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 魔法アレルギーとやらは私の身体にかなりのダメージを与えていたようだ。


 あれから三日たったのに、私はまだベッドの上にいた。


「もう、いつになったら仕事に復帰できるのよ」


 ベッドの上でぎりぎりと歯を鳴らしていると、メイドは呆れたようにため息をつく。


「少し歩けるようになっただけでも相当な進歩ですよ。我慢して寝ていてください」

「そうだけど……」


 歩けるようになったとはいえ、階段を使わないで数分歩ける程度だ。上下運動は出来ず、安定していない地面の上ではまだこけてしまう。


 そんな状態では仕事なんてもってのほか。それでも仕事が生き甲斐な私は仕事したくてしたくて堪らなかった。


 そんな私に、メイドはうんざりして、もう一度ため息をつく。


「今のメイド長の仕事は安静にしていることですよ。下手に動き回らないでくださいね」

「うう……」


 こっちは迷惑をかけてしまった側だ。彼女の言う通り、安静にしておかなければ。


「それでは、夕飯はいつもの時間に持っていきますね」

「あ、ちょっと待って。そのー、……お願いがあるんだけど」


おそるおそる尋ねると、彼女はくすりとほほえんだ。


「分かっていますよ。メイド長の部屋にある花瓶の水替えですね」

「ごめんね。そんなことまでやらせちゃって」

「いえいえ!ですけどあの花って、もしかして、噂の彼氏さんと何か関係があるんですか?」

「ま、まあ、そうだね……」

「やっぱり!」


彼女は嬉しそうにはしゃぐ。


 私が変装魔法をかけてもらって何をしていたかは、屋敷全員の使用人にばれてしまっている。


 さすがにそれをネタにはしてこないが、私の恋愛事情に興味津々で、使用人たちは私の看護をするついでとばかりにその話題を持ち出す。


 今日お昼を届けに来てくれた彼女も、その一人だったようだ。


「セシリー様はその彼氏に片思いをしていたんですよね?つまりつまり、あの黄色の灯ノ花は彼氏さんの心が映し出した姿、というわけですね!」

「まあ……」


 普段なら『個人情報を詮索しないのっ!』と一喝するが、看護をしてもらっている以上、あまり強くは出れない。


 しどろもどろで答えて、私はもうこのことには触れてほしくないのよオーラを出す。


 だが、そんなことで引っ込むような使用人はここの屋敷にはいない。


「それにしても、メイド長が好きになる人ですか……。個人的にはフィル様とくっつくと思っていたんですけど」

「……それ、他の人も言っていたわ」

「あら、そうなんですか? メイド井戸端会議では誰もそんなこと言ってませんでしたのに。……まあ、今のフィル様の様子を見たらね……」

「……? 体調でも悪いの?」

「あ、いえ、そういうわけではないんです。そういうわけではないんですが……。あら、そろそろ片付けをする時間ですね。それではまたお夕飯の時に」


 彼女は逃げるように去ってしまった。


「あ……。もう、自分に都合が悪くなるとすぐにいなくなるんだから」 


(それにしても、フィルかあ)


 私はベッドの上で一人思う。


(お礼を言いたいのに。どうして来てくれないのかな)

 

 私が起きてから今日にいたるまで、フィルはこの部屋に来てくれない。


(……やっぱり、私のことを軽蔑しているのかな)


 実際はフィルにばれないように変装していたとはいえ、それを知らない人たちからは『魔法で容姿をごまかして男と付き合ったあげく、命の危機までに陥ってしまったバカな女』と思われてしまっていることだろう。私だったらそう思う。


 他の使用人たちは『メイド長も年相応の女の子だね』なんて笑ってくれたが、フィルはそう思ってはくれやしない。


 なにせ、フィルは恋愛に関して公私混同を一切しない。そんなフィルが、ご主人様や他のメイド、お客様であるエマ様に多大な迷惑をかけた私に、良い印象は抱かないだろう。


(……もしそうだったら、来てほしくないな)


 本気で軽蔑した目でみられたら、さすがの私でもきつい。

 もしできるなら、彼の笑顔を見たいものだ。私に向けたものでなくても構わない。誰か他の人に向けた笑顔でも構わない。


 リリーの時に見せてくれた、フィルの笑顔を思い出す。それだけで心の中がポカポカとするから不思議なものである。


(変装できたときは、嘘くさい笑顔だなって思っていたけど、それでもいいものよね。もう見れないと思うと、寂しいものね)


 なんて考えいたおかげだろう、私は今日やらなくてはならないことを思い出した。


(あ、そうだ。フィルへの手紙を出さないと)


 セシリーとして送る手紙ではなく、リリーからフィルに宛てた手紙のことだ。


 私はベッドの隅に隠していた手紙を引っ張り出す。手紙に何と書いたかはしっかりと覚えている。


手紙の文面はこうだ。

 

 『家の事情で遠くに行ってしまった。もうあなたとは会えません。お元気でいてください』


(本当はもう少し詳しく書いた方がいいけど、文字を書くだけでも疲れちゃうのよね……。ごめんね、フィル)


心のなかで謝罪して、軽くため息をつく。


(これを郵便受けに入れないと……)


 いつもは仕事の傍らで、ポストに投函している。それを郵便屋さんに持って行ってもらって、また屋敷に送ってもらっているのだ。


 今回もそうしたいが、今日中にフィルと連絡をとらなくてはならない関係上、この手をとることができない。


 仕方ないので、今回は直接、屋敷の郵便受けに入れることにした。消印がないことに疑問を感じてしまうかもしれないけれど、それでも開けてくれることを祈るばかりだ。

 

(後の問題は郵便受けの場所よねえ。屋敷を出てすぐの場所だけど、今の私にいけるかしら)


 まだ外に出るなと言われている身としては身構えてしまう。


(だからと言って、誰かに頼むのもなあ……)


 ……ちょっと、近くまで行ってみよう。


それで誰かいたら、『この手紙、あそこの廊下に落ちていましたよ。風の悪戯で飛んで着ちゃったんですかね』なんて素知らぬ顔で渡そう。


私の嘘はバレやすいだのなんだの言われいるが、こうするしか方法はなかろう。


 私はよいしょと掛け声をして立ち上がる。まだ全身が重く、水の中を泳いでいるかのように思える。それでも足を動かして、ゆっくりゆっくり、一歩一歩、壁に手をつきながら進んでいく。


 ちょうどお昼の時間だからか、廊下にはほとんど人はいない。


通り過ぎる人がいても、『食後のリハビリです』と答えてやり過ごす。


身体を動かしたかったのも嘘ではなかったし、今までもこうしてリハビリをしていたことがあったので、『無理はしないでくださいね』と声をかけてもらって、そっとしてくれた。


 そんなこんなで普段の二倍、三倍もの時間をかけて歩き続け、ようやく私は裏門に通じる扉にたどり着いた。


「ふう、疲れるわね……」


 一息ついて、そっと扉を開く。


 残念ながら周りに誰もおらず、夏特有の暑い風がわずかに入ってくるだけだった。


「……うーん。どうしようかしら」


 ちょっとだけ外に出て、手紙を入れてきてしまおうか。 

 いや、壁のない場所を歩くのはさすがに危ないだろうか。

 いやでも……。


 なんて悩んでいるのも段々と疲れてきて、とうとう私は決意した。


(ええい、もう行ってしまえ! 最悪、四つん這いになって往復しよう!)


 無様だろうがなんだろうが、それしか案はない。


思いきって一歩踏み出そうとした、が、そのとき。


 肩を強く掴まれた。


「へ……?」


 振り返り、私は息をのむ。


「セシリーメイド長」


 冷たい声で、フィルは言う。


「何をなさっておられるのですか?」

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