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エマ様と一言二言お話しした後、私はフィルが待つ席に戻る。
すると、フィルは少しほっとしたような表情を浮かべた。
「よかった、中々戻ってこないから、トラブルに巻き込まれたと思って心配していたよ。もう少しで店員さんに様子を見てもらうように言うとこだった」
「ごめんなさい、たまたま知り合いと会って少しお話ししていたんです」
「へえ、それなら僕も挨拶しないと」
「ああ、えっと、もう店からは出てしまいました……」
(もしかして、誰と話をしていたかって、聞いてくるかしら……)
さすがに『あなたの元カノとおしゃべりしていました』なんて言えるわけがない。
だが、そうだとしたらどう答えればいいのか……。
(こういう時に備えて『オーディエンス』機能を取っておくべきだったわ! 緊張をほぐす方法なんか聞くのに使うんじゃなかった!)
ドキドキしながら彼の返答を待っていると、彼はにっこりと微笑む。
「そっか。それなら仕方ないね。それにしても、今日は暑いねえ」
「……え? ああ、もう夏ですからね」
「そうそう。日焼け止めは塗っているけど、日傘の方がいいかなって悩んでいるんだよね。どうしようかなあ……」
それから彼は紫外線の話題や夏の暑さ対策について話しはじめる。
私がどこの誰と話をしていたのか、何を話していたのかは一切追及してこなかった。
きっと、今までの私だったら、私自身が話したくなさそうにしていたから気を使ってくれたのだろうと思っていたことだろう、
だけど、青ローブの魔法使いのせいで別の考えが頭をよぎる。
(もしフィルと食事をしているとき、彼が誰かと話していたら根ほり葉ほり聞いてしまうわ。元カノかもしれないし、そうでなくても気のある女性からお誘いがあったんだと思っちゃう)
しかし、彼はリリーである私にそういう心配をせずに、私が話したくなさそうだからと話題を変えてくれた。
ありがたいことだけど、彼女に対する態度にしてはいささか無関心すぎる。
どちらかというと、彼女というより友達への配慮のような気がしてしまう。
(……いやいや、考えすぎよ。フィルは女性への配慮を完璧にできる人ってだけかもしれないし。もう考えるのはよそう。今はせっかくのフィルとの会話を楽しみたい)
だが、彼の話を聞いて笑顔になっているときも、小さな不安がくすぶり続ける。
脳裏にちらちらと浮かぶのは、『あの人はあなたを愛せない』ときっぱり言い切った青ローブの魔法使いと、黄色に染まった灯ノ花の姿だった。
○○○
エマ様には気にするなといわれ、私自身も気にしたくはないと思っていた。
けど、どうにも気にしてしまうのは人間の本性なのか、それとも恋する女性だからなのだろうか。
せっかくフィルと気兼ねなく話ができリリーモードのときにも、フィルのことに注意を払ってしまって気が滅入りそうになってしまう。
(きっと、時間が解決してくれるよね。そのうち忘れてくれるわ)
そう願っていたが、フィルの一挙一動を見ていると、思わず彼女の言葉が頭をよぎってしまうのだ。
例えば、洋服を褒めてくれるとき。
『リリーちゃんらしい、大人の魅力たっぷりでかわいいよ』と、フィルは微笑んでくれる。
そのときはリリーという私をしっかり見てくれているのだと、嬉しくなった。
けれど、彼は他のメイドに対して『君に似合う髪飾りだ』と褒めていたとき、彼の微笑みは私に見せてくれたものと同じ笑顔だった。ということは、あの褒め言葉は友達としての褒め言葉なのかと思ってしまったり。
例えば、私の頭を優しくなでてくれる時。
可愛い可愛いと口にして撫でてくれるけれども、どうもペットか何かをあやしているように感じてしまったり。
もしそれだけだったら、そんなに気にしないでいられたのかもしれない。
だけど、もしかしたら青ローブの魔法使いの言葉が本当だと感じてしまった、ある出来事があった。
それはパンケーキを食べた翌々週のデートのときのことだった。
その日、私たちは植物園にきていた。この国唯一の植物園で、本来は研究施設として作られたようだ。今では庶民の憩いの場としても愛されている。
「……にしても、人が多いですね?」
平日の夕方だというのに、植物園には意外と多くの人がいた。
入場券売り場には十組程度の人が並んでおり、園内もカップル連れから高齢の男女、家族連れでにぎわっていた。
「植物園って静かなイメージがあったんですが、結構混んでいますね」
「夏は大体混んでいるよ。植物園って涼しいからね」
「へえ……。確かに緑を見ていると涼しい気持ちになれますものね」
「それと、この時期は灯ノ花を抽選でプレゼントするキャンペーンをしているから、それも一因かもね」
「ああ……。灯ノ花って普通に買ったら高いですものね……」
さすが魔法の花だけあって、価格も他の花と差をつけている。上級の演劇チケットを購入するお値段くらいはかかるので、無料でもらえるならもらいたいと思う人は多いだろう。かくゆう私もそうだ。
(後で私も応募しておこ)
心の奥でそう思いながらフィルを見上げると、彼はくすりと笑う。
「リリーちゃん、すごく投票したそうにしているね」
「……そんなに私ってわかりやすいですかね」
「うん、とってもね。そういうところが君のいいところでもあるよ」
「褒めていないですよね、それ」
むくれると、彼は「そんなことはないよ」と嬉しそうに微笑むではないか。
ちょっとイラっとするような笑顔だけれども、……私はその笑い方が好きだった。
(いやむかつくけどね! でもどうしてだろう、単純に私を褒めてくれるときよりも本心で笑ってくれているような気がするのよね……)
いわゆる、愛想笑みと本当の笑顔の違い、みたいな……。
(……でも、これも友達としての笑顔なのかしら)
その答えを知りたいような、知りたくないような。
正直、今の私は、知りたくない気持ちの方が強い。
だから、私は回答を先延ばしにしようと、フィルの手を引いた。
「とりあえず今は植物園を回りましょう!」
「ああうん。そうしよっか」
さすがこの国唯一の植物園だけあって、ありとあらゆる植物が揃っていた。
悪魔の花といわれている大きな花や、花弁に害はないが葉に触ると睡眠状態になってしまう花、気温や湿度によってつける実が異なる花や、人に花粉を吹き付けてくる性悪な花まで、たくさんのおもしろそうな花が揃っている。これには子供たちも釘付けになってしまうらしく、小さな子供がキャーキャーと騒ぎながら植物を眺めていた。
おかしな花以外にも、ガラスでできているバラの花や、ちょうちょのような黄色の花びらが舞い落ちる木、お酒の主原料になる果物などもあった。カップルたちはそういった植物の前で足を止めて、うっとりと花を見つめている。
しかし、私はどちらにもそこまで興味はなかった。
私が興味を抱いたのは……。
「ふむ、この薬草は傷薬に効くのね……」
老夫婦でさえ立ち止まらない、閑散とした展示コーナー、薬草園だった。
「へえ、リリーちゃんってこういうのに興味あるんだね」
「ええ、怪我をしたときに魔法なしで手当できますからね。あ、ですけど薬草を煎じるのにも魔力が必要なんでしたっけ? それなら使えませんね……」
「煎じないものだったら使えるんじゃないかな? 僕も詳しいことは分からないけど。植物園の学芸員さんに聞いてみる?」
「いえいえ! そこまでしなくても大丈夫です! 本でも買って読んでみます!」
活字は苦手だが、簡単な薬草の飼育方法でも調べてみようか。
ひとまず薬草の名前だけ覚えておいた。
「ごめんなさい、ここで長居してしまって。他の場所に行ってみま」
しょうか、と言葉を続けようとしたが、私は言葉を止める。
フィルは展示も、私も一切見ずに、ある方向を見ていた。まるで何かを探すように。
私もつられてそちらを見る。しかし家族連れやカップル同士でにぎわっていて、特に目を引くものはない。
「……あの、フィルさん。どうなさったんですか」
おそろうおそる尋ねるも、彼はこちらを見ない。あたりをキョロキョロとするばかりだ。
ついには私が肩をぽんぽんと叩き、ようやくこちらを見てくれた。
「……ああ、ごめん。ちょっと……知り合いが来たような気がしただけだから」
「知り合い……? コック仲間ですか」
「いや。……気にしなくていいよ。多分、気のせいだったと思うから」
そうはいうものの、彼は眉間にしわをよせ、険しい表情であたりを見渡していた。
そんな真剣な表情、料理をしているとき以外見たこともなかった。
(……コック仲間でもなくて、私に言いたくない人、か……)
……私は、フィルに尋ねる。
「もしかして、フィルさんの元カノさんがいらっしゃいましたか」
「いや、単なる仕事仲間だよ。その人に似た髪型の人がさっき通っててさ。その人も薬草に興味があるって言っていたから、もしかしたらと思ったけど、違ったかもしれない。……ま、彼女も彼女で疲れているだろうからね。ここには来てないでしょうね」
フィルは目を細めて、口元を緩めた。
その笑みは、まるでフィルの子供時代を思わせる可愛らしい笑みだった。
そのとき、私は確信した。
理屈ではない、巷で言う女の勘が働いてしまって、分かってしまった。
彼が誰かのことを愛していると。
……私は、愛されていないと。




