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フィルとの接触禁止令が出た事件から二週間がたった。皆の献身的な看護のおかげで、私の容体はずいぶんよくなっていた。健診にきてくれていたナディーヌ様はにっこりと微笑んだ。
「よし、もうだいぶ良くなったね」
「よかった、ありがとうございます」
私はほっと溜息をつく。
このころになると、力仕事はできないものの、少し歩いただけで疲れて倒れることはなくなっていた。
「それでは、外出は大丈夫ということですか」
「うん、そうだね。でも、そんなに長く外にいたら疲れちゃうから、休み休みがいいね。重い荷物もそんなに持たない方がいいよ」
「あー……。それでは買い出しの仕事は出来なさそうですね」
「そうだねえ。さすがにそれは他の人に任せておきな」
「うう……」
(いつになったら完治するのだろうか。もしかしたら、次の月まで長引くかもしれないなあ……)
他のみんなに本当に申し訳ない。
「それと、」
ナディーヌ様はしっかりと釘を刺す。
「魔法にかかってみたり、魔力があるものに触れちゃ駄目だよ。かなり危険だからね」
「分かりました。魔法道具にも触ってはいけないんですよね」
「そういうこと! 正直、疲れだなんだはセシリーの体力勝負だから多少無理してもしばらく寝ていれば治るけど、魔法に当たるのだけは絶対に駄目。今度触っちゃったら、命の保証はできないんだからね」
「分かりました。十分、気を付けますね」
素直に頷くと、ナディーヌ様は満足げに頷く。
「よし、それじゃあもう大丈夫だよ。……それと、フィルについてだけど」
ナディーヌ様は複雑そうな表情になる。
「まだちょっと荒れている気がするから、会わないでおいてね」
「……すみません。気を遣わせてもらって」
あの日から今日にいたるまで、私はフィルと一度も顔を合わせていない。
一使用人ならともかく、屋敷全体をまとめる私とフィルが二週間も出会わないなんて普通ならありえない。
屋敷の管理を任されている私達は、常日頃の細かい報告を欠かさずしなくてはならない。だから、いつもなら一日に一回は顔を会わせるようにしている。
それに、ナディーヌ様の屋敷は広いとはいえ、そこまで入り組んだ構造にはなっていない。私が仕事で動き回れないことを抜きにしたとしても、ばったり会ってしまう確率はそれなりに高い。
だというのにフィルと一度も会っていないのは、他のメイドやコックの献身的な協力のおかげであった。
(ほんと、何から何まで申し訳ないわ……。フィルもフィルで仕事やりずらくなっちゃっているらしいし……)
というのも、ナディーヌ様がフィルに説教しているとき、たまたま通りがかったメイドがフィルの蛮行を知ってしまったらしい。
瞬く間に屋敷中に話が広まり、メイドたちがカンカンになって怒ってくれた。彼女たちに聞かされる形でコックたちも話を耳にするようになり、結果として、みんながみんな協力してくれるようになったのだ。
使用人たちは優しい人ばかりなので、フィルに嫌がらせをするような人はいないだろうが、それでも空気は悪くなってしまっているだろう。
ナディーヌ様は私の申し訳なさを吹き飛ばそうとするかのように、コロコロと無邪気に笑う。
「いやいや、フィルもどうしちゃったんだろうねえ。セシリーが恋人できたのがよほどショックだったんだろうけど。ともかくともかく! 明日からのお祭りは行けそうだから、じゃんじゃん遊んでね!」
「お祭り? ……ああ、そういえば、明日は灯ノ祭ですね」
「いやあ、羨ましいなあ。私も行きたいなあ。ねえねえ、一緒に行ってもいい?」
「駄目です」
「ちぇー」
「……ありがとうございます、ナディーヌ様」
「ん? 何が?」
ナディーヌ様は不思議そうに小首をかしげる。子供っぽい仕草だが、きっと私のことを慰めてくれようとしているのだろうと私にはわかった。
「……いえ。お土産、ちゃんと買っておきますからね」
「お土産よりも一緒に連れて行ってほしいなあー、なんて」
「それはいけませんよ。国の仕事でお城に行くんですから、我慢なさってください」
「むう……」
不機嫌そうに唇を尖らせる。だがそれ以上の駄々もこねず、『それならわたあめ買ってきてね』とウインクをする。
そんなナディーヌ様の優しい姿に、私の気分も晴れやかになる。
(そうね。お祭りの日はナディーヌ様も朝からいないし、お土産だけ買って帰るとしようかしら)
お祭りが始まるのは午後の五時からとなっている。とはいっても、一番盛り上がるのは太陽が完全に沈む七時から九時までの間だ。それより前はそこそこ人はいるものの、仕事をしている人もいるためかそこまで混雑はしない。
そのタイミングで、比較的すいている場所に行けば、それほど疲れずにお土産を買うことができるだろう。
「よし、そうと決まれば、今できる仕事を終わらせなくちゃ」
今日の仕事は、屋敷中の花に水を上げるだけの仕事だ。新人にやらせてあげるような仕事だが、融通を効かせて、私に譲ってくれたのだ。
(ほんと、感謝しかないわ……)
しみじみとしながら花に水を与えていると、窓からメイドではない誰かの人影が見えた。
お客さんかと思いそちらを見ると、見知った少女がそこにいた。




