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初デートの時、灯ノ花に感動していた私に、フィルはこういった。

『自分の気持ちを分かってしまうことは、つらいことだ』と。


……そのフィルの気持ちが、今、ようやく理解できた。


(どうすればいいんだ私……!)


翌日の朝。


太陽はさんさんと輝き、一歩外に出ると汗のかきすぎで服がぐしょぐしょになってしまうであろう陽気の中。


私は、冷や汗のかきすぎでぐったりしていた。


(あー……。夢だったならよかったのに)


そう思って朝起きてみたが、残念なことに灯ノ花は真っ赤に染まっていた。


(私が、フィルに恋……。フィルに恋……)


なんということだ!

仕事で大きなミスをするほど悩んでいたというのに、より悩み事が増えてしまった!!


「ミスしないようにしないと……! 絶対に、絶対に!!!」


いつもよりも仕事のスピードが遅くなってしまうのは仕方ない。諦めよう。

それよりも正確に、落ちついて……!

そう、私はメイド長。たがが恋の一つや二つで動揺なんて


「メイド長。そこで何を叫んでいるんですか」

「わっ!?」


振り返ると、予想通り、悩みの元凶フィルコック長が立っていた。


ふわふわとした栗色の髪は子供の様に可愛らしくて、赤茶色の瞳は凛としていてかっこいい。泣きぼくろがセクシーなんて言葉も今では納得できてしまう。


「そういえばあなた、私が手当用に渡したハンカチはどうしましたか? 別にあれ、上げたわけではありませんからね。メイド長ならしっかりと洗剤で洗って返してください」


聞くだけだと冷たいような言葉だが、フィルはちらりと私の傷に視線を送って、口元を緩める。


まるで、治ってきていて安心しているかのようで。


(いやいやいや待て待てセシリー! そう思ってるとは限らないわよ!? いいように解釈しているだけよ!!)


頑張って自分の心を説得しようとするが、びっくりするほどいうことを聞れない。


自分の妄想が正しいと思ってしまいそうになるわ、いつも見ているフィルが輝いてみえるわ、心臓がバクバクと音をたてるわで、もう、もう、


「ごめんなさい、ちょっと、あっちに行ってきます! ハンカチは後で返しておきますから!!」

「……へ?」


呆然とするフィルを放置して、私はダッシュで逃げ去る。


「はあ、はあ……。あ、危なかったわね」


あのままでいたら、非常にまずいことをしでかしかねなかった。さすがに好意を伝えるまではしないだろうけど、こう、ちょっと手を触ってみたりだなんだりだはしていたかもしれない。


(そんなことをしたらどうなっていたことやら……!)


拒否でもされたら絶望して立ち直れないし、受け入れられたとしても……いや、受け入れられることはなかろう。絶望100%だ。


(こんな、こんな変わる!? 昨日はもっと普通にできていたわよね!? どうする、どうする私! これからもずっとフィルと顔を合わせなくちゃいけないっていうのに!)


転職か!? よその屋敷に就職活動しにいくか!?


(さすがにそれは……。ナディーヌ様に拾ってもらった恩を仇で返すわけには……)


その昔、経済難な孤児院にお金を入れようと昼夜問わず働きまくり、身体を壊して倒れてしまったことがあった。そのときに助けてくれて、その上私を雇ってくれたのがナディーヌ様だった。だから辞めるなんて到底できないし、したくはない。


(だけどこのままでいたら絶対にまずいわ! 瓶が十個割れてしまいかねない!)


私は考えに考え、そして、決心した。


「そうだ、出来るだけフィルに会わないようにしよう。そうしたら仕事のミスもしなくなる!」


そう、最低限、最低限にとどめよう!!


○○○


それからの私は怒涛の勢いでフィルを避けまくった。


ハンカチとハートキャンディーのお礼は彼の部屋の前に置いておいたし、仕事上会わざるを得ないときには出来る限り手早く終わらせることにした。


そのおかげでミス一つもせずに乗り切ることができた。


だけど、正直言おう。


(ちょっと辛いな……)


前に私の下で働いていた女性が、『恋人に会えなくてつらい。一秒でもいいから一緒にいたい』と狂ったように繰り返していたことがあった。


そのときは仕事に集中してくれよと呆れていたが、今なら分かる。


フィルの声が聴きたい。

フィルの笑顔がみたい。

いっそのこと冷たい目で睨まれても構わない。


出来ることなら……手を握りたい。


だけどそんなことをしたらフィルに嫌われてしまいかねないから、我慢、我慢。


(それに、週に一度はリリーで会えるからね! ああ、楽しみだなあ。魔法をかけるときに副作用がでなかったらもっといいんだけどね)


エマ様に変装魔法をかけてもらうとき、なぜか息ができなくなってしまう。しかしそれも一瞬の間。それさえ耐えられれば痛みはなくなりすっかり元通り。その後も特に不調もなく生活できる。


遠回しにエマ様に尋ねた限り、原因は魔法をかけてもらったときの副作用らしい。副作用は魔導士の実力に応じて強かったり弱かったりするとのことだ。


だから、エマ様には言っていない。魔法をかけてもらって、服までも貸してもらっているというのに、文句なんて言えるわけない。


(まあ、すこし我慢すればいいだけだしね。我慢我慢! それよりも、エマ様に今の私の状況って話しておかないといけないかな……。言った方がいいわよね。デートの行程も一緒に考えてもらっているわけだし……)


なんて思ったが、すぐにぶんぶんと首を振る。


(い、いや、止めておこう。エマ様のことだから、告白しなさいって言ってくるに決まっているわ)


自分の想いをフィルに伝えるなんて絶対にできない。確実にフィルも断るだろうし、そうなったら一生フィルと顔を合わせられなくなってしまうではないか。


私の幸せは、フィルの顔を見て、フィルが元気でいてくれるところを見守って、フィルが幸せになること。

もし他の人と結婚したとしても、それがフィルにとって最良の相手なら、……私は受け入れる。


(欲を言うと、一般会話くらいは出来るようになりたいけどね。まあそこは徐々に徐々に。フィルも優しいってことに気づけたから、タイミングを見ながら打ち解けるようにしましょう。そうね……。とりあえず、もう少しこの片思いに慣れないと)


顔を合わせるだけで逃げてしまう今では、一般会話どころか一緒の部屋にいることさえ叶わない。


(どうにかこうにか耐性がつくといいけど)


そんな考え事をしながらも、掃除の手を緩めることなく、屋敷の部屋一つ一つをピカピカにしていく。ミスもなく、遅くもない。完璧な仕事ぶりだ。


全ての部屋が終わると、私はほっと一息つく。


「よし、終わった終わった。順調ねえ。さて次はー」


どこをやろうかと考えていた、次の瞬間。


「セシリー!!!!!」

「? ナディーヌ様?」


にしては声が高く、幼い感じがする。


不審に思いながら声の方を向くと、ナディーヌ様がめそめそと泣きながら私に飛びついてきた。


小さな小さな子供の姿で。


「ああ……。幼児化なさっているんですね」


ナディーヌ様の行動は基本よく分からないが、暴れまわりたいときは動物の姿に、寂しいときや悲しいときは子供の姿になることが多い。


今日はどうやら悲しいことがあったようだ。泣いてるし。きっとそうだろう。

私は小さなナディーヌ様を抱きしめると、優しく頭を撫でてあげる。


「どうなさったんですか。誰かにいじめられましたか」

「いじめられてはいないけど、けど! フィルが! 料理が! 屋敷の空気が!!」

「……えっと、なんですって?」


フィルと料理の関係性は分かるが、屋敷の空気?


「窓でも開けて、換気でもしましょうか」

「そういう問題じゃないよ! フィルの機嫌が、なんかむちゃくちゃ悪いせいで、料理が劇物になっている上に、屋敷の空気がすさみまくっているの!」

「……はあ……」

「お願いだから! 二人とも! 仲良くして!!」

「……」


(あー、なるほど、お決まりのあれね)


私がフィルと喧嘩をしたとき、ナディーヌ様は不機嫌そうにこういうのだ。


『セシリーとフィルが喧嘩したせいでご飯がおいしくないよ! 仲直りしなさい!』、と。


勿論、フィルは私と喧嘩した程度で仕事を怠ける人ではない。現に、ナディーヌ様がそう言い張るときの料理は普通に美味しい。私だけではなく、他のコックやメイドが言っているから間違いない。


しかしナディーヌ様は『違うったら違う。美味しくないったら美味しくない!』なんていって皆を困惑させるのだ。


私達を仲直りさせるための口上か、それとも一流魔法使いナディーヌ様にしか分からない違いがあるのかは、私にも理解ができない。だから、そう訴えられても正直困るのだ。


 というか、そもそもナディーヌ様の言っていることには大きな間違いがある。


「ナディーヌ様。その、私達、喧嘩していませんよ」


フィルのことを避けまくっているので、言葉さえ交わしていないのだ。喧嘩なんかできるはずがない。


なのにナディーヌ様はわんわんと涙を流す。


「じゃあどうしてあんなにフィル怒っているの!? 怖いよあれ! 流血沙汰が起きてもおかしくないよ!」

「そんなに機嫌が悪いんですね。どうしたんでしょう、あまりいい食材が手に入らなかった、とか」

「いやいやそういうレベルじゃないんだって!!」

「……どちらにしても、喧嘩をしていない以上私がどうこうできる立場にはありませんよ。きっと時間が経てば元通りになるでしょうから、それまでお惣菜でも買っておきましょうか」

「……うう……。あれ、本当に戻るのかな? 戻らない気がするよ……」


いつもはポジティブなナディーヌ様だが、今回はいつにもまして気弱な発言が目立つ。


(そんなにフィルの機嫌が悪いのかしら? 本当にそうだったら他のメイドから話が来ているはずだけど……)


あの優男フィルが不機嫌になるなんて、屋敷の重大事件だ。

にもかかわらずメイドさんたちは全く騒がず、来月に控える灯ノ祭のことばかり話している。


(んー、ナディーヌ様の思い違いか、それとも心配しすぎかしら。だけど、ナディーヌ様占いのこともあるしなあ……)


そもそも私とフィルが付き合うようになったのは、絶対当たるナディーヌ様占いでフィルが大凶と占われてしまったことにある。


女性関係で揉めるとのことだったので、フィルが女性と付き合ってしまってトラブルに巻き込まれないよう代わりに付き合っているのだ。


今まではそれがうまくいっていた。フィルは浮気もせずリリーのことを一心に思ってくれているし、仕事もしっかりしてくれている。


だからナディーヌ様占いのことはうまく対処できたと思っていたが……。


(もしかしたら、私が知らないところで女性と揉めてしまったのかしら……)


……そうだったら、今現在フィルにナディーヌ様占い大凶の恐ろしさがふりかかっている、かもしれない。


(……ちょっと気にしてみようかな。リリーの時に、ね)


エマ様にも少し相談してみよう。何かいい案を出してくれるかもしれない。

心の中にメモをして、ひとまず仕事を再開することとした。


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