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デートが終わり、私、セシリーは足取り軽く屋敷兼自宅に帰っていた。
(今まで悩み相談なんて馬鹿にしちゃっていたけど、こんなに心が軽くなるものなのねえ)
フィルが聞き上手だったのもあって、前向きに物事を考えられるようになっていた。
(ミスしたものはしょうがない。これ以上やらかさないように気を付けるのは当然だけど、再発防止のために色々と考えないと)
まずは不安定なものを固定することからはじめようか。
いや、私一人だけでやっても意味がない。
まずはみんなに謝って、他の人からも案を出してもらおう。そうしたら私も気を付けられるし、みんなだって気をつけられる。
(とりあえず、謝罪の意味もこめてお菓子でも買っておこっと。今開いているお菓子屋さんは……ないから、朝いちばんに買い出しにいきましょう)
それなら朝は早く起きなくてはならない。もう寝てしまおうと廊下を歩いていると、キッチンの方の明かりがついているのが見えた。
(あれ? 何しているのかしら。フィル……じゃないわよね。さっきデートしたばかりだし)
明日の仕込みは終わっているので、今の時間にキッチンを使う用事はないはず。
(ナディーヌ様が夜食でもいただきたいとおっしゃったのかしら)
それなら手伝ってあげようと、キッチンの扉を開く。
開けた途端、砂糖の焦げた匂いがふんわりと香ってくる。お菓子でも作っているのかと厨房の方を除くと、ガス台の前にコック姿の男性が一人立っていた。後ろ姿だったが、私にはすぐに誰だか分かり、思わず声を上げる。
「コック長?」
フィルはびくりと肩を上げて振り返る。
「あー……。メイド長ですか。何の御用でしょうか」
「いえ、キッチンに誰かいたので覗いてみただけです。コック長こそ、何をしているんですか」
(さっきまで外に出てたのに、すぐにコック服に着替えたってこと……?)
私よりもフィルの方が早く帰っているのは理解できる。なんだって私はエマ様のお屋敷にいって、変装魔法を解いてもらい、服を返し、その日のデート内容を伝え、次のデートの作戦を一緒に考えているのだ。当然ながらそれなりに時間はかかる。
とはいえ、外出後コック服へ着替えてキッチンに行くなんて、フィルもおかしな行動をしている。
翌日にイベントがあって、その用意をしなくてはならないなら話は分かるが、そんな予定は入っていないはずだ。
純粋な疑問を胸に尋ねると、フィルは一瞬気まずそうに目を泳がせる。しかし、すぐに無表情になって、私に手のひらサイズの半透明な袋を渡す。
「これ、知り合いからもらったので、メイドさんたちでお食べください」
「あら……。ハートキャンディー?」
袋の中には小さな赤いキャンディーがたくさん入っていた。灯ノ祭限定なのか、どれも灯ノ花をかたどっていて可愛らしい。だけど、やはり疑問は残る。
「ありがとうございます。……えっと、これは市販品ですよね」
「見ての通りそうです。逆にどうして私が作ったと思いになったんですか」
異様に冷たい声を出して煽ってくるが、それには応じず首を傾げる。
「ですけど、焦げた砂糖の香りがしますよ。何か作っていたのではありませんか?」
「……そんなこと詮索しないでいただきたい」
彼は後ろめたそうにぷいとそっぽを向く。
(この様子だと、ナディーヌ様に頼まれごとをされたわけではないみたいね)
……ということは、自分用にお菓子を作っていたのだろうか。
「……まさか、屋敷の食材を使って自分用のお菓子でも作っていたんですか」
おそらく違うだろうがそうふっかけてみると、予想通り彼は嫌そうな表情になる。
「そんなことする人間だと思われるのは癪ですね。しっかりと自費で購入した砂糖を使っています」
「やはり砂糖を使って料理しているんですね。何を作っているんですか」
フィルがいる場所に近づき、ガス台を確認しようとする。が、フィルは私の視界を遮るように場所をかえる。
「だから、詮索しないでください。何をしようと私の勝手ですよね」
「そうはいきません。何を作ったかどうかで汚れ具合や掃除の仕方も変わりますし」
「掃除は私がしておきます。跡が残らないようにしますので、ほっておいてください」
仕事をたてに聞き出そうとするが、絶対に譲らないとばかりに拒否されてしまう。
(え、そこまで嫌がるの? ……一体何を作っているのかしら。もしかして、社会一般的にまずいものをつくっている、とか……?)
ありえないことだとは分かっているが、どうにも気になってしまう。
「いいじゃないですか、見せてください」
私はついつい手を伸ばす。
「ああ、ちょっ、」
フィルは私の手を掴もうとして、寸前のところで固まる。
(あら、どうしたのかしら? ……まあいいわ。この隙に!)
少々強引にガス台を覗き込む。すると、そこには……。
「……なんですか、これ」
ガス台の上には、薄い赤色の何かがくっついていた。ガス台よりもひどい惨状になっていたのはガス台隣にあるワークトップだ。そこに置いてあるフライパンを中心に、飛び散っている。
あまりの惨状にぽかんとしていると、ふんわりと鼻に甘い砂糖の香りがただよってきた。
(砂糖の香り……。それに、赤い色……)
「もしかして、これ、ハートキャンディー?」
「……そうですよ」
彼はぶっきらぼうに答える。
「そろそろ灯ノ祭だから、……孤児院の子にでも振る舞おうとおもったんです。ですけど型に収めるのに失敗してしまって、こぼしてしまったんです」
「孤児院の子に?」
(へえ、珍しい。フィルったら孤児院には寄り付かないのに)
私とフィルがお世話になった孤児院は、屋敷からバスを使って一時間の場所にある。
昔よりは経営状況もよくなり、孤児たちが食いっぱぐれることもなくなったが、それでもギリギリのラインで成り立っている。
だから私は少しでも手伝おうと、子どもたちの面倒をみたり、施設の備品を修理したり、時にはお金を寄付したりしている。
しかしフィルはあまり孤児院には行かず、お金だけ寄付している。どうやら子供が好きではないから行きたくないそうだ。お金だけ寄付してくれて助かるけど、たまには顔を出してほしいと、施設長が愚痴っているのをよく耳にする。
そんなフィルがハートキャンディをわざわざ作るなんて……。
(なーんか変ね。恋人にあげるためだったりして。あ、でもそれはそれで違うわね。リリーとデートするのは一週間後だし……)
さすがに夏のこの季節にキャンディーを放置していたら、置く場所にもよるだろうが溶けてしまうリスクが高い。冷蔵庫にいれとけば何とかなるが、うちの冷蔵庫は常にパンパンだ。個人的なものを入れるスペースなんてない。
フィルが食べたいから作ったものかとも考えたが、それも違うだろう。だってフィルはハートキャンディーが好きではないのだから。
(うーん。じゃあ、なんでかしら……?)
疑惑の眼差しを向けていると、フィルは控えめに肩をすくめる。
「慣れないことをしているのは私だって分かっています。……だから失敗してしまいましたし」
彼はちらりとフライパンに視線を送る。つられてそちらをみると、中にはいびつな形のキャンディーがコロコロと転がっていた。話の状況からするとフィルが失敗してしまったのだろうが、私には意外に思えて仕方ない。
(あのフィルが料理で失敗するなんて。本当に苦手なのねえ)
そんなふうに思っていると、フィルはフライパンをゴミ箱に持っていき、フライパンを傾けようとした。
「あ、ちょっとコック長! 何をしているんですか!」
慌てて止めて、フライパンを奪い取る。
「何するんですか」
「それはこっちの台詞です! 捨てるなんてもったいない!」
「こんな失敗作、子どもたちにあげるわけにはいきませんからね。だから捨てさせてください。フライパンを洗わなくてはなりませんし」
「捨てるくらいなら、私がもらいます!」
どーだこーだと言われる前に、飴を口の中に放り込んだ。
「あっ、ちょっ!」
飴の形がトゲトゲしてしまっているから、優しく舌で転がす。すると素朴な甘さが口に広がって、心がほっこりして、自然と微笑みを浮かべる。
「うん、ちょっとチクチクするけど美味しい……。これ、全部もらっていいですよね? さすがに子供たちにあげるのは危ないですし」
「……」
「……? コック長?」
どうせ捨てるならばと思って尋ねるが、どうしてだか、フィルは私をじっと見つめて動かない。彼の目の前で手をぶんぶんと振ってみせると、ぱちぱちと瞬きをした後、さっと視線をそらす。
「……お好きにどうぞ」
それだけ言うと、彼は逃げるように去っていった。
「どうしたのかしら?」
去り際のフィルの顔は少し赤くなっていた気がしたが……。熱でも出たのだろうか?
「……というか、ここの掃除はどうするつもりなのよ」
飴がこびりついたキッチンにて、私は呆然と立ち尽くした。




