表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦火のアンジェリーク  作者: 伏水瑚和
Ⅰ.Australia
10/61

Good, bye……【rainy】


 翌日。アンジュは、フィリップと待ち合わせた、いつもの海辺に来ていた。しかし、いつまで経っても彼は現れない。後に来るはずのエレンも、一向に来る気配が無い。

 すっかり秋が深くなった海辺は、どこか寂しげに見える。ひんやりとした冷たい風が吹き抜け、鮮やかに紅く色づいた木の葉を舞い上がらせている。心細い気持ちを抱きしめ、アンジュは、時間が許す限り、ひたすら待ち続けた。

 次の日も、そのまた次の日も、フィリップもエレンも、全く現れない。


 ――どうして……? どうして、来てくれないの……?

 ――何かあったの……? フィリップ……? エレン……?


 二人が来なくなってから一週間が経ち、さすがに心配になったアンジュは、以前、父親の別荘だと教えてもらっていた、フィリップの屋敷を尋ねる事にした。頭上の空は、今にも泣き出しそうな曇天で、灰色の雨雲で覆いつくされている。まるで、今のアンジュの心境のようだ。

 ようやく、町外れにある煉瓦(レンガ)造りの屋敷に辿り着くと、潰れそうな心を抑えながら、立派な装飾の付いた門の呼び鈴を、勢いよく鳴らした。暫くすると屋敷の扉から、黒地の制服に白いエプロン姿の、厳格な風格のある、メイドらしき女性が出て来た。


「何か御用ですか?」


 鉄格子の門越しに、冷たく威圧的で口調で彼女は問う。アンジュは怯えて圧倒され、内心挫けそうになったが、ありったけの勇気を振り絞り、口を開いた。


「あ……あの、フィリップ…… フィリップ様に、お会いしたいのですが」

「坊っちゃんは、誰にもお会いにならないと(おっしゃ)っております。どうかお引き取り下さい」


 機械的な口調で、思いがけない言葉を放つメイドに、アンジュは狼狽(うろた)える。


「え…… どうしてですか?」

「存じません。もうお帰り下さい」


 硬い鉄格子を握り締めながら、必死に問うアンジュだったが、メイドの女性は淡々と突き放ち、屋敷の中へ戻って行った。


「待って……待って下さい! フィリップ様と話をさせて下さい……‼ お願いします‼」


 精一杯の声を張り上げ、必死に()う。しかし、無情にも屋敷の扉は閉まり、曇天の空からは冷たい雨粒が、パラパラ落ちてきた。


 アンジュの()からも、大粒の水滴が、あとからあとから、零れ出す。暫くの間、呆然と立ち尽くしていたが、雨脚が強くなった頃、濡れた体を引きずるように、ゆっくり、その場を後にした。

 その一部始終を、フィリップは自分の部屋の窓から見ていた。彼の()からも、一筋の涙が、つたい流れている。


 ――アンジュ。許してくれ。今の僕には、こうするしかできない

 ――だって、言える訳がない。君が孤児院の子だから、もう会えないだなんて……深く傷つける

 ――それなら、いっそのこと酷い奴だと思って、嫌ってもらった方がいい……‼


 ぎゅっ、と唇を噛み締め、拳で壁を思い切り叩き、フィリップはその場に崩れ落ちた。



 降りしきる雨に打たれながら、アンジュは歩いて来た道を無意識に辿っていた。頭から足の先までびしょ濡れで、顔に付いた水滴が、涙なのか、雨なのかも分からない。『どうして?』という言葉が、茫然自失した脳裏の中を、ずっと駆け巡り続けている。


 ――どうして、会ってくれないの?

 ――どうして、避けるの?

 ――どうして、離れていくの?

 ――『また、明日ね』って言って、笑って別れたのに……

 ――私、何かしたの? だから、嫌いになったの……?


 何か理由があるに違いない。そう思わないと、今、この場で泣き崩れそうだ。降りしきる雨の中を無気力に歩いているうち、いつの間にか孤児院に着いていた。自分の部屋に入るなり、すぐさまベッドに倒れこみ、そのまま気を失った。



 翌日。アンジュは風邪をひいて寝込んでしまった。院長にさんざん小言を言われた後、自分で作ったミルクがゆを食べる。あんなに辛い事があったのに、悲しくて悲しくて、心が潰れそうに辛かったのに、朝、ちゃんとお腹はすいていた。

 クルクル、と小さな音を鳴らしながら、ミルクがゆを消化していく胃の辺りをさする。こんな時でも栄養を求めて、生きようとしている自分の体が、アンジュは不思議だった。


 ――何で『食べたい』なんて、思えるんだろう……


 昨日の出来事は、自分の中でまだ消化出来ていない。起こった事を受け入れるには、時間が足りなさ過ぎる。誰を責めればいいのか、何を恨めばいいのかわからなくて、この苦しさの行き場を見つけられずにいた。

 心が痛かった。ものすごく、裂かれるように痛かった。心が悲鳴を上げてるのが判る。でも、治し方は分からない。誰かに避けられて離れていかれたのは、これが初めてじゃなかった。しかし、今回は、最も辛く、苦しい別れだ。


「……どうして?」


 アンジュの()から、また涙が零れ落ち、皿の中に、幾つもの波紋を作った。



 数日後、ようやく風邪が治ったアンジュは、一人でいつもの海辺に来ていた。あんなことがあっても、何故か来ずにはいられなかったのだ。

 フィリップは、ここには二度と来ないだろう、と何となく察していたが、心のどこかで、もしかしたら来てくれるんじゃないか、という淡い期待もしていた。

 そんな諦めと期待の混ざった、複雑な気持ちを抱えながら、遠く虚ろな目をして、眼前に広がる、くすんだ群青色の海を眺める。


 ザ……ン ザザ……ン…………


 寄せては返す波は、アンジュの不安定な心を表しているかのようだ。海を見ていると、フィリップと過ごした日々を思い出す。

【閲覧ありがとうございました。いいねや一言でも良いので、ご感想を頂けると嬉しいです】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ