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 夏らしい澄んだ青空が段々と鮮やかなオレンジ色に変わると、城で鐘の音が鳴り響いた。


 いつもならば、仕事が終わる五時の合図。

 けれども今日は、この国一番のお祭り、灯ノ祭開催の合図。


 どこからともなく歓声が響き、道に出ている屋台はこぞってランタンにあかりを灯し、呼び込みの声をあげはじめる。灯ノ祭恒例、仮面をつけた子供たちも我先にと屋台に駆けこんでいた。


 灯ノ祭のメインステージではない商店街でさえこの盛り上がり方だ。国立公園の方はもっと騒がしくなっているだろう。


確か今の時間はお祭りのはじまりを記念して、魔法学校の子たちが特設ステージの上で出し物をしているはずだ。


(もしかして、そっちの方がエマ様も喜んでくれたかしら。いや、でも人が多いところはまだちょっと怖いからなあ)


 私はちらりと隣にいるエマ様を確認する。


エマ様はつばの広い真っ白な帽子に、薄い水色のワンピースと、涼しげな恰好をしていた。


ポシェットにはいつも通り彼女の守護精霊である白うさぎのビっちゃんが幸せそうにぐっすり眠っている。そんなビっちゃんを撫でながら、エマ様は目を輝かせて屋台やランタン、屋台の商品を眺めている。


(よかった、楽しそうにしてくれてるみたい)


 集まった最初の方は申し訳ない気持ちの方が強かったのか、しょんぼりとしおれてしまっていた。


もしかしたら無理いって連れ出してしまったのは逆効果だったのかもと不安になっていたので、私はほっと胸をなでおろした。


「エマ様、ちょっと遊んでいきますか」

 

 ボールすくいをじっと見つめるエマ様にそう誘うと、彼女はさっと笑顔を引っ込めてぶんぶん首を横に振る。


「い、いえ! わたくしはセシリー様の付き添い、いわばボディーガードですから。遊ぶなんてとんでもありません!」

「大丈夫ですって。私もちょっとやってみたかったんですよ。どっちが多く取れるか競争しましょ」

「……」


 エマ様の目がうろうろと泳ぐ。どうやら悩んでいるようだ。


 だけど、エマ様がどうしたいのかはばっちり分かる。なにせ、真剣な表情で悩みながらも、ちらちらボールすくいの方に視線を送っているのだ。


あまりにも分かりやすすぎて、ちょっぴり笑ってしまった。


「それじゃ、行きましょ」

「え、ちょ、セシリー様!」


 私はエマ様の手を引いて、ボールすくいの屋台にいく。

 魔法の力は使っていないことをしっかりと確認して、二人分の料金を払う。


「わっ! 自分の分は自分で払いますよ!」

「大丈夫ですよ。このくらいなら払いますって」

「で、ですけど……」

「誘う側ですし、私の方が何歳も大人ですから」


 私はぱちりとウインクをする。


「……すみません。次はわたくしが払いますから!」

「ありがとうございます」


 これでスムーズに次のゲームに誘えるようになった。

 エマ様もやりたいものだったり、食べたいものがあったら、気兼ねなく申し出ることができるようになっただろう。


(そうはいっても、フィルの受けおりなだけなんだけどね……)


 リリーに向けていた、フィルの優しい微笑みを思い出してしまって、胸がきゅっと締め付けられる。


(駄目駄目。今はエマ様に楽しんでもらわないと)


 悟られないように気持ちを抑えながら、私はエマ様ににっこりと笑いかける。


「それじゃあ、競争ですね。大人の力、見せてあげますよ」

「ふふっ、望むところです!」


 エマ様は暗さを感じさせない、いつもの明るい笑顔をみせてくれた。


 ボールすくいが終わったら、次は射的をやって大きなぬいぐるみをエマ様がゲットして。

 かき氷を慌てて食べて、エマ様が頭を痛めてしまって。

 焼き鳥をおなか一杯食べて。


 私は子供に戻ったかのようにお祭りを楽しんだ。


「ふう、すごい遊んだわね」


 さすがに疲れたのでベンチで座って休む、


 隣に座るエマ様も灯ノ花の形をした飴細工をなめながら、大きく頷く。


「はい! すごく楽しかったです! こんなに可愛いぬいぐるみももらえましたし!」


 彼女は真っ白なウサギの縫いぐるみを抱きしめる。


「名前は何にしようかなあ……。ビっちゃんは何がいいかな?」

『どーでもいいよ』

「もう、ちゃんと考えなくちゃだめだよ。この子はビっちゃんのお姉ちゃんになるんだから」

『ぬいぐるみがボクの姉だって? 爆笑もんだね』


 ビっちゃんの態度は少し冷たいけど、エマ様は嬉しそうにぬいぐるみに頬づりしている。はた目から見ているだけでとても可愛らしい光景だ。ずっと見てられる。


 私が暖かい目で眺めていると、ふと、ビっちゃんは片耳を上げた。


『それよりも、ボク喉乾いたよ。そこにドリンク屋があるから水でもなんでもいいから買ってきてくれない?』

「ちょっと、ご主人であるわたくしを使いっぱしりにしないでよ」

『いいじゃん。ほらほら』


 召喚獣って喉乾くんだなあと思いながら、私は口を開く。


「私が買って来ましょうか。何にしましょう」


 立ち上がろうと中腰になると、エマ様が慌てて立ち上がる。


「いえいえ! ビっちゃんの我儘にセシリー様を付き合わせられませんって! わたくしが買ってきます! わたくしもちょっと喉乾いていましたし。セシリー様の分も買ってきます! 何がいいですか?」

「えっと、それじゃあお水お願いしていい?」

「分かりました! 少し待っててくださいんね」

『んじゃ、僕もここで少し寝てる』


 ビっちゃんはエマ様のポシェットから飛び出し、ぬいぐるみの頭に飛び乗った。


重さで倒れないかと思ったが、まるで羽でも乗っているかのようにぬいぐるみは微動だにしなかった。


ただのウサギに見えるが、やっぱりビっちゃんは精霊だということだろう。


 エマ様はビっちゃんの我儘っぷりに呆れた表情を浮かべるが、特に何も言わずにドリンクやに走っていった。


 ちまちま走る彼女の後姿をぼんやり眺めていると、ビっちゃんがぽそりと呟いた。


『人間』

「……え?」


 きょろきょろとあたりを見渡す。しかし、周りにいる人たちは楽しそうに祭りを満喫している最中で、私に話しかけている様子はない。


(……もしかして。い、いや、そんなまさか)

 

 おそるおそる隣を見る。すると、ビっちゃんは不機嫌そうに私を睨んでいた。


『あんたを人間って呼ぶなんて、どう考えてもボク以外いないでしょ。さっさと返事してよ』


 なんと、ビっちゃんは私に話しかけてきた。


「び、び、ビっちゃんが! 私に! 話しかけてる!!??」

『……驚きすぎだよ。うざい』

「わわ、ごめんなさい。えっと、どうかしましたか? ぬいぐるみをどかす、とか? いや、エマ様を呼んできてほしいとかですか!」」

 

 このウサギちゃん、エマ様の召喚獣だが、基本的には他人と口を利かない。


こちらから話しかけても、寝ているふりをして無視をしてくる。


それでも懲りずに話しかけようとしたナディーヌ様は、ビっちゃんに思い切り噛みつかれていた。


だから、エマ様以外の人と話す気はないのだと思っていたのに。


 あまりの衝撃で、敬語とため語をごちゃまぜで返事をすると、ビっちゃんはうんざりするように耳を下げる。


『うっとおしい。別に何かしてほしいわけじゃない』

「そうでございましたか。で、では、いか用で?」

『……』


 ビっちゃんは無言でぴくぴくと鼻を動かす。なんだろうか、もしかして、私の匂いがいまいちだったりするのだろうか。しっかり毎日シャワーを浴びているけど……。

 なんておどおどしていたら、ビっちゃんはぬいぐるみを前足で叩く。


『ああもう、あんたの考えてるようなことじゃないよ! そうじゃなくて、』


 ビっちゃんは目線を外して、ぽつりという。


『……エマを元気にさえてくれてありがとう』

「……へ?」

『……エマのやつ、あんたが倒れてからずっと落ち込んでたんだ。それがあんたのおかげで笑う様になってくれた。それの礼を言いたかっただけだよ』

「そ、そんな。私も悪かったわけですから、そんなこと」

『精霊にとっては、どの人間がどう正しくて、どう間違ってるかなんてどうだっていい。ただ、エマが笑ってくれれば幸せで、それを取り戻してくれたあんたに感謝してる。それだけだ』


 そういうと、ビっちゃんはぷいっと後ろを向いてしまった。

 怒っている風を装っているが、実際はちょっと恥ずかしそうにしているような気がして、くすりと笑う。


「こちらこそ、ありがとうございます」

『……ふん』


 ちょうどそのとき、エマちゃんが屋台からこちらに戻ってくるところだった。袋をもらわなかったらしく、飲み物を抱えてよたよたしていた。


 あんな持ち方をしていたら、服が濡れて冷たくなってしまいかねない。そう思って手助けをしようと立ち上がると、ビっちゃんはぽそりと言った。


『国立公園、灯ノ花オブジェの近く』

「……ん?」

『エマと別れた後、そこに行ってみて。きっと、あんたならいい結果を導き出せると思う』

「いい結果? それってどういう……?」


 しかしビっちゃんはもう喋ることはないと言わんばかりに、耳を下げて目を閉じてしまった。


(……灯ノ花のオブジェ……?)


 前にフィルとデートで見に行ったことがあったが、どうしてそこなんだろうか。


「セシリー様、ビっちゃん! ただいま戻りましたよ! はい、セシリー様、お水です! ……セシリー様? どうなさりました?」

「あ、いや、なんでもないです。ありがとうございました」


 私は飲み物を受け取る。もう一度ビっちゃんを見てみたが、ピーピーと可愛らしい声を出して寝てしまっていた。


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