33
真っ暗な世界で、私は目を覚ます。
(ここ、どこだろう)
どこをみても真っ暗。星もない、月もない、柔らかな毛布にくるまってはいるものの、小さな体は徐々に体温をなくしていく。
(……小さい、身体?)
私は気が付いた。自分が赤ん坊になってしまったのだと。
どうして小さくなったのか、なんて疑問は全く抱かなかった。
そもそも、自分は一体何者なのか、ここはどこなのかさえも分からず、知りたいとも思わなかった。
ただただ感じるのは、暗闇への恐怖。
(こわい……)
身動きもとれない、歩けない。何もできない。このまま私は死を待つだけだ。それだけが分かった。
私は叫び声を上げる。小さな赤ん坊のような泣き声で助けを求めた。
だけど、誰も来ない。
寒くて、怖くて、暗くて。
(誰か、助けて……!)
そう叫び声をあげていた、そのとき。
「セシリーお姉ちゃん」
男の子の声が、響いた。
振り返ると、そこには小さな子供がいた。
まんまるな可愛らしい瞳は赤茶色で、ブロンズの髪はふわふわとしていて触り心地がよさそうだ。
「フィル」
ぽろりと、誰かの名前が口から出る。すると少年は嬉しそうに微笑んだ。
「どうしたの、セシリーお姉ちゃん」
私は思い出した。
彼はフィルで、私の弟のような存在。
そして私はセシリー。彼の姉のような存在。
名を思い出すと、祝福するように世界が白い光に包まれた。
それが嬉しくて、私は涙を流す。
「わっ、お姉ちゃん。どうかしたの。どこか痛かった?」
フィルは慌てて私の涙を拭ってくれる。
「ううん、怖い夢をみてたの。一人ぼっちで、寒くて、暗くて、寂しい夢」
「ふうん……。でも、大丈夫! 僕がいるからね」
「ふふ、そういうかっこいいことは、私よりも背丈が高くなってからいいなさい」
私は小さなフィルの頭を撫でる。
フィルは「むう」と頬を膨らませるが、顔は緩み切っている。
(可愛いな、フィルは)
ずっと、こんな日々が続けばいい。
すれ違って、傷つけあう日々なんかいらないんだ。
「本当に、そう思っているの」
誰かの声がした。
見上げると、そこには一人の女性がいた。
桃色の髪の毛に、澄んだ緑の瞳をもつ女性だ。
孤児院の先生でもない、ましてや私の両親でもない。知らない大人だった。
(……本当に?)
本当に、私は彼女のことを知らないか。
ふと、そんな疑問がわくと、真っ白な世界がぐにゃりと曲がる。
「え……?」
「大丈夫だよ、セシリー。深い眠りの世界から覚めるだけ。それにしても、間に合ってよかった。君のおかげかな、フィル君」
女性はフィルの頭を撫でる。彼はじっとその人のことを見つめる。
珍しいことだ。私は意外に思った。
フィルは人見知りで、知らない人と会うと大抵私の後ろに隠れるのに。
「よし、セシリー」
女性は立ち上がると、私に手を差しのばす。
「そろそろ帰ろうか。私たちのいる世界に」
「……」
私の中の天使が呟いた。手を伸ばしなさい、ここはまだあなたが通るべき道ではないと。
だけど、私の中の悪魔も囁く。元の世界は苦しいことばかり。すれ違って、傷つけあうばかり、それならここでフィルと楽しく遊んでいたいと。
ためらう私。しかしその背中を、小さなフィルがおす。
「行って、セシリーお姉ちゃん」
「……でも」
「僕は大丈夫だから。お願い。ね?」
「……」
「お姉ちゃん」
「……分かったわよ。でも、元の世界に戻っても、一緒に遊んでね」
「うん。一緒に遊ぼ」
「約束だからね」
私はフィルの手をぎゅっと握りしめる。彼の温もりを忘れぬうちにと、女性の手もつかんだ。
大人の女性は、かすかに微笑んだ。
「フィルとセシリーが遊ぶときは、私も仲間にいれてね」
「うーん、仕方ないな。いいよ」
「ありがとう。それじゃあ、先に帰りましょっか」
すると、身体が引っ張られるような感覚に襲われる。
白い世界がぐるぐると回って、次第にかすれていく。
私は振り返る。
フィルは優しく私に手を振る。蕩けるような笑顔に私はぽつりとつぶやく。
「大好きだよ、フィル」
フィルはかすかに頷いた。
だけど、それはきっと。
私の願望が見せた、夢だったのだろうけれど。




