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「リリーちゃん!? どうしたのっ!? 血がっ」


 祝杯ムードでうかれた通行人たちも、突然の事件にどよめき、悲鳴を上げる。

 その間にも、彼女は仮面の隙間から血を流してけいれんをしはじめる。


 何が起きたのか分からない、けれどこのまま何もしないわけにはいけない。


(とにかく、仮面をとらないとっ)


 僕は鳥の仮面に手を伸ばし、そして、


 仮面を、外した。


「……え?」


 呆然と固まっていると、誰かが走り寄ってきた。


「セシリー様!!!」


 エマ様は顔を真っ青にさせる。


「これは、魔法アレルギーの症状……! まさか、灯ノ花びらのせいで!? すみませんっ! 花びらを一旦止めてください!」


 彼女の怒鳴り声に、委員長とやらは慌てて杖を振る。それに応えるように、灯ノ花のオブジェはゆっくりとつぼみに戻り、色とりどりの花びらは次第に消えていく。


 その間に、僕の固まった思考が回り始める。


(エマ様は、彼女のことをなんて呼んだ?)


 セシリー様と、言っていた。


 つまり、今まで僕の恋人として隣で笑って、僕のことを『好き』だと言ってくれたリリーちゃんは、セシリーだった、のか……?


 僕は腕の中の女性を見下ろす。


 少しカーブがかかった黒髪は乱れ、濃い茶色の瞳は僕を映してはくれない。彼女らしくない綺麗なお洋服も血で真っ赤にそまり、血色のいい彼女の肌も病的に白くなっている。


「……セシリー……」


 ナディーヌ様は言った。


 彼女はかなり危ない状況にあると。


 もし少しでも魔法の力が及ぶものに触れてしまったら、その命は果ててしまうだろうと。


 つまり、それって。


(セシリーが、死んじゃうってこと……?)


 それが分かった瞬間、僕は叫んでいた。


「セシリー、セシリー!」


 抱きしめても、セシリーは言葉を返してくれない。


「嫌だ、嫌だ、嫌だっ、セシリー、死なないでくれっ!」

「フィル様!」


 エマ様が僕の元へ飛んでくる。


「お姉さまのところへお連れしましょう! そうでないと、セシリー様がっ!」


 そうだ、ご主人様のところに行かなくては。


「お姉さまは国の祝典でしたよね!? だったらわたくしが近くまでワープして、ナディーヌ様のところに」

『いや、大丈夫だ』


 冷静に言い放ったのは、エマ様の守護精霊である白うさぎだ。エマ様にはある程度は忠実だが、他の人間を馬鹿にする態度を取る。


 だから、僕は建前も何も忘れて怒鳴った。


「何が大丈夫だっ! こっちは一分一秒を争うんだ!」

『キャンキャン噛みつかないでくれる? ボクだって別にそこのメイド長を助けたくないってことじゃない。……ここまでひどい状況になるって予想しないで変な助言しちゃったボクのせいでもあるからね』


 ウサギはポシェットから出ると、耳をぴんと立てて、呪文をつぶやいた。


『吾、白キ者ナリ、貴公ノ憑代ヲ使ワセン、使ワセン……転送魔法、集ノ魔っ!』


 ウサギの叫ぶ声とともに、景色がぐにゃりとゆがんだ。


「び、ビっちゃん、魔法はダメっ! セシリー様のお体がっ!」

『精霊が使う魔法は大丈夫。彼女の症状には引っかからない』


 ウサギの言うことは正しかった。僕の腕にいるセシリーは血を吐くこともなく、悪化する気配はなかった。それでもよくなってはおらず、彼女の体はけいれんを続ける。


 彼女の苦しみを少しでも緩和させようと、僕は彼女を抱きしめる。


「セシリー……」


 ほんのわずかに、震えが収まったような気がした。


 歪んだ風景は徐々に形を取り戻す。


 完全にゆがみがなくなったとき、エマ様は驚きの声を上げる。


「ここ、お姉さまのお屋敷?」


 僕らが暮らし勤めるお屋敷の一室、ナディーヌ様の部屋だった。 



『そう。それと、そこにいるのがそのお姉さま』

「セシリー!」


 震える声で駆け寄ってきたのは、ナディーヌ様だった。式典用の真っ白なローブをはだけさせている。



「お、お姉さま!? どうしてここに」

「ビっちゃんにテレパシーで呼ばれたの。だから途中でテレポートを使って屋敷に戻ったんだ。って、そんな話よりっ! セシリーを診なくちゃっ! フィル、そこのベッドにセシリーを寝かせて!」


 屋敷の主のベッドということで、キングサイズのものを置いている。大きなベッドの真ん中にセシリーを横にさせると、ナディーヌ様は即座に彼女の肌に触れる。


「これは……。うん、かなりやられてる。前なんかの比じゃない」

「ナディーヌ様、セシリーは助かるんですよね!?」

「……」

「ナディーヌ様っ!」


 思わず叫ぶと、ナディーヌ様は項垂れる。


「……やれるだけ、やってみる」


 ナディーヌ様は苦悶の表情を浮かべる。やはり、セシリーの容体はかなり危ない状況なんだろう。ナディーヌ様は慌てた様子で何らかの準備をしはじめた。


「フィル様」


 エマ様が僕の袖を引っ張る。


「部屋から出ましょう。ここにいても、わたくしたちに出来ることはありません」

「……分かりました」


 部屋から出る直前、僕はセシリーをちらりと見る。


(……セシリー……)

 ボロボロな彼女は、命の炎が燃え尽きてしまいそうに見えて、


 僕は、目をそらしてしまった。


 〇〇〇


 扉を閉めると、エマ様が沈んだ声で話しかけてくる。


「フィル様、すみません。わたくしがセシリー様と一緒にいたら……」

「……エマ様。少し確認したいことがあるのですが」

「はい、なんでしょうか」

「……」


 ずっと、疑問に思っていた。


 男性の陰もないセシリーは誰と付き合っていたのか。

 どうして変装なんて真似をしていたのか。


 僕の前に突然現れた、不思議な女性リリーちゃんは一体何者なのか。

 絶世の美女であるにもかかわらず中身は庶民そのもので、まるで仮面をつけているかのように思えてしまう彼女の正体は何なのか。


 決して合わさると思っていなかった問いは全て繋がった。


 それでもまだ信じられず、エマ様に尋ねた。


「……もしかして、セシリーが変装していた女性って、リリーちゃんですか」

「え、ええ!?」


 エマ様は目を大きく見開く。


「ど、どうしてそのことを……!」

「……やっぱり、そうだったんですね」


 僕はエマ様に今日の出来事を伝える。


 道を歩いていたら鳥の仮面をつけた女性がいたこと。


 髪の色は違っていたものの仮面に見覚えがあり、雰囲気もそっくりなので、リリーちゃんだと誤解したこと。


 彼女も自分がリリーだと答えたこと。


 灯ノ花のオブジェの閉幕式を見に行ったこと。


 灯ノ花びらに、彼女の手が触れてしまって、血を吐いてしまったことを。


「そうですか。そういう経緯があったのですね。……セシリー様を責めないでください。そもそもセシリー様が変装をしていたのも、フィル様を救うためですから?」

「僕を?」

「ええ。フィル様がリリー様と出会ったときに、お姉さまからある占い結果を耳にしましたよね」

「……占い……結果……。あ、ああ。ナディーヌ様占いとか、そういうものですね」


 あれは確か、ナディーヌ様が急に『ケーキを食べたい』と騒いだ日だった。これまた急に僕を自室に呼びつけて、話始めたのがその占いだったはずだ。


 内容は、女性関係で悪い運勢が出てるだとか、なんだとか。


 占いを信じない主義だったからその場は適当に受け流してケーキ作りをしていたら、セシリーが怒鳴りこんできて、女性遊びを当分控えろと訴えてきたのだ。


「……まさか、僕が誰かと付き合うのを防ぐために、自分が恋人になったということですか」

「元々の目的は少し違いましたけど、おおむねそんな感じです。ですけど、誤解なさらないでくださいねっ!」


 エマ様は慌てたように言葉を続ける。


「最初の方はセシリー様もフィル様を守るために付き合っていましたけど、途中から違っていました。ほんの一か月前からセシリー様は、フィル様のことが」

「エマ様。大丈夫です」


 小さく首を振る。


「それが分からないほど、落ちぶれてはいません」

「……セシリー様は、フィル様のことをずっと思っていました。灯ノ花びらに触れてしまったのも、きっとフィル様を思ってのことでしょう。なのにこんなことになるなんて……」

「……すみません、エマ様」

「……え? なにがですか?」

「……」


 もし、僕がもっと早くリリーちゃんの正体について知っていたら。


 もし、僕がセシリーやリリーちゃんの異変に気付いていたら。


 きっと、こんなことにはならなかった。


「結局、一番悪いのは何も気づけなかった僕だったんですね。それなのに、前にセシリーが倒れたときに酷い態度をとってしまいました。本当に申し訳ありません」

「……フィル様」


 エマ様は僕に向かって手を伸ばす。


 頬でもはたくのか、それとも小突くのか。


 どちらにしてもかまわない。エマ様にはその資格がある。


 黙って待っていると、エマ様は僕の頬をつまむと、軽くひっぱる。


「駄目ですよ。そんな怖い顔しては」


 エマ様はにっこりと微笑む。


「……ですけど」

「ナディーヌ様もおっしゃっていたじゃないですか。フィル様とセシリー様は心が繋がっているのですから、フィル様がそんなに沈んでいたらセシリー様もよけいに落ち込んでしまいます。それに、セシリーさまがおっしゃっていたんです」


 彼女は拳を握りしめて、ぎゅっと胸に当てる。


「わたくしの変装魔法で前に倒れてしまって、ずっと落ち込んでいたんです。ですけど、セシリー様はわたくしのために色々と手をつくしていただんです。わたくしにそんな優しくしていただいたんですから、フィル様が笑顔でいないと、セシリー様も慌てちゃいますから」

「……そう、ですね」


 セシリーがリリーちゃんとして僕の横に立っていた時。


 彼女が一番嬉しそうに笑ってくれたのは、贈り物をしたときでも、ましてや彼女の唇を奪ったときでもなかった。


 僕が心の底から笑ってしまったとき、彼女も本当に嬉しそうにしてくれていたのだ。作り笑顔のときもニコニコしていたが、


 だからきっと、セシリーも、僕に笑ってほしいと思うに違いない。


「……そうですよね。僕は僕で、出来ることをしないと」★


 今の時点で、セシリーをどうにか助けるにはナディーヌ様しかいない。


 それは前回の件で痛いほど理解している。


 きっとナディーヌ様は前よりも全身全霊を込めてセシリーを治癒しようとしてくれている。


 それなら、僕はコックとして、前よりも全身全霊をかけて料理を作ればいい。


「ありがとうございます、エマ様。僕は僕に出きることを、……ナディーヌ様に栄養をつけてもらうため、料理を作ってきます」

「はいっ! わたくしも、お姉さまになにか手伝えることがないか聞いてきますね!」


 エマ様の声援を背に受けて、僕は自分の主戦場へ、キッチンへと駆け込む。


 この緊急事態だが、祭りということでほとんど人が出払っており、わずかに残っていた人たちも終業時間を過ぎたので帰ってしまった。

 今、この屋敷に残っているのは僕とエマ様、ナディーヌ様くらいだ。


 だから僕は一人で料理を作る必要がある。


(けど、そっちの方が好都合だ)


 材料を確認する。明日の用意をそこそこ済ませてしまったせいで、残っている食材はそんなに多くない。


 それでも、わずかに残る食材を見つめていると、ある案が浮かんだ。


(よし、あれならナディーヌ様も食べやすい。それにこれはリリーちゃんとの……セシリーとの思い出の食べ物だ)


 用意するのは、ふわふわの食パン二枚と新鮮なキャベツ。卵に薄切りの牛肉だ。


 まずは牛肉を一口大に切る。それをしょうゆ。みりんなどなどを混ぜたタレにつけておく。味をしみこませている間に、包丁を持ち勝て食パンをまな板においてパンの耳を切り落とす。続いて切るのはキャベツだ。丁寧に洗ったキャベツを千切りにする。


(よし、それじゃあお肉を焼いていこう。本来ならもう少しつけておきたいけど、素材がいいからつける時間が短くても十分美味しい)


 つけダレからお肉をあげて、油を引いたフライパンに乗せる。するとまたたくまに香ばしい匂いががキッチンに広がり、パチパチと小気味よい音を立てる。


 焦げない程度に焼いて、一枚のパンに乗せ、さらにキャベツをのせる。


「それと、卵は目玉焼きだったな」


 思い出しなら、フライパンに卵を落とし、目玉焼きを作る。これもキャベツの上にのせ、最後に残ったパンをおく。


「よし、完成」


 牛肉のサンドウィッチの完成だ。


 匂いから何まで、あの時食べたサンドウィッチそっくりに作ってある。


(そう、リリーちゃんことセシリーと一緒に食べたサンドウィッチの、ね)


 あのとき、リリーちゃんは本当に嬉しそうに食べていた。そして、僕にこう言った。『もしもフィルさんが作ったら、もっとおいしくなるんでしょうね』と。


(絶対、食べさせてあげるよ。だから、絶対に目を覚ましてね)


 そんな願いを込めて、作った。


 セシリーの一番好きなものではないのかもしれないけど、僕の想いはいっぱいにつまっている。


(……そっか。言われてみれば、このサンドウィッチはきっとセシリーが一番好きなものじゃないのかもしれない)


 本当に願いを込めるというのなら、セシリーが一番好きな好物を用意するべきなのではないか。


(でも、セシリーが好きなものって……ハートキャンディーだよね……)


 前回作ったときには、それはもうひどい形で、そこら辺の子供に作らせた方がマシなくらいだった。そんなものをまた挑戦するのかと自問自答して、深くため息をつく。


「……でも、セシリーは喜ぶもんな」


 リリーちゃんのときの一番の思い出であるサンドウィッチと、セシリーとの思い出の品であるハートキャンディー。

 二つあっても、決して損はしないだろう。


「……ええい、失敗したら食べさせなきゃいいだけの話だ! 作ろう!」


 調味料棚から砂糖を取り出し、綺麗なフライパンに入れる。


(それで水を入れるんだよね)


 前に作ったときは、ここから先の作業でかなり失敗を続けてしまった。


 水を入れすぎて水あめになってしまったり、水と砂糖を入れた後にかき混ぜてしまってカラメルになってしまったり。


(だけど、前に失敗したことはちゃんと覚えている。水は少しだけ入れて、中はかき混ぜないで様子を見る)


 慎重に、慎重に待ち、飴の色が桃色になった瞬間、


「よっと、」


 ハートの型にキャンディーを流し込む。そのまま冷蔵庫に入れて、冷えるまで待ったら完成だ。


(……前よりはうまくいったな)


 それでも、きっと灯ノ祭で売っているような飴と比べたら雲泥の差だろう。


 しかも、子どもたちに無料で配っているべっ甲飴よりも歪で、妙に焦げてしまっている。


 小さい頃、不器用ながらもハートキャンディーを作ったが、セシリーに怒鳴られたときのことを思い出す。


(でも、前の飴はおいしいって、言ってくれた)


 仕事で些細な失敗をしてしまって、落ち込んでいたセシリーにハートキャンディーをあげたとき、彼女は本当にうれしそうに笑ってくれた。


 その笑顔を思い出すと、迷いと不安がすっと消える。


(……うん、大丈夫。セシリーが起きたらキャンディーをあげよう。それで、今までのことを全部謝ろう。それから……)


 ……それから?


 それから、僕はどうしようというのだろう。


(……とにかく、謝ることから始めよう。それからのことは、その後に考えればいい)


 今はナディーヌ様にサンドウィッチを持って行って、少しでもセシリーの治療の力にしてもらわなくては。


 僕はサンドウィッチをお皿に乗せ、それなりに固まってくれたハートキャンディーもタッパに入れて、ナディーヌ様とセシリーがいる部屋へと向かった。


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