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小さな靴に、小さな手。小さな服に、小さな自分の体。
鏡の中にうつる姿は、小生意気なガキの姿だった。
嫌気がさす、小さい頃の自分の姿。
(ああ……。これは夢だな)
僕、フィルがそれに気が付いたのは、単にいつも見る夢だったからだろう。
夢の中の自分はいつもの通り、孤児院に預けられた当初の姿をしている。
髪はぼさぼさで、同年代の子供よりも細い腕、赤茶色の瞳には生気がなく、まるでビー玉のようだ。
(いつ見ても可愛らしさのかけらもない)
孤児院長の話によると、実の親に育児放棄をされていたせいで痩せていて、大人への警戒心が強かったらしい。孤児院から出るご飯も口にせず、このまま栄養失調で死んでしまうのではないかと心配をかけさせていたとか。
まさに、手負いの獣のようなオーラを隠そうともしなかった。
そんな僕に近づいてくる子供はいなかった。
けれど唯一、こんな僕に話し掛けてくれた子がいた。
「ねえ、フィル」
小さなセシリーは、臆することもなく僕に近づく。
「一緒に遊ぼうよ」
「……」
小さな僕は無言を貫く。関わるなと言外に伝えようとしているのだろうが、おせっかいなセシリーには伝わらなかった。
「それじゃあ、おままごとをしましょ。フィルは旦那さんで、私がお嫁さんね。二人で一緒にご飯を食べるの。今日の料理はー、肉団子! はい、どうぞ」
彼女はひょいと小石を渡してくる。何となく受け取ると、彼女は嬉しそうに笑う。
「どう? おいしい?」
「……」
何も答えていないのに、セシリーは言葉を続ける。
「そっか! おいしかったんだね。それじゃあ、今度はフィルの番。何をくれるのかな?」
セシリーは期待するような目で僕を見つめる。
このまま無視をしてしまいたかったけれど、段々と無視をするのもめんどくさくなっていた。
だから、僕は適当に答える。
「……ハートキャンディー」
「ハートキャンディー!! やったあ、私大好きなの! ありがとうね、フィル」
「……」
そのときの笑顔は嘘偽りのない、真っすぐな輝きだった。
きっとその時から、僕はセシリーのことを……。
○○○
カンカンカン、と、鐘が鳴る。
目を開けると、カーテンから日光が差し込んでいた。もう朝らしい。
「……」
起き上がったとはいえ、僕の頭はまだ夢の余韻を残していた。
「はあ……。セシリー、か」
セシリーに手荒な真似をしてしまいそうになったのは、つい先日。同じ日にナディーヌ様に気絶させられて、こっぴどく叱られた。『セシリーのことを心配しているのは分かるけど、もっと別の方法があったでしょうが! あんなんじゃ逆効果だよ!』と、顔を真っ赤にさせて僕に怒鳴っていた。
ナディーヌ様の怒りは至極当然のものだ。
それは僕にも理解できていた。死の淵からかえってきた彼女に対して、そんな手荒なことをするなんて本来はありえないことだ。
しかし、あの時の僕は彼女のことなんか一切考えなかった。 他の女の子相手には、こんな自分は絶対に見せたことがない。相手のためを思って、相手の願いをかなえられていた。
なのに、セシリーに対してだけは違う。
彼女のことをどこかに縛り付けて一生どこに行かないようにしてしまいたい。
本気でそう思っていた。
次にセシリーと会ってしまったら、僕は何をしてしまうのか。自分にすら分からない。どうして、自分のことなのに、こんなに分からないことあんだろう。
「……はあ。仕事しないと」
仕事をしている時間だけが、セシリーのことを忘れられることができる。そう思ってはいたのだが、……結局、仕事中でもセシリーのことをぐるぐると考え込むことになってしまった。




