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 リリーちゃんは不思議な子だ。


 絶世の美女だというのに、言うことは所帯じみている。ナディーヌ様やエマ様のように価値観が全く違うわけでもなく、ごくごく普通の女の子だ。さっきまでリリーちゃんが話してくれた悩み事だって、働きに出ている大人が抱えていそうな事柄だった。


 かと思ったら、僕の事が知りたいといって質問に質問を重ねてきて、何ともないような答えでも嬉しそうに微笑む。


 僕が今までに会ったことがない、不思議で、だけど暖かい気持ちになれる子だ。


(素性も知らない美人と付き合っているだなんて、セシリーにばれたらグチグチ言ってきそうだけどね)


 その絵が容易に思い浮かぶ。


 そんなことを想っていると、リリーちゃんは首を傾げてじっと僕を見つめていた。


「……? どうかしたの」

「……いえ、フィルさんこそ、何か考え事でもしていました? 心ここにあらずって感じでしたが」

「あ、ああ。ごめんごめん」


 女性とデート中に他の女性のことを考えるのはマナー違反だ。嘘をつくのはあまり好きではないがやむを得ず、目の前で設営している祭りの方を向く。


「ほら、灯ノ祭のメインステージができそうだったからさ、そっち見ちゃってた。ごめんね」

「メインステージ……。ああ、灯ノ祭のとき子供たちにハートキャンディーを配る場所ですね。懐かしいなあ」


 ぼんやり眺めた後、リリーちゃんは「また質問よろしいですか」と尋ねてきた。承諾すると、彼女は不思議そうに質問をする。


「フィルさんって、確かハートキャンディーがお嫌いと話していましたよね」

「うん、そうだね。あまり好きじゃないよ」

「それって、味が嫌いだからなんですか」

「いや、味は別に嫌いじゃないよ。むしろ好きかな。甘くておいしいしね」

「へ? では色とか?」

「いやいや、宝石みたいで綺麗な色だし、別に嫌いじゃないよ」

「……そうですか」


 それならどうして嫌いなのだろうかと、そんな疑問が顔に出ている。


 話してあげたいのはやまやまだけど……。


(男を下げるようなことは出来る限り言いたくないんだよね……)


 ハートキャンディーが嫌いになった理由。

 それは、僕があまりに稚拙なせいでおきてしまった、些細な喧嘩のせいだった。


 些細すぎて笑い飛ばしてしまいそうになるくらい子供っぽい話。

 

 だけど、僕とセシリーはそのせいでこんなに高い壁を築くようになってしまったのだ。


(……あれは、いくつのころだったかな)


 それはまだ僕とセシリーが小さかったころ。

 彼女の手を引っ張って参加した、灯ノ祭の数日後のできごとだった。


 その頃、セシリーと僕はずいぶん仲良くしていた。たまたま年齢や施設に預けられた時期が近く、セシリーも面倒見がよかったので、僕はすぐになついた。

 そんなある日、僕とセシリーは祭に出かけた。向かう先はもちろん、ハートキャンディーを渡してくれるステージのところだ。そのときは苦手意識もなかったので素直に飴を受け取って、素直においしいと喜んだのだろう。


 だけどいまいち味の記憶はない。


僕の心に残っているのは、今まで見たこともないくらい大はしゃぎでキャンディーをほおばる、セシリーの姿だった。


お祭りに行く前は外に出たくないと嫌がっていて、僕が無理やりひっぱりだしてからもずっと無言だったので、おそらく不機嫌なままお祭りに参加させてしまったのだろう。


 そんなセシリーでも、キャンディーをなめると一変して喜び、「フィルのおかげでこんなにおいしいものが食べられた! ありがとう!」とお礼までいったのだ。


 それが、この当時の僕にとっては悔しかった。

 なぜなら、彼女を笑顔にさせたのはキャンディーであって、僕ではなかったから。


 セシリーは僕の手で笑顔にさせたい。

 

 そんな風に思った僕は、お祭りから何日かたったある日、セシリーが買い出しに行っている合間にハートキャンディーをつくってみた。

 レシピだけは孤児院に寄付された本で知っていたが、初めての料理ゆえ勝手が全く分からない。

 それでも彼女の笑顔をみたいと手探りで料理をはじめた。


 不揃いであったが自分としては頑張ったと胸を張れる飴を作り、帰ってきたセシリーに渡した。

 その瞬間、セシリーは喜ぶどころか、さっと表情を変えて怒鳴ってきたのだ。


 「どうしてこんなことをしたの」「誰にも言わずに作るなんてっ!」


 怒鳴られたショックで僕も逆切れしてしまい、「もうセシリーなんかとは喋らない!」と、「セシリーなんか大嫌いだ」と言い放ってしまった。

 向こうも向こうで、「私だってあんたと喋らないし口もきかない。あんたなんか、施設に来た時から嫌いだった」と返してきたものだから、ショックを受けて大泣きしたものだ、


 そこからは毎日彼女と喧嘩をしてしまっている。

 本当はセシリーと仲直りしたかった。さっさと謝って、いつものようにたくさん遊びたかった。


それでも謝れなかった。

 自分の好意を受け取ってくれない怒りと、……自分を見捨ててしまうのかもしれない恐怖を感じてしまった。

 仲直りしたいといって、拒否されるのが怖かった。 


 そんな甘ったれた、子どもっぽい理由から仲直りの言葉を言えず、彼女を傷つける言葉をぶつけてしまった。


 セシリーの怒った本当の理由を――小さな子供が火を使うなんて危ないことで、そもそも食うものにも困る孤児院で大量の砂糖を使うなんてあってはならないこと――を知ったときにはもう遅かった。

 

 互いに自分の感情をぶつけ合いすぎて、僕と彼女の間にはどうあがいても乗り越えられない壁がたってしまったのだ。


(本当に、あのときの自分は馬鹿だった。……そんな自己嫌悪を食べ物にぶつける今の自分も、大バカ者だけど)


 飴が悪いのではなく、僕が悪いのだとは分かっている。 

 だけど、どうしてもハートキャンディを作ろうとすると手が止まってしまう。

 あの頃に戻れたらと願ってしまう。


 だから、ハートキャンディーはどうも苦手なまま今に至っている。


(……そんな話、リリーちゃんにはできないよね……)


 結局、「作るのがあまり好きじゃないんだ」といって茶を濁す。その嘘がばれることはなく、リリーちゃんは「そういう嫌いもあるんですねえ」と信じきってくれる。


「それでは次の質問ですね! もしも気になっている人に好きな人がいるって分かったら、どうしますか?」

「そのときは諦めるよ。その人が幸せになってくれるのが一番だからね」

「さすがフィルさんですね。百点の回答です」

「そうかな? その人に好きだと思ってもらえなかった時点で、僕の負けだからね」


 昔付き合っていた彼女も、そういった理由で別れて、今やその彼と結婚しただなんて話も耳にする。しかし彼女の幸せに祝福することこそあれど、嫉妬だのなんだのといった醜い感情は抱いたことがない

 

「……僕の場合だと、その人に恋をしていないから割り切れるだけかもしれないけど」


 ……その可能性は高い。非常に高い。


 しかしリリーちゃんは全く陰のない笑みで返す。


「友達だと思っている人だとしても、嫉妬しちゃうこともありますから、どちらにしてもフィルさんはさっぱりしていて男らしい性格だってことですよ」

「ふふっ、そんなこと今まで誰にも言われたことないよ」


 僕はついついくすりと笑う。


(やっぱり、リリーちゃんはおもしろい子だな)


その後ものんびりと質疑応答を繰りかえす。どこにも行かずただ公園のベンチに座って話しているだけだったけど、それでも、楽しいと感じられることができた。


 だから、デートが終わって職場兼自宅にかえるとき、ふと、僕はある思いつきを実行することができた。


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