま、側の大理石の机を思い切り叩いた。
年が明けた1940年。世界が着々と大戦に向かっていく最中、アンジュ達の住む英国――ロンドンでも、対岸の霧が漂って来るかのように、少しずつ、ゆるやかに、趣が変化していった。
たまに、兵隊による凱旋パレードが華やかに通り抜け、民間の成人男性が徴兵に駆り出されつつある。今の平穏な日々が、いつ豹変してもおかしく無い気配だ。自分の夫や恋人、息子が、明日には戦地へ行かされるのではと、女性は日々怯えていた。空襲は無いが、目に見えない何かが、自分達の周りを取り囲んでいく。
そんな心許ない毎日だったが、アンジュの日常は、変わることなく続いていた。……ジェラルドの件を除いては。暮れの夜、出生の秘密を聞かされた日から、また気まずくなってしまっていた。彼は、あれからアンジュを避けるようになり、彼女の方も近づこうとしなかった。
というより、近づきたくても、何と話しかけたらいいのか分からなかったのだ。しかし、いくら拒絶されても、何故か気になって仕方なかった。気づけば、目はジェラルドの姿を探している。だが、たまに目が合っても、すぐに視線を反らされる。そんな彼の態度が、心をひどく締め付けた。
だが仕事の日は、以前と同じく屋敷に行かないわけにはいかない。憂鬱な気持ちを抱えながら、アンジュは今日もグラッドストーン家への道を歩いていた。
ただでさえ、戦争が始まって気が重いのに……と軽くため息をつく。ふと、隣のクリスの方を見ると、彼女も青い顔をしている。こんな時でも明るく振る舞っていた彼女が珍しい……と気になったアンジュは声をかけた。
「クリスさん……? 何かあったんですか……?」
すると、クリスは虚ろな眼差しを向けた。ワインレッドのルージュが塗られた唇が震えている。一呼吸してから、告げた。
「……叔父が、徴兵されたらしいの」
ガン、と頭を殴られたような衝撃を受けた。突然、戦争という現実が、自分のすぐ隣まで近づいて来た気がする。
「クリスさん……」
「今まで実感が湧かなかったけど、本当に戦争が始まったのね」
「……」
「『良心的兵役拒否権』っていうのがあってね。申請したら拒否出来るかもしれないけど……無理だわ。叔父の居る環境だと多分、周りから白い目で見られて居づらくなるもの」
強張るクリスの言葉に、ジェラルドの姿をアンジュは思い出した。彼は軍人の家系ではない貴族だが、いつかは戦地へ行くのだろうか……という、激しい恐怖が襲ってくる。
――嫌。そんなの嫌。あの人まで……
頭に浮かんだ恐ろしい考えを、必死に打ち消す。同時に、彼の存在が自身の中でいつの間にか大きくなっていた事に気づいた。何と返答したらいいのか判らず、この不穏な事態が早く終わる事を、ただ、神に祈るしか出来ないでいた。
グラッドストーン邸宅に到着し、普段通りの催しが進む。今夜は晩餐会だったが、皆、控えめでシックな装いだ。団員達が華麗に奏でるワルツやメヌエットに合わせ、今の不安をまぎらわすかのように、ダンスを楽しんでいる。
楽器の担当でないアンジュは、隅の方で、目の前の人々をぼんやりと眺めていたが、周りの様子が何かおかしい事に気づいた。他の客人達が、やたら自分、そしてジェラルドの方をちらちら、と交互に見ながら内緒話をしている。不審に思っていると、大きな黒い影が彼女を被うように現れた。
「ねぇ、君」
呼び掛けられた方に視線を向けると、ジェラルドの兄、ロベルトが、にっこりとした笑みを浮かべ、アンジュを見下ろしていた。彼に声をかけられたのは初めてだった為、内心戸惑う。
「……いいかな?」
柔らかに促し、彼は広間の扉に視線を向ける。少し不安だったが、依頼主である公爵家令息には逆らえない…… 仕方なく、恐々と付いて行った。
「君、うちの弟と……どういう関係なの?」
廊下に出た途端、ロベルトは問いかけた。口元は相変わらずにこやかだが、どこか怪しげだ。いつもの好青年の顔が剥がれている。
「どうって…… 貴方と同じ依頼主様のご令息様でございますよ」
突然の彼の変貌と、ジェラルドのことを聞かれ狼狽えたが、なるべく努め抑えながら、答える。
「『ご令息様』ね……」
くくっ、と嘲笑する彼にむっ、としたが、なるべく冷静に尋ねた。
「……何かおかしいですか?」
「客の噂になってるんだよ。知らない? 君と弟がデキてるんじゃないかって」
何故、そんな噂が出たのだろうかと驚く。そんなアンジュの心中を察したのか、今度はにやつきながらロベルトは続けた。
「暮れの夜に、君と弟が二人きりでいるのを見た奴がいるらしくてね」
「……!!」
「まぁ、俺にはどうでもいい事なんだけど、さすがっていうかさ」
「……さすが?」
事態を把握し、内心動揺したが、彼の不可解な言葉に反応する。
「よりによって、こんな身分の低い女に御執心だなんて。血は争えないってことだよ。知ってる? あいつの父親は男娼だって」
「……!?」
更に続けられる真実の衝撃で、アンジュの意識が彼方に飛んだ。男娼――売春を男性が行う職業。何をするのか……という具体的な事は知らない。だが、もうすぐ十七歳になる今、その意味は漠然とだったが……理解していた。
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