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(……へ?)


 何が起きたかの予想を付ける前に、何かが壁にぶつかる音と、フィルのうめき声が聞こえた。


 慌てて瞳を開けると、部屋の様子が一変していた。


 ベッドの近くにあったミニテーブルは倒れ、水が入ったコップは粉々に砕けてしまっている。部屋に備え付けられていた本や絵なども全て床に落ちてしまっていた。


 そんなボロボロの部屋の中で、フィルは力なく倒れていた。


 そしてフィルのすぐ近くに立っていたのは、


「な、ナディーヌ様……?」


 怒り心頭の面持ちで、フィルの首根っこを掴んでいた。


「全く何をしているの! セシリーは今病み上がりなんだよ!? 分かっているの!?」

「うっ……ナディーヌ様……? どうやって……」


 ちらりと彼は扉に目をやる。すると、ナディーヌ様の表情がさらに険しくなる。


「まさか、カギまで閉めていたの? もう、本当にフィルってば……! セシリーのことが大事で心配しているのは分かるけど、暴走しすぎだよ! ちょっと落ち着きなさい!」


 ナディーヌ様はすかさず彼の頭にチョップをした。そんなに強くはなかったはずだが、フィルは小さくうめき声をあげて、力なく倒れてしまった。


「ふぃ、フィル!? ナディーヌ様、フィルに何を!」

「ちょっと眠ってもらっただけ。セシリーはフィルの心配よりも自分の心配をしなさい。何か変なことされなかった?」


 フィルをそのまま放置して、ナディーヌ様は心配そうに私をのじきこむ。


「いえ、何もされていません。ちょっと疲れてしまっただけです」

「本当に? ……目、真っ赤だよ。本当に痛いことされなかった?」

「怪我なんかはしていませんって。それよりも、どうしてナディーヌ様がここに……?」

「セシリーの様子がどうにも気になってさ。様子を見に来たらフィルと揉めてたからね。慌ててテレポートしてきたってこと。ドアをあけるのがめんどくさいから転送魔法を使ったけど、まさかカギまでかけてたとはね。用意周到なんだか、変に頭が回ったのか……」


 ナディーヌ様は深くため息をつきながら、意識がないフィルを軽々と担ぐ。


「フィルが落ち着くまでは、彼をセシリーに近づかせないようにしておくね」

「え、ですけど……」

「大丈夫。フィルもセシリーが倒れて混乱しているだけだから、しばらくすれば元に戻ると思う。でも今のフィルはちょっと危ういからね、あまり会わない方がいいと思う。それにほら、セシリーも本調子じゃないんだし」

「……はい」

「それじゃ、フィルのことをどっかに連れておくね。セシリーはゆっくり寝てな」

 

 ナディーヌ様は私を撫でてくれた。


 柔らかい感触は、フィルとはまた違って、


 その違いも、私の涙も誘ってしまう。


「わっ、ごめん」

「い、いいえ。私こそ、ごめんなさい。気にしないでください。私、休んでいますから」

「……本当にきつかったら、私の名前を呼んでね。飛んで駆け付けるから」


 ナディーヌ様はなおも不安そうにしていたが、フィルを連れて部屋から出ていく。


 一人きりになった部屋で、私はベッドに横たわる。


(……)


 孤独になると、涙がまた溢れてしまう。


(……フィル、あんなに怒るなんて……)


 フィルなら、こんな私にでも表面上は優しくしてくれると思っていた。

 そんな根拠もない希望を信じていた自分が、馬鹿らしくて、苦しくて、悲しくて。


 私は一人、枕を濡らす。


(私ってそんなにフィルに嫌われているのね……)


 ナディーヌ様の言う通り、時間が経てばフィルも元に戻って、普段通り私に接してくれるだろう。彼は大人だ。仕事仲間である私に対しても大人の対応をしてくれるに違いない。


 だけど、きっと普通に対応してくれるようになったとしても、今日のフィルの異常な様子はずっと記憶に残ってしまう。そして、フィルと話すときに、今日の彼の表情がちらちらと頭を浮かんでしまうのだろう。


(ああ……。手紙を出しに行くんじゃなかった。そうじゃなかったら、フィルが私をあんなに嫌っているってことに気づかなかっただろうに)


 そもそも、私がリリーにならなければ、こんな苦しい目にあわなかったことだろう。もしかしたら、フィルと一緒の職場に働いていたこと自体が間違いだったのかもしれない。

 

 そんな、どうしようもない後悔を抱えて、私は瞳を閉じる。


 せめて夢の中では、幸せな夢を見たい。そう願いながら。


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