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 次のデートの日、エマ様と会うと複雑そうな表情を浮かべていた。


「本当に……あの作戦を実行なさるんですか」

「ええ。元々ナディーヌ様占いで大凶をとったフィルを守るためにやっていたことですから。さすがにナディーヌ様占いの期間は過ぎているでしょうし、大丈夫でしょう」

「そうではなくて! ……だって、セシリー様。フィル様のこと……」

「……いいんですよ。最悪の結果だとしても仕事場に行けば会えますし。それに、いい結果になるかもしれませんからね」


 軽い調子で答えるが、エマ様は何とも言えないような顔で私を見つめる。


「……分かりました。あの、わたくし自身はセシリー様のお幸せを願っていますからね。わたくしへの遠慮はいりませんからね」

「ふふ、分かっていますから」


 私は今日、フィルとある重要な話をする。


 何を言うか、どういう立ち振る舞いをするかも決めている。

 だからエマ様の宝石は今日もっていかないこととする。


(あったらあったで、頼ってしまうからね)


「よし……。それでは、エマ様。変装魔法をお願いします」

「……分かりました。

 『見ず知らずの水の神

 わたしは誰で、あなたは誰か

 心も体もくるくると

 姿を変えて、姿を戻して

 浸食せよ さあゆかん』!」


 エマ様の杖から青い光が放たれる。


 私は固く目を閉じて、歯を食いしばる。

 これから襲ってくる、息が出来なくなる苦しみから耐えるためだ。


(慣れないのよねえ、これ……。まあ仕方ない。少し我慢するだけよ!)


 内心怯えつつ、息がつまるその時を待つ。


 が……。


「はい、終わりましたよセシリー様」

「……え?」


 エマ様の声に、目を開く。用意してもらっている姿鏡には、いつものリリーの姿が映っていた。変装魔法には成功したようだ。


(あれ? だけど、今回は特に何もなかったわよね? う、うーん……。どうしてかしら?)

 

 さすがに三か月も魔法を受け続けていたから、慣れてきたのだろうか。


 首をひねっていると、エマ様は不思議そうに尋ねてくる。


「どうなさりましたか? ……まさか、魔法がうまくかけられませんでしたか!?」

「いえいえ! そういうわけではありませんよ。何でもありません」


(まあ、ひどくなるわけじゃないから別にいいわよね)


 私はエマ様に相談することなく、そう決めつけ、今回のデートのことを一人考えこむこととした。


〇〇〇


 リリーちゃんは次のデート場所として、初デートの場でもある国立公園を指定した。

 今の国立公園では、灯ノ祭の準備をするため、多くの場所が閉鎖されてしまっている。だからあまり楽しめないのではないかと尋ねると、彼女はゆっくりと首を振って、悲しげにこう言った。

 

 『それでも、私は公園に行きたいんです。お願いできますか』、と。


 女の子にここまで言われて、嫌だと答えたくはない。僕は承諾して公園へと向かう。


(それにしても、リリーちゃんどうしたんだろうか)

 

 公園に行きたいと言い出したのも唐突だし、道すがら彼女は黙り込んだり、逆にハイテンションになって話し掛けてきたりと、情緒不安定な様子だった。

 

(具合でも悪いのか、それとも……)


「……」


 具合が悪いことはないだろう。もしそうだとしても、リリーちゃんの体調不良くらいだったら見破れる自信がある。


 それでは、一体どうしてリリーちゃんはこんな落ち込んでいるのか。


 ……その答えを、僕はある程度察していた。

 

 察してはいたけれども、口には出さずにいつもの通りを装う。


「灯ノ祭もそろそろだね。ほら、そこかしこにランタンがつるしてある。夜になるとランタンの光がすごい綺麗なんだよねえ」

「……そう、でしたっけ。そうでしたね」


 緩慢な動きで首を上げる。しかし彼女の視線を追っても、木の枝につかまってピヨピヨと鳴く小鳥しかいない。


「……そういえばハートキャンディーが好きだっていっていたよね。昔はハートマークの飴しかなかったけど、今は色んな形があって面白いよね。灯ノ花みたいな形の飴なんてのもあるんだって。可愛いよねえ」

「……そう、ですね」

「……」


(この、どう考えても言葉が交わせられてない感じ、懐かしいなあ。初デートのときもそうだったっけ)


 あのとき、妙におどおどする彼女をいじめて、とても楽しかったものだ。


(今はそんな雰囲気みじんもないけど、ね)


 思うと、あの時は僕が彼女を先導していて、今はリリーちゃんが先に進んでいる。


 彼女がどこへいこうとしているのかは分からない。だけど聞く必要もないだろうと、適当なことを話しながらついていく。


 灯ノ祭メイン会場を横目に通り過ぎ、小川を渡って、少しぬかるんだ道を歩く。


 ここまでくると、彼女がどこへ行きたいのかが段々と分かってきた。


 僕の予想通り、ついたのは園内のお花畑だった。


 近づくにつれてふんわりと香ってくる花々の匂いは、混ざり合っているというのに良い匂いだった。夕日に照らされて、花々がそれぞれの彩を示している。

 

「ねえ、フィルさん」


 上の空だったリリーちゃんは、ここにきてようやく地に足がついたようだ。まっすぐ僕のことを見てくれる。


 良質な絹のような金色の髪の毛を持ち、海のように深い青の瞳のリリーちゃんは、黙っているとまるで置物か人形か、はたまた仮面をつけた女の子のように思えてならない。


 心と見た目がちぐはぐで、たまにどうしようもない違和感を覚えてしまうが、優しくていい子で、一緒にいてとても楽しかった。


 そんなリリーちゃんは、僕にあるものを手渡してくる。


「これ、灯ノ花です。商店街でフィルさんに買っていただいた一本です。この一本で、賭けをしてみませんか?」


 リリーちゃんは少し苦しげに、だけどはっきりとこう言った。


「フィルさんが灯ノ花に触って、もし少しでも赤が混じっていたら、私の勝ち。だけどもし黄色一色の花なら……もう別れましょう」

「……うん、分かった。その前に一つ聞いて良い? どうしてそんな賭けをしようと思ったの?」

「……フィルさんは、他の誰かのことが大好きで、私のことを愛することはないと思っているからです」

「……そっか」


 前の彼女に、いや、前の前の彼女も、その前の彼女も、もっと言うと初めて付き合った女性も、同じ言葉をいって別れを告げてきた。


 誰もが悲しそうで、苦しそうで、僕のことを好いてくれているという気持ちがひしひしと伝わってくるのに、彼女たちはいつも別れの言葉を投げかける。


 それを、僕は引き留めない。


 だから、


「……分かった」


 僕は灯ノ花に手を触れる。


 触れた瞬間、思い描いたのはリリーちゃんのこと。

 僕なりに愛して、僕なりに尽くしてきた、可愛い可愛い僕の彼女。


 そんな気持ちを込めて、茎に触る。


 僕の心は茎からつぼみへと伝わり、つぼみは僕の心を映し出す。


 ……灯ノ花は、神の宿り花とされている。

 花が示した結果は嘘偽りのない真実だと信じられているのだ。

 

 だからきっと。


 黄色に染まってしまった灯ノ花は、僕の本心を映し出しているのだと、認めなくてはならない。

 僕も、そして、彼女も。


「……そっか」


 リリーさんはぽつりとつぶやき、ふんわりと微笑む。


「そうですよね。うん、そうなると思っていました……」


 彼女の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる  


 ハンカチを差し出すと、無言で受け取って涙をふきとる。


「あーあ。分かってはいたんですけどね、こうして見せられると、やっぱり悲しいものですね」

「……ごめん」

「フィルさんが謝ることではありませんよ。むしろ、私が謝らなくてはなりません。あなたに恋を少しでも教えようって意気込んでいたのに、ここまで役に立てなくてすみませんでした」

「いや、リリーちゃんはなんも悪くないよ。僕もリリーちゃんと会うのがすごく楽しくて、ずっと一緒に遊びたいなって思っていたから」

「友達として、でしょ」

「……」


 思わず口を閉ざすと、彼女はくすりと笑う。


「体は嘘をつけないってことですね」

「あーあ。もしこの花がなかったら、このままあなたと付き合い続けられたのかもしれませんね。……いや、花がなくても、いつかは気づいていましたよね。フィルさんの前の彼女たちみたいに」

「……そうかもしれないね」

「……ねえ、フィルさん」

「なんだい?」

「もし、できるなら、今週と来週だけは、また一緒にデートしませんか?」

「僕はいいけど、君は大丈夫なの?」

「ええ。……お祭りの日くらい、フィルさんの彼女でいたいですから」


 リリーちゃんはそう言って、寂しげに微笑む。


 普通、別れの話が出た後にまた会いたいとすがってくるときは、復縁を望んでいる。


 僕の彼女たちはそこまでする人は滅多にいないのでよく分からないが、友人の話を聞く限りだとそういう流れが大半だと言っていた。


 しかし、今の彼女は違った。


 寂しそうに苦しそうにしているけれど、彼女の瞳には希望なんて二文字は宿っていない。代わりに、諦めの感情が住み着いてしまっている。


 リリーちゃんはくしゃりと顔をゆがめて、大きく伸びをする。


「それじゃあ、お祭りの時と、その前の週には私の行きたいところへ行かせてください。今日はフィルさんの行きたい場所でいいですから」

「行きたい場所かあ。どこだろう」


 楽しそうに装う彼女を眺めながら、僕はぼんやりと思った。


(ああ、また駄目だったみたいだな)


 結局僕は、誰も愛せない人なんだろう。


 一抹の寂しさを感じながら、僕は彼女との世間話を楽しむこととした。


〇〇〇


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