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最近、セシリーの様子がおかしい。
「メイド長、ナディーヌ様と面会予定のお客様のことですが」
「あ、ああ。こちらで対応させていただきます。では私は他の仕事にいきますので!」
「メイド長、水道点検についてですが」
「この書類にまとめてありますので! ではっ、他の仕事に行きます!」
「メイド長、あの」
「すみませんこれから外に買い出し行かなくてはなりませんので!!」
どんな話をふっかけようとも、彼女は一言二言話すだけで逃げるように去ってしまう。
傍でみていた副コック長は不思議そうに尋ねてきた。
「セシリーメイド長、どうなさったんですかね」
「……」
「あ、もしかしてコック長、メイド長とと喧嘩でもしたんですか?」
「……」
「駄目ですよそんなことしては。彼女も女性ですから、言っていいことと悪いことがありますから。それにコック長だって」
「副コック長」
彼はびくりと肩を上げて僕の方を見る。
その瞳が怯えにそまっているも、僕は全く気にとめず、淡々と答える。
「部外者は黙っていてください」
「……」
一瞬口を開きかけるが、僕が睨みつけると困ったように口を閉ざし、一礼だけして去っていった。
(……『セシリーメイド長、どうなさったんですかね』、か)
一人になった廊下で、僕はぽそりと呟く。
「……こっちが聞きたい」
彼女がこうなった理由が全く思い浮かばない。
はじめは、メイド長が瓶を割ったときにきつい言葉を投げつけてしまったことを怒っていると思っていた。
だが、すぐに違うと気づいた。怒っているなら、彼女はその細い目を吊り上げて分かりやすく怒ってくれる。にもかかわらず、今回の彼女はそんな様子ではなく、どちらかというと気まずそうな様子をしているのだ。
自分でもきついことを言ってしまったと後悔していた分、そのせいではないと気づくと少しだけ安心できた。だが、ならどうして彼女がここまで僕のことを避けるのかが本当に分からない。
副コック長と別れ、倉庫へと向かっている最中でもセシリーのことを考えてしまう。
(誰かに僕と会わないように言われている、とかだったら納得できるが……。そうする理由が分からない。一体どうして……)
悩みながら歩いていると、向かいの階段から誰かが慌てた足取りで降りてきた。
「あ、フィル様! 探しておりましたよ!」
「エマ様、こんにちは」
真っ白な髪の毛はふわふわと揺れ、真っ黒なローブはきっちりとアイロンがかけられている。お金持ちの令嬢のオーラをこれでもかと醸し出している彼女は、魔法学校一年生のエマ様だ。
エマ様は魔法学校の下校中、屋敷に立ち寄ることが多い。だから魔法学校の制服も見慣れたものだ。
ただし、今日のエマ様は二つほどおかしな点があった。
一つはポシェットの中にいる白いウサギがいないこと。白ウサギは彼女の守護精霊としていつもエマ様と共にいる。そんなウサギがいないなんてことは珍しい。
そして、もう一つは……。
「……あの、一つ伺いたいのですが。その赤ん坊は何でしょうか」
一歳くらいの小さな子供が、エマ様の背中でわんわんと泣いているのだ。
もちろん、エマ様の子供ではない。使用人の子供でもない。ピンクの髪に緑の目をしている使用人なんてこの屋敷にはいない。
……使用人にはいないが、同じような見た目をしている人物を僕は知り尽くしている。
喚き続ける赤ちゃんを無視し、ある種確信を抱きながらエマ様に問う。
「もしかしてその子って……」
「フィル様の予想通りです」
エマ様は赤ちゃんをだっこすると、非常に困り切ったような表情で見上げる。
「ナディーヌ様なんです」
「ああ、やっぱり……」
どうせそんなところだと思った。
「最初はわたくしも頑張ってあやしてみたのですが、うまくいかなくて……。頼りのビッちゃんも、『声がうるさい!』っていって精霊界に戻ってしまって、どうしようかと思っていたんです。フィル様、どういたしましょうか」
「どう、といわれましても……」
エマ様の腕に抱かれた赤ん坊を見つめると、ナディーヌ様(赤ちゃんフォルム)は怒って頬を膨らして「ばぶぶぶぶぶ!」と話しかけてきた。
何を言っているのかは全く分からないが、怒っているのは分かる。
そして、どうして怒っているのかの検討も大方ついていた。
「ナディーヌ様。きっとあなたはセシリーと私が仲直りしてほしいと思っているのでしょうが、昨日の夕食時にお伝えした通り、そもそも私達は喧嘩なんてしていませんから仲直りのしようがありません」
僕の予想は当たっていたようだ。ナディーヌ様はたちまち顔をしかめて、大きな声で「ばぶー!」と怒鳴り、小さな手でパンチをしてきた。
「そんな反応をされても……。事実ですから仕方ありません。喧嘩するどころか、最近彼女と話していませんからね」
「え、そうなんですか!」
これに驚いたのはエマ様だ。
「一体、何があったんですか? てっきり、フィル様とセシリー様は最近仲が良くなったとばかり思っていましたが……?」
不思議だと言わんばかりに首を傾げる。
(最近仲が良くなった? ……エマ様はどうしてそう考えたんだろうか)
僕とセシリーは屋敷に赴任してから、……いや、もっとずっと前から、関係は険悪のままで保たれている。
ここ数か月もそうで、この前は彼女の恋愛関係のなさを馬鹿にしてしまい、大げんかをしたばかりだ。
なのに、どうしてエマ様は僕らが仲が良いと考えられるのか。
(魔法使いだから、ナディーヌ様みたいに俗世の人間には分からない何かが見えている、とか? それとも……セシリーから何か聞いた、とか)
そう考えているとき、ふと、ある記憶を思い出す。
「そういえば、エマ様。最近、うちのメイド長とよく会っているとお聞きしましたが、なにをなさっているのですか?」
「え? えっと、ですね……。ま、まあ、色々ですよ色々! そんな、フィル様に関係あることはあまりしていな……いや、全くしていませんから!」
妙に慌てた様子でぶんぶんと首を横に振る。
その言葉通り信じてあげられるほど僕も馬鹿ではない。
(セシリーが頻繁にエマ様とお会いして話していた原因は僕にある、ということか……?)
そもそもセシリーは僕に対してだけああやって大げさに避け続けるのだ。
それなら最近セシリーがおかしな行動をするのも、僕に関係がある可能性が高い。
「エマ様、セシリーはあなた様にどのようなことをお話ししていたのですか。私に関係することとは、一体なんですか」
「い、いや、フィル様には一切関係ありません! ありませんって」
「ごまかさないでください」
あまりにも嘘くさいごまかしに、僕はいら立ちを隠しきれなくなった。
「教えてください。誰にも聞かれたくないというのならば、他に部屋を用意します」
「……これは、その、わたくしだけの話ではありませんから、フィル様にはお伝えできません」
「そうはいきません。私の問題なら耳に入れておきたいですから」
僕は一歩、彼女に近づく。
すると彼女は怯えたように後ずさる。
「ふぃ、フィルコック長。ちょっと怖いですよ。どうなさったんですか」
「そんなことよりも、私の見ていないところでセシリーと何をしているのかについて、じっくり話をしていただきませんか」
どこか空いている部屋にでも案内をして、事の詳細を聞き出さなくては。
どうやって連れていくのか、それさえも考えられないまま僕はエマ様に手を伸ばす。彼女がびくりと肩を震わせて杖を握った、次の瞬間。
「フィル、めっ!」
突如、目の前にナディーヌ様(本来の姿)が現れると、僕の額にデコピンをしてきた。
「いったっ!」
あまりの痛さにうめき、つい勢いでナディーヌ様を睨む。
「いきなり何をなさるんですか」
「それはこっちの台詞。エマちゃんを怖がらせちゃ駄目でしょうが」
ナディーヌ様はかばう様にエマ様を自分の背中に隠す。エマ様は戸惑いと怯えの入り混じった瞳で僕をのぞきみていた。
さすがにここまでくると、僕も正気を取り戻す。
(……しまった、やりすぎた……)
「……大変申し訳ございませんでした、エマ様」
「い、いえ、わたくしは大丈夫ですよ」
それでもまだ少し怖いようで、ナディーヌ様の背中に隠れてしまった。
ナディーヌ様は小さくため息をつき、僕を睨む。
「セシリーのことで心配になる気持ちは分かるけど、そうやって感情的になるのはいけないよ」
「……はい」
いつもはおちゃらけている分、こうやって真剣に叱られると心によく響いてくる。
項垂れて頷くと、ナディーヌ様は慰めようとしてくれているのか、ぽんぽんと頭を軽く叩く。
「まあ、私もセシリーが変なことは気になるけど、時間が経ったら元通りになるよ。だから、今は反抗期だと思ってあげな」
ナディーヌ様は茶目っ気たっぷりでウインクをする。
「それじゃあ解散解散! エマちゃん、一緒においしいクッキーでも食べようか」
「は、はい、お姉さま」
エマ様は僕にぺこりと礼をして、先に行くナディーヌ様のあとを追う。
一人になって、ぼくは小さくため息をつく。
「……はあ、何をしているんだか……」
僕としたことが、柄にもなく取り乱してしまった。
(……なんで、セシリーのことでこんなに悩んでしまうのかな)
他の女性にはこんな気持ちを抱くことなんてないのに、セシリーに対しては、それができない。
(さすがにセシリーに恋しているなんてことはないだろうから、また別の気持ちからなんだろうな。……それこそ、家族愛のようなものか)
孤児の自分には、本物の家族愛というものはよく分かっていない。だけど、孤児院で一緒にいた子は家族のように思っている。特に小さい頃仲良くしていて、仲は悪くなってしまったとはいえ今でも顔を合わせているセシリーに対しては、その感情が強いのかもしれない。
だからこの気持ちは、母親の愛情を兄妹にとられた小さな子供のようなものだろうと、必死に自分に納得させて、もう考えないように意識しようとした。
……結局、手があいたときには彼女のことを考えてしまい、この決意は無駄になってしまったのだが。




