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 真っ暗な世界で、私は目を覚ます。


(ここ、どこだろう)

 

 どこをみても真っ暗。星もない、月もない、柔らかな毛布にくるまってはいるものの、小さな体は徐々に体温をなくしていく。


(……小さい、身体?)


 私は気が付いた。自分が赤ん坊になってしまったのだと。

 どうして小さくなったのか、なんて疑問は全く抱かなかった。

 そもそも、自分は一体何者なのか、ここはどこなのかさえも分からず、知りたいとも思わなかった。


 ただただ感じるのは、暗闇への恐怖。


(こわい……)


 身動きもとれない、歩けない。何もできない。このまま私は死を待つだけだ。それだけが分かった。


 私は叫び声を上げる。小さな赤ん坊のような泣き声で助けを求めた。

 だけど、誰も来ない。

 寒くて、怖くて、暗くて。


(誰か、助けて……!)


 そう叫び声をあげていた、そのとき。


「セシリーお姉ちゃん」


 男の子の声が、響いた。

 振り返ると、そこには小さな子供がいた。

 まんまるな可愛らしい瞳は赤茶色で、ブロンズの髪はふわふわとしていて触り心地がよさそうだ。

  

「フィル」


 ぽろりと、誰かの名前が口から出る。すると少年は嬉しそうに微笑んだ。


「どうしたの、セシリーお姉ちゃん」


 私は思い出した。

 彼はフィルで、私の弟のような存在。

 そして私はセシリー。彼の姉のような存在。


 名を思い出すと、祝福するように世界が白い光に包まれた。


 それが嬉しくて、私は涙を流す。


「わっ、お姉ちゃん。どうかしたの。どこか痛かった?」


 フィルは慌てて私の涙を拭ってくれる。


「ううん、怖い夢をみてたの。一人ぼっちで、寒くて、暗くて、寂しい夢」

「ふうん……。でも、大丈夫! 僕がいるからね」

「ふふ、そういうかっこいいことは、私よりも背丈が高くなってからいいなさい」


 私は小さなフィルの頭を撫でる。

 フィルは「むう」と頬を膨らませるが、顔は緩み切っている。


(可愛いな、フィルは)


 ずっと、こんな日々が続けばいい。

 すれ違って、傷つけあう日々なんかいらないんだ。


「本当に、そう思っているの」


 誰かの声がした。


 見上げると、そこには一人の女性がいた。

 

 桃色の髪の毛に、澄んだ緑の瞳をもつ女性だ。


 孤児院の先生でもない、ましてや私の両親でもない。知らない大人だった。


(……本当に?)


 本当に、私は彼女のことを知らないか。


 ふと、そんな疑問がわくと、真っ白な世界がぐにゃりと曲がる。


「え……?」

「大丈夫だよ、セシリー。深い眠りの世界から覚めるだけ。それにしても、間に合ってよかった。君のおかげかな、フィル君」


 女性はフィルの頭を撫でる。彼はじっとその人のことを見つめる。


 珍しいことだ。私は意外に思った。


 フィルは人見知りで、知らない人と会うと大抵私の後ろに隠れるのに。


「よし、セシリー」


 女性は立ち上がると、私に手を差しのばす。


「そろそろ帰ろうか。私たちのいる世界に」

「……」


 私の中の天使が呟いた。手を伸ばしなさい、ここはまだあなたが通るべき道ではないと。


 だけど、私の中の悪魔も囁く。元の世界は苦しいことばかり。すれ違って、傷つけあうばかり、それならここでフィルと楽しく遊んでいたいと。


 ためらう私。しかしその背中を、小さなフィルがおす。


「行って、セシリーお姉ちゃん」

「……でも」

「僕は大丈夫だから。お願い。ね?」

「……」

「お姉ちゃん」

「……分かったわよ。でも、元の世界に戻っても、一緒に遊んでね」

「うん。一緒に遊ぼ」

「約束だからね」


 私はフィルの手をぎゅっと握りしめる。彼の温もりを忘れぬうちにと、女性の手もつかんだ。

 大人の女性は、かすかに微笑んだ。


「フィルとセシリーが遊ぶときは、私も仲間にいれてね」

「うーん、仕方ないな。いいよ」

「ありがとう。それじゃあ、先に帰りましょっか」


 すると、身体が引っ張られるような感覚に襲われる。

 白い世界がぐるぐると回って、次第にかすれていく。


 私は振り返る。


 フィルは優しく私に手を振る。蕩けるような笑顔に私はぽつりとつぶやく。


「大好きだよ、フィル」


 フィルはかすかに頷いた。

 だけど、それはきっと。

 

 私の願望が見せた、夢だったのだろうけれど。


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