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暖かい夢をみた。
暗くて寂しい世界から、フィルが助けてくれる夢。
真っ赤な灯ノ花に囲まれる夢。
フィルが、『好き』って言ってくれる夢。
(ああ、いい夢だったな)
でも、そろそろ起きなくては。
朝の仕事が舞っている。
私はそっと目を開ける。
「……えっ」
私は、思わず小さい悲鳴を上げる。
目の前にいたのはフィルだった。いつもはふわふわな髪が元気なさそうにぐったりとしていて、泣きホクロのあたりには黒いクマが出来てしまっている。
問題はそこじゃない。フィルは私の目と鼻の先にいるのだ。疲れ切った寝顔がすぐそこにある。
(つまり、私、フィルと添い寝してるってこと!?)
「な、な、な、」
私がわなわなと震えていると、目の前のフィルが気だるそうに目を開ける。
「ん……? なに……? あっ、セシリー! 目を覚ましたん」
「なに添い寝しているのよ!!!」
私は思いっきりフィルを蹴っ飛ばすと、ごろんごろんと転がっていき、ベッドの下に落ちてしまった。
「うっ、な、何するっ!」
「それはこっちの台詞よ! ね、ね、寝込みを襲うなんて……!」
「へ? 襲う?」
「この……!」
「ちょ、ちょっとまって、ちょっとまってセシリー!! ストップストップ!!」
フィルは落ちていた本を盾にして、身を縮める。
「言い訳はきかな……あ、あれ」
枕を投げようとした手が止まった。
「……ここ、どこ?」
床一面には本が散乱していて、足の踏み場は全くといっていいほどなくなっていた。壁にも妙な魔法陣が描かれているし、天井にも何か文字が書いてある紙がぺたぺたと張られていた。
だけど、全く見覚えがないといった感じはしない。家具やドアの配置場所に、妙なデジャブを感じるのだ。
どこだったかと必死に頭を回転させていると、床に座っていたフィルがぽそりという。
「ここはナディーヌ様の部屋だよ」
「ナディーヌ様の部屋? ああ、言われてみれば……。でも、どうしてこんなことに……。そもそも、どうして私はここで寝ているのですか」
「え? 全部忘れたのっ! 僕の一世一代の告白も!?」
「こ、告白!? え!? あれ、夢じゃなかったの!?」
「ああ、よかった。それは覚えていたんだね」
フィルは満足そうに頷くと、ほんの少しの疲れを目元に残しながら、本当に嬉しそうに笑った。
(ああ、かっこいい……)
やっぱりフィルには笑顔が似合う……。
(……って、そうじゃなくてっ!)
めちゃくちゃに混乱していると、部屋の扉が開いた。
「失礼します。フィル様、お目覚めで……せ、セシリー様!」
エマ様は叫んで、私に駆け寄ってきた。
「どこかお加減の悪いところはございますか! 体調は悪くありませんかっ! のどとか乾いていません!? それと、お腹すいたりはしてませんか!」
「え、えーっと、あっと」
戸惑っていると、フィル様が私とエマ様の間に入ってくれた。
「エマ様、セシリーはまだ記憶があいまいのようですので、一旦落ち着かせてからのほうがよろしいかと」
「記憶があいまい……! わ、わたくしの名前は分かりますか!」
「エマ様ですよね。そういう記憶は覚えているんですが、どうしてベッドに寝かされているのかがいまいち覚えていないんです」
「分かりました。それではわたくしが誠心誠意丁寧に説明いたします!」
エマ様は、私が気絶した前後のことを文字通り丁寧に教えてくれた。
灯ノ花びらに触れて、倒れてしまったこと
。
二度目ということもあって、かなりまずい状況であったこと。
フィルが助けてくれたこと。
全てを聞き終えて、私は思わず頭を抱えた。
「……私って、みなさんに迷惑かけすぎではありませんか……? そうですよね、灯ノ花は魔法の草なんですから、触っちゃ駄目でしたよね……」
「いえ、あれはセシリー様のせいではありません。どちらかというと、魔法アレルギーの方へ配慮しないで、灯ノ花を散らせたオブジェの運営者さんのせいですって」
「うーん……。ど、どちらにしても、助けていただいてありがとうございました。フィルも、ありがとう。二度も助けてもらっちゃって。あと……」
もしかしたら、このまま流してくれないかな、と思いつつ、そんなことは無理だと諦めて素直に謝る。
「騙しててごめんなさい」
「ん? あー、リリーちゃんの正体がセシリーだってこと?」
「……はい」
話の内容から察するに、どっかのタイミングでバレてしまったのだろう。悪いことをしていたことは分かるので、バツが悪くなって視線を逸らす。
すると、フィルは怒るどころか満面の笑みで言う。
「ううん。むしろ、あんな可愛いところがセシリーにもあったんだって分かってよかったよ」
「なっ……! か、かわいい!? そ、そんな適当なことを言うのは止めてください!
「適当なんかじゃないよ。本心本心」
フィルはニコニコと笑う。
(ど、どうしたのかしらフィル。妙にテンションが高いわね)
リリーの時のフィルのようだ。
ぽかんとしていたら、扉がすごい勢いで吹き飛んだ。
「セシリー! おはよう!」
「な、ナディーヌ様!」
その扉、修理代かかるんですよ!
心の中で悲鳴をあげつつ、ぐっと抑えて頭を下げる。
「すみません、ナディーヌ様。二度も助けていただいて……」
「そんなことはいいのさっ! セシリーがいてくれるだけで私は嬉しいんだから」
ナディーヌ様は邪心のない目でにっこりと笑う。
「ナディーヌ様……」
こういうところがナディーヌ様のいいところだ。働いていて大変なことも多いけれど、今もドアが一つ無惨にも壊れてしまったけれど、それでも尽くしたいと思える人だ。
「ありがとうございます、ナディーヌ様」
「ふふん、どうってことはないよ! それじゃあ、ちょっと体調をみるよ」
ナディーヌ様は私の額や胸をペタペタと触ると、満足そうに頷いた。
「うん、絶好調だね! びっくりするくらい良くなった!」
「それはそうですよ」
フィルが大きく頷いた。
「僕をベッドから蹴落とすくらいの体力があったんですから」
「う……と、というか、どうしてフィルが私の一緒に添い寝していたんですか!」
後ろめたさと恥ずかしさから怒ってしまうが、ナディーヌ様は「そんなに怒らないで上げて―」とのほほんという。
「フィルのおかげで山は越えたけど、後遺症が残ったら危ないから、フィルの魂を使わせてもらってセシリーの傷を癒してたの。魂の力は密着してなくちゃうまく使えないから、こうやって一緒にいてもらってたってわけ」
「あ、そうだったんですね……」
なるほど、ちゃんとした理由はあったのか……。
「……えっと、ごめんなさいね、フィル」
「別にいいよ。元気になったならそれで」
ナディーヌ様も嬉しそうに頷く。
「そうそう! 元気になればそれでよし! セシリーもよくなったし! それと、魔法にそこまで怯えなくても大丈夫になったよ。多少触れるくらいなら問題なし! もう灯ノ花に触るくらいであそこまでひどくはならなくなるよ。でも、体力が回復するまではそのままね」
「ああ……。分かりました……」
また仕事ができない期間がのびてしまった……。
いやまあ、しょうがないけど……。
ちょっぴりしょんぼりしていると、フィルがくすりと笑う。
「さすがメイド長。仕事したがっていますね」
「大丈夫ですよセシリー様! わたくしもお手伝いさせていただきますからね!」
「いやいや!? さすがにエマ様にそんなことさせられませんよ!?」
「大丈夫! 私、ナディーヌもお手伝いするから!」
「やめてくださいっ! 修理費がとんでもないことになりますっ!」
「それじゃあ、私とエマちゃんはこれから飲み物とってくるね。いこっかエマちゃん!」
「はい! 分かりました!」
なんていって二人は仲良く部屋から出る。大丈夫だろうか……。エマ様がついているから酷い状況にはならないと思うが……。いや、エマ様もエマ様でとんでもないことするときあるからな……。
なんて心配していると、フィルが声をかけてくる。
「それで?」
「……それで……?」
「お返しはどんな感じ?」
「お、お返し?」
「告白のお返し」
「……へ!?」
私は身体が急に熱くなった。
「な、な、な、なん、きゅ、急に何よ!?」
「思い出したんでしょ? ほら、お返しは?」
「いやいやいや、あれって、私を助けるために言っただけでしょ!?」
「僕はそんな嘘は言わないよ。で?」
「でって……」
なんて答えればいいんだろう。全く分からない。告白されたことなんてないから本当に分からない!
(な、ナディーヌ様! エマ様! 早く帰ってきて!)
壊れた扉の方をちらりとみる。するとフィルは不機嫌そうに眉をひそめた。
「早く二人ともこないかなあって思ったでしょ?」
「えっ、い、いやーそんなことは思ってない」
「はいダウト。リリーちゃんの時も言ったでしょ。君は嘘がつけないんだから」
「う、うう……そ、そうはいっても……」
「……うーん。でもまあ、あんなタイミングで言うのもちょっとよくなかったかな」
それじゃあちょっと待っててね、といって、フィルは部屋から走って出る。ものの数分で戻ってくると、彼の手にはあるものが握られていた。
「それって……、灯ノ花?」
「うん。ほら、前に植物園行ったよね。あれの抽選で当たったんだよ」
彼の手に持っている花はまだつぼみのままだった。柄の部分は半紙が巻き付けられている。
フィルはその半紙をちぎると、迷いなく灯ノ花に手を触れた。
つぼみはゆっくりと開き、その色を示す。
「……っ!」
私は呆然とその花を見つめる。
そんな私の反応に、フィルは口元を緩める。
「ずっと不思議だったんだ。彼女に尽くしているのに、どういうわけか灯ノ花は黄色になっちゃって。……でも、その理由がようやくわかった。僕はね、セシリー。小さい頃からずっと思いを寄せる人がいたんだ。だから他の人に恋ができなかったんだよ。その相手が、ようやくわかった」
小さな頃のような無邪気さと、リリーの時に見せてくれた優しさと、……私にさえ見たことがない、男の人らしい凛々しい姿で言う。
「君のことが、セシリーのことが好きなんだ。もしよかったら、僕と付き合ってください」
「……」
「ねえ、セシリー。返事くれない? イエスか、はいで」
「こ、断るっていう選択はないの」
「うん」
きっぱりと言い切るも、赤い彼の瞳は不安そうに揺れていた。
「……そうね」
私は立ち上がると、彼が持っていた灯ノ花を受け取る。
「え、ちょ、ちょっと」
「大丈夫。ナディーヌ様も灯ノ花を触るくらいなら問題ないって言っていましたし」
私が触っても、その花の美しさは変わらない。それが嬉しくて、ぎゅっと握りしめる。
答えは、決まっている。
「フィル」
私は、ほほ笑む。
「こんな私で良ければ、よろしくお願いします」
ここまで読んでくださりまして、誠にありがとうございます。
またどこかでお会いできたら幸いです。




