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 倉庫から持ってきた薬剤で掃除を終え、他のコックたちが買ってきた食材を仕分けする。


 その間も、『どきどき! ナディーヌ様占い』の話が頭の中をぐるぐると回る。


(大凶……。大凶かあ……)


 一体、どんなトラブルが大凶になるのだろう。


(確か、前に凶だって言われた人は三か月後に足を骨折していたわよね)


 凶でそれなら、大凶は……。


(ちょっと縁起でもない考えしか浮かばないけど、でも、そういうことよね?)


 自分の考えに身震いしていると、まさに私の頭を悩ませる男、フィルがキッチンに帰ってくる。


 ちょうど荷分けをしていたコックたちを見て、フィルはにこりと微笑む。

 

「もう帰ってきていましたか。ではさっそく、ケーキを作りましょう」


 コックたちは「分かりました!」と元気に挨拶をすると、さっそくケーキを作る準備を始める。


 邪魔になるといけないと思い、一声かけてからキッチンの外に出る。

 フィルもこちらをちらりとみたが、返事さえせずに無視をする。


(はあ。傷つくな)


 やはり、女性関係を控えるように忠告するのは、私の力では無理のようだ。後で他のコックと話をつけて、フィルに注意してもらえるようにお願いしなくては。


(ともかく今は仕事に集中しないと。気合いをいれて、次は廊下の掃除……あ、しまった)


 キッチンに掃除道具の一部を置き忘れているではないか。


(危ない危ない。フィルに嫌味を言われる前にとっとと回収してきましょう)


 キッチンに戻り、扉を開く。静かに開けたので、コックたちは気づいていないようだ。こちらを一切見ず、粉の分量を量ったり、調理器具を用意したりしている。

 

 この隙にと、私が薬剤をとりに向かっていると、コックたちの会話が耳に入る。


「そういえばコック長。今日の午後に半休を出していましたよね? 一日休でも大丈夫でしたよ。他の日に振り替えますか」

「いえ、夜に用事があるだけですから、このままでお願いします」

「へえ、また彼女とかですか」


 からかうような部下の言葉に、特に怒りもせずにあっさりと答える。


「前の彼女とは別れましたよ。今日は舞踏会へ遊びにいきます」

「ああなるほど。そこで新しい彼女を捕まえる予定なんですねえ」

「皆まで言うな、ですよ。ほら、手を動かしてください」


 きっと、この会話だけを切り取れば男性同士の会話あるあるなのであろう。

 だが、占い云々の話を知る私は、そんな感想を抱かなかった。


(な、な、な、なに考えてるのよあいつ!!!)


 女性関係が危ないって言われてたばっかりじゃないの!!!!

 

 もう頭に来てしまった。

 

「フィルコック長!」


 一斉にコックたちが私を見る。


 フィルも他のコックも私がいるとは思わなかったのか、驚いたように目を見開いている。一人のコックなんかは驚きすぎて小麦粉をぶちまけている。

 

 そんなことはおいておき、私はフィルだけをみて言い放つ。


「ちょっとこっちに来てください。話したいことがあります」


○○○


 私はフィルを連れてキッチンの外に出る。

 連れて行く途中、コックたちは「まさかメイド長、とうとうコック長を刺すのか」「そうなったら次のコック長は誰になるんだ」とざわついていた。コックたちは私達のことを何だと思っているのだろうか。


 キッチンの扉をしっかりしめて、私はフィルと向かい合う。


「別にあなたを刺そうとしているわけではありませんので」

「さすがにそれは分かっていますよ。それで? 何のご用件でしょうか」

「……今夜、あなた舞踏会に出席するようですね」

「聞いていたんですね。それが何か?」

「行くのをやめなさい」

「……」


 フィルは冷たい口調で尋ねる。


「それはまたどうしてですか? 差し迫った仕事はないはずですが」

「仕事は関係ありません。……その、」


 一瞬言いよどんでしまうも、意を決して告げる。


「私、聞いてしまったのです。あなたが『どきどき! ナディーヌ様占い!』で大凶と占われてしまったことを」


 すると、フィルはめんどくさそうな表情に変わった。


「盗み聞きしていた、ということですか。メイド長としてあるまじき行為ですね」

「ナディーヌ様に告げ口をしたければしていただいて構いません。その代わり、舞踏会は欠席してください。あの占いで大凶なんて、何が起こってしまうか本当に分かりませんから」


 必死の説得をするも、フィルはだるそうな表情を崩す様子はなかった。


「別にご主人様の実力を知らないわけではありませんが、占いやらなんやらを信じない主義ですから」

「そんなこと言っていると、痛い目見てしまいます。ナディーヌ様の占いは本当によく当たってしまいますから」

「未だにサンタはいると信じているあなたに、そんなことを言われましても……」

「何言っているんですか!」

 

 私は思わず声を荒げる。


「サンタさんはいるに決まっているでしょうが!」


 孤児院時代から今に至るまで、サンタさんからクリスマスにプレゼントをもらい続けているのだ。


「あなたはいい子にしていないからプレゼントをもらえないだけです」

「……あー、はいはい。もう戻りますね。ケーキを作らなくてはなりませんから」


 そういうと私の返事を待たずにキッチンに戻ろうとするではないか。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 慌てて彼の手を掴んで止める。


「もしかしたらとんでもないことが起きてしまうかもしれないんですよ!? とりあえず今だけは止めておきなさい」


 フィルはちらりと私の手を見る。 


「……ちなみに聞きますけど、どうしてそこまで私に構うんですか? もしかして私のことが好きで好きでたまらないとか?」

「は、はあ!? そんなわけないじゃないですか! あなたが何かあったらナディーヌ様が悲しんでしまうから忠告しているわけでっ」

「あなたは悲しまないと?」

「……私は、」

 

 悲しいに決まっている。

 幼い頃から孤児院にいた私にとって、一緒にいた子たちは家族そのもので、特に年が近いフィルは弟のような存在だ。

 いなくなるなんて想像できない。したくなんかない。


 だけれども、ここでそう告げられるほど今の私達は仲良くなかったし、私も素直ではなかった。


「……同じ仕事仲間として、あなたがいなくなると色々不都合ですから」

「……ふうん。仕事仲間として、心配してくださっていると」


 彼は口元を歪めると、一歩、近づいてきた。


「っ、な、なんですか」


 反射的に一歩後ろに下がるも、彼はまた距離を詰める。また逃げようと後ずさるが、私の背が壁に当たってしまう。


(あっ、しまった)


 横に逃げようとしたが、行く手を阻むようにフィルは壁に手を付ける。


「どうして逃げるんですか?」

「あ、あなたが近づいてくるからです!」

「大丈夫ですよ。何もしません。とても面白い案を思いつきましたので、お優しいメイド長様にお伝えしたいと思いまして」


 彼はにんまりと笑う。


 ……目は全く笑っていなかったが。


(え、どうしてこんなに怒ってるの!? ちょっとおせっかいしすぎたかしら!?)


 内心びくびくしていたが、ここで弱みをみせたくはないと必死に彼を睨んで、びしっと答える。


「と、特別に聞いてあげましょう。なんの案ですか」


(うん、びしっと答えられなかったわ。……まあ、誤差の範囲よ!)


 フィルは相変わらずの嘘っぽい笑みで言う。


「メイド長はあくまで仕事のためだけに、私の遊びを止めたい。そうですよね?」

「……まあ、そうですね」

「なら答えは簡単」

 

 突然、彼は私の腰に手を回した。


「わっ!」

 

 抵抗する間もなく引き寄せられ、フィルの腕の中に閉じ込められる。

 

「な、なにをっ」


 文句を言おうと彼を見上げ、体が固まってしまった。


 いつも他の人に見える優しい雰囲気が影も形もなくなり、私を射抜く赤茶の瞳は獣のような光が灯っていた。

 

 蛇に睨まれたネズミのごとく固まってしまっていると、フィルはくすりと笑って私の唇をそっとなぞる。


(ひ、ひい!?)


 くすぐったいような、むずがゆいような、妙な感覚が私の身体を走り抜ける。

 パニックに陥る私の耳元で、フィルは優しく、妖艶に囁きかけた。


「他の女性の代わりに、私と遊んでくれますか? セシリーメイド長?」

「っ!」


 声を聞いただけだというのに、背筋がぞくりと粟立った。


(な、な、なによその声……!)


 お姉ちゃんと無邪気に読んでいた頃とは全く違う、くらくらするような色気にあてられておかしくなってしまいそうになる。

 

(これは、まずい。よく分からないけど、逃げないとっ! で、でもどうやってっ! あ、そうだ、やめてって言えばいいのかもしれな……って出来ない! 口塞がれている!?)


 どうすれば、どうすればと、ぐるぐる頭の中で考える。

 しかし全く考えがまとまらず、堂々巡りに陥る。


(もう! あんたは私にどうしてほしいっていうのよ!)


 藁でもすがる思いでフィルを見つめ返す。

 この訳の分らない状況を何とかしてほしいという願いを込めてのアイコンタクトだったが、フィルは目をぱちくりさせて小首をかしげる。

 

「……もしかして、誘っています?」


 より訳の分らないことを言われた。


(誘う? ……何に……?)


 ぽかんとしていると、フィルはしばらく固まり、深いため息をついた。


「あなた、私にはトラブルを起こすと文句つけるくせに、自分は隙だらけってどういうことですか」

「す。隙……?」

「私とほぼ同い年だというのにそこまでウブとは……。むしろあなたの方がトラブルに巻き込まれかねませんね」


 隙だのウブだの、何を言っているか分からないことだらけだが、一つだけ分かることはある。


(馬鹿にされているわ。絶対に……!)


「いっておきますけど、私はそういうトラブルに合ったことなんてありませんからね!」


 怒ってみせるが、フィルはひどくバカにするような目で私を見る。


「それはそうでしょう。どうせ男性と付き合ったことなんてないんでしょうに」

「なっ!」


 口をパクパクさせる私をみてフィルは軽く鼻で笑い、身体を離す。


「本当に私の遊びを止めたいのならば、もう少し大人になって、私を誘惑できるくらいまで成長してくださいね。それでは、ケーキを作りに戻りますので。

「ちょ、ちょっと、コック長!」


 今度は一度も振り返らず、キッチンに戻ってしまった。


 一人残された私は、呆然と立ち尽くす。


(な、なんなのよあいつ。急に抱きしめてきたかと思うと、嫌味を言ってきて……)


 全く行動が読めない。

 だが一つだけ、確かに分かることがある。

 

 フィルが私のことを下に見ているということだ。


 『どうせ男性と付き合ったことがない』と私に言ってのけたその姿を思い出すと、怒りがふつふつと沸き上がってきた。


「何が『誘惑できるくらいまで成長』よ……! 偉そうに!」


 フィルのことを心配した私が馬鹿だった。


(もう勝手にしてなさい! 大怪我しても知らないんだから!)


 私はカンカンに怒りながら、その場を去った。


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