ver2.2 スーツ
「もし、もし?」
「はじめまして、私はユーザー支援用汎用自律型人工知能のメイです。失礼ながら、貴方の乗車する電車は三百四二秒後に停車中の対抗電車と衝突します。いますぐ非常停止処理をすることを推奨します。」
「はい?」
「あなたはもうすぐ、事故に遭遇します。このままですと、生存確率は0.3パーセントなので電車の非常停止を推奨します。」
透き通った綺麗な女性の声がする。最近よく聞く声に似ているが、どこか違和感を感じる声だ。突然のことで、頭の中の状況整理ができていないはずなのに、何故か冷静になっていた。電車が凄まじい勢いで加速していることが、映画のワンシーンのように他人事に思える。
「どうしたらいいの?」
「この無人電車は旧型タイプですので、先頭車両の一番前か、最後尾車両に非常停止ボタンがあります。あなたの位置からですと、六十秒以内に最後尾車両の非常停止ボタンを作動させることで手動停止可能です。」
「わかったわ。」
電話主の指示通り、私は加速を続ける電車の最後尾へ全力疾走で向かった。こうやって思いっきり走るのは中学時代の陸上部以来かもしれない。混乱している車内で、乗客を避けながら一目散に走り続け、最後尾の電車に辿り着いた。
「着いたわ」
「運転席に侵入してください。」
え、どうやって。運転席への扉は施錠されているし。
私は自分の左手を見た。あの事故以来、手は機械義手である。強化プラスチックや樹脂、金属でできているっぽいからガラスを割ることもできるかもしれない。
「ええい、ごめんなさい。」
私は思いっきり、扉の窓ガラスを殴りつけた。鈍い音と共に窓ガラスは小さく割れ、手を入れられるほどの大きさの穴が開く。
「駄目だ」
「施錠はアナログ式と推測されます。運転席側にあるスイッチを使って開錠してください。」
アナログ式、おじいちゃん家の倉庫でしか見たことがないが、確か回すものがあったはず。
ドア付近を手探りで触れると、金属の突起物に触れた。
「これか!」
それを回すとドアが開いた。すぐさま運転席に入り込んだ
「ボタンはどこ?」
「机の下です。」
手探りでボタンのようなものを押すとガチッと音がして、すぐさまブザーが鳴り響き、同時に急激なブレーキが電車にかかった。甲高いブレーキ音が耳を突くように聞こえ、凄まじい慣性の力で、体が運転席に押しやられる。電車は徐々に速度を落とし、あっという間に停車した。
「止まった」
「よかったです。」
緊張感がほぐれたせいが、全身の力が抜け、その場でしゃがりこんだ。ふと我に返ると額に汗がびっしりついている。
スマホの画面を再び見ると、通話は終了していた。
それからは、しばらくして警察や消防の人たちがやって来て、乗客を非難させ、現場検証を始めた。私も警察の人から詳しく質問された。本当ならAIからの電話について答えるべきだったのかもしれないが、あまりに非現実的で信じてもらえなさそうな話で、自分が可笑しな人だと思われることが嫌で隠してしまった。
非常停止ボタンを知っていて、その場で行動したと答えた。どうやら事故原因は、自動運転装置の不具合だったらしい。詳しくは教えてくれなかったが、回路の異常が見られたそうだ。電車の完全自動化が行われ、車掌が搭乗しなくなってからここ二十年、大きな事故は一度も起きたことがなかったために、この事件は連日大きく報道された。恥ずかしいけど『女子高生が機転を利かせて電車を止め、大事故回避。』という見出しの電子新聞が発行されている。でもこの手柄は私じゃない。あのとき以来、スマホに自称AIさんからの電話はかかってこない。
「この間は災難だったのか、いやでも、お手柄だったね。今度警察に表彰もされるって聞いているよ。」
「ありがとうございます。」
私の主治医で、エンジニアであり、医者でもあるバイオニック医療専門医の御門先生だ。月一で私の義手、スーツ、チョーカー、脳内にあるチップを検査してもらっている。サイボーグになってから身体検査と機器の調整は欠かせない。異常な値は出たことないが、時々スーツを新調したり、機器のアップデートをおこなったりしている。
本来は、一昨日の予定だったが、先生は、あの事故の救護活動に当たっていたこともあり、日程を変えてもらった。
「あの、先生。」
「ん?どうしたの?」
年齢はわからないけど、誰が見ても大人びたセクシーな先生で、もしも、実は女優だったと明かされても納得してしまう。根拠は全く無いけど、この人、AIに詳しいかもしれない。
「AIから突然電話がかかってくるようなことってあります?」
「そうだな。昔は、自動音声のセールスとかあったらしいけど、今ないかなあ」
「そうですか」
「AIに興味があるのかな?」
「いえ、友達からそんな都市伝説を聞きまして。」
「ミライ型AIが発明されてから、AIは飛躍的に進化したからね。昔から言われてたけど、遂に人間と同等、いやそれ以上に自分で考えることができるAIが私の生きている間に出るとは。そのうち「人類を滅ぼします。」って電話がかかってくるかもね」
そう言うと、先生はいつものように変わった声で笑い出した。
「ところで、スーツの調子はどうかな?」
「普段と変わりませんよ。問題もありません。」
「そうか」
先生は少しこちらを凝視して刹那的に静寂な空気となった。何かを言おうとしているが、言うのを辞めたときのような、そういう雰囲気だ。
「スーツがどうかしたんですか?」
「いや、なんでもないよ。実は、訳あって、スーツの試着人を探しててね。支援スーツの。しかしねぇ」
「私で良ければ」
先生は一瞬、私の胸あたりをチラ見して、また目を閉じた。
「ほんと?ありがとう!サイズは、大丈夫なんだよね!」
これは確信犯かもしれない。
「でもね、試作機なんだよ。本当は一般人が扱うものじゃないんだけど、なにせ君ぐらいしか適任がいなくてね。」
私は、本来ならば歩くことも立つこともできない身体だ。神経の代わりに脳に埋め込まれたコンピュータチップを使って、さらに特殊なセンサーを張り巡らせたスーツを着用している。これらのおかげで何不自由ない普通の暮らしができる。テクノロジー様様だ。
だから断る道理はない。技術の発展に一役買って、社会に貢献できることは良いことだ。
「これなんだけどね。」
「え・・・。」
見せられたものは、360度どこから見ても水着にしか見えないものだった。
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