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「失礼します」


 軽いノックをして中に入る。部屋は普段とは打って変わって、異質な空間になっていた。


 埃一つ落ちていない深紅の絨毯には、一面に本が広げられていて足の踏み場もないほどだった。


豪華なシャンデリアが輝く天井には、素人目では全く理解が出来ない魔法陣がずらりと描かれており、壁にまで続いている。


 魔法陣から放たれた光は、ベッドで眠るセシリーに降り注いでいた。


光の中にいる彼女は先ほどのような苦しそうな表情はなくなっていた。


この部屋の異様さと、彼女の側についているナディーヌ様がいなかったら、ただ単に寝ているだけだと錯覚してしまっていただろう。


(本当に、眠っているだけだったらよかったのに)


 なんてことを思っていると、セシリーのすぐ横にいたナディーヌ様と、その傍で何か文字を書いていたエマ様が振り返った。


「サンドウィッチを用意しました。形はいまいちですが、ハートキャンディーもあります。作業の合間にどうぞ」

「ああ、ありがとう。ちょうど疲れてた頃だよ。エマちゃん、一先ず食べておいて大丈夫だよ」


 ナディーヌ様はぶつぶつと呪文をつぶやいた後、エマ様とともに近寄ってくる。


「こんなことフィルに言うのもなんだけど……。今のセシリーはかなりまずい状況にある」

「……はい」

「そもそも、今生きてること自体が奇跡って感じ……。だからもうひとふんばりしないと……」


 ナディーヌ様はサンドイッチをとると、無言でほおばりはじめる。 


 エマ様もサンドイッチをつまみながら、僕にも分かるようにセシリーの容体を説明してくれた。


「今のセシリー様は、魔法アレルギーのせいで魂の力が大分削られちゃっているんです。普通の人なら亡くなってしまうくらいの損傷具合なんですが、一部の魂がなんとか持ちこたえているんです」

「それはまたどうしてですか」

「その理由が分からないんです。それさえ判れば、セシリー様を助ける手立てが見つかるんですが……」


 と、そのとき。


「そうか、そうか。これだっ!」


 彼女は叫ぶと、ものすごい形相で僕を見る。


「フィル!!」

「は、はい?」

「これだよ! セシリーを助ける方法!」


 ナディーヌ様が指さすのは、彼女が口にしたサンドウィッチだった。


「これって、サンドイッチのことですか」

「というより、フィルの力だよ!」

「僕の……?」

「そう! ほら! 前話したじゃん! フィルの料理には魂がこもっているって話!」

「……そうでしたっけ」


 全く思い出せないが、エマ様が「していましたよ」と囁いているので、そうなのだろう。

 

「それで、それがどうなさいましたか」

「セシリーが持ちこたえている理由はそれなの。フィルが料理にこめてた魂のおかげ! それがセシリーを守ってくれているの。 どうして気づかなかったんだろう! セシリーとフィルの関係からみたら当たり前なのに!」

「……??」


 いまいちよく分からないが、サンドイッチをたくさんつくればいいのだろうか……? またそれとは違うのだろうか……?


 ぽかんとしていたら、エマ様が助け舟を出してくれた。


「お姉さま、お待ちください。フィル様の料理はほっぺたが落っこちちゃうくらい美味しいですけど、致死のセシリー様を助けるほどの魔力はこもっていなかったはずですよ。なのに、セシリー様を助けただなんて……。一体どういうことですか」

「魔法の力じゃないよ。セシリーを助けているのはフィルの魂なんだから。本当ならここまでの力は出せないんだけど、フィルとセシリーは互いに思いあっているからね、ほんの小さな魂のかけらでも、凄く影響するんだよ。良い意味でも、悪い意味でも」

「思いあうなんて、そんな……」


 僕は否定しようとするも、ナディーヌ様がぴしりと制止する。


「照れるのはなしっ。フィルとセシリーはお互いべったべたに思いあっているでしょうが。だから、フィルとセシリーが離れたときにはお互い心も体もボロボロになっちゃったし、二人が喧嘩した時はフィルがつくった料理もおいしくなくなっちゃうってこと」  

「離れたとき、ですか?」


 きっとナディーヌ様が言っているのは、僕がセシリーと離れて一人暮らしをしちたときのことだろう。


 あのとき、どうにもやる気がでなくて、食欲さえもわかなかった。誰に何を言われようが、何されようが良くならず、段々と体調も悪くなっていた。


 だけど、ナディーヌ様に無理矢理雇われて、セシリーと一緒に働きだした途端、僕の不調が元からなかったかのように良くなったのだ。


 てっきりあのころはホームシックのせいだろうと思っていたけれど、


(セシリーがいなかったから、っていうこと、なのか……?)


 なぜかわからないが、妙に納得できてしまう。実は心の奥底で気づいていたのかもしれない。


「……分かりました。それで、僕は具体的に何をすればいいんですか」

「セシリーの魂に、直接フィルの力を注ぎこんでみよう。っていっても、やるだけだったらそんなに難しくはないよ。セシリーの夢の中にフィルの魂を送るから、ありったけの想いをハートキャンディーと一緒にセシリーへ渡せばいいだけ」

「分かりました。それではすぐにでもはじめましょう」


 迷いなく頷くも、エマ様が慌てた様子で止める。


「ま、待ってくださいっ! フィル様の魂をセシリー様の夢に送るんですかっ! それって、かなり危険ですよねっ!」

「そう。フィルもよくよく聞いてほしい。これはかなり危険なやり方なの。もしもフィルがセシリーの中にいるときにセシリーの命が尽きちゃったら、フィルもセシリーと一緒に死んでしまうかもしれない。それでも、大丈」

「大丈夫です」


 食い気味できっぱり答えると、エマ様とナディーヌ様はびっくりしたように僕を見る。


「えっ、ふぃ、フィル。死んじゃうかもしれないんだよ。もう少し悩んだりはしないの」

「セシリーが助けられるなら、それくらいのリスクは背負います」


 別に望んで命を落としたいわけではない。けれど、自分の命惜しさにセシリーを見殺しにするなんて選択肢は僕にはとれない。


「……そっか。分かった」


 僕の意志が揺らないことが分かったのだろう。ナディーヌ様は苦しげにため息をつく。


「……私も、なんとか持ちこたえるようにする。だから、絶対にセシリーを取り戻してきて」

「ええ、分かりました」

「それじゃあ、さっそく準備を始めるから、フィルはセシリーの手を掴んでね」


 言われるがままに、セシリーの手を掴む。僕よりも少しだけ冷たい体温は、小さな頃から変わらない。しかし今の彼女の手は仕事人らしい、ごつごつとした感触に変わっている。


 リリーちゃんの手に触れたとき、なんてすべすべとした手だろうと、違和感を覚えたものだ。もしかしたら、そのときにリリーちゃんとセシリーを無意識に重ねていたのかもしれない。


(セシリー。また君と一緒に働きたいんだ)


 ナディーヌ様のハチャメチャな要求を二人で首を傾げて悩んでいたい。

 どうやったら屋敷をよりよくできるか話し合いたいし、一緒に買い出しに行きたい。


 もしもセシリーが許すなら、一緒に遊びにも行きたい。薬草を見に行きたいと言っていた彼女のお願いを叶えてあげたい。


 彼女を抱きしめたい。ほんの少し冷たい彼女の体温を温めてあげたい。


 まだセシリーとやりたいことはたくさんある。セシリーとでなくてはできないこともたくさんある。


(絶対に、僕が助け出すからな)


「よし、フィル。準備できたよ。目を閉じてっ!」

「フィル様、頑張ってくださいっ!」


 ナディーヌ様とエマ様の声を聞きながら、僕は目を閉じる。


「『吾、トモシビノ贄ナリ。土ノ葉ヨ、彼ヲ連レテ水面ヲ貫キタマエ』……特殊魔法、夢ノ入リ!」


 一瞬の土の香りがすると、睡魔が突如襲い掛かってくる。

 僕は抗わらず、そのまま眠りに落ちる。


 落ちて、落ちて、落ちて。


 そして僕は、


 真っ暗な世界で、目をさました。


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