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 僕ことフィルが廊下を歩いていると、屋敷のメイドたちは小さい声で囁き合う。


 最近、メイド長の様子がおかしい。

 

 ほぼほぼ週七で働いていた彼女が、週一で半休をとっている。


 何をしているのかと尋ねてみても、笑ってごまかされる。

 まさかあのメイド長が裏でまずいことでもしているのか。そういえば最近エマ様と一緒にいるところをよく見るが、魔法か何かの実験でもしているのか、それともエマ様の屋敷に転職しようとしているのかと。


 普段は気にもとめないメイドたちの噂話だったが、ついつい耳を傾けてしまう。

 しかし原因と思わしきことは一つも知らないらしく、憶測が憶測を呼んでいるだけのようだ。

 

 僕は思わず手を握りしめる。


(……何をしているんだ、セシリーは)


 メイドたちの話す通り、最近のセシリーはおかしすぎる。

 手早く仕事を終わらせたかと思いきや、魂でも抜けているかのようにぼうっとしてしまっているのだ。

 あまりにおかしな態度だったのでナディーヌ様に頼んで検診のようなものをこっそりやってもらったが、『体の異常はそんなにない感じかな? 多分』といっていたので、病気ではない。

 それなら何かしら悩んでいることでもあるのかもしれないが、仕事でのトラブルは今のところない。


 おそらく原因は私生活にある。大概女性がこう不安定になるときは恋煩いの場合が多いものの、セシリーに限ってそれはないだろう。


 濃い意外だとすると、お金の問題か、はたまた屋敷以外での友人関係が問題か。


(どちらにしても、僕には何も相談してこないだろうけど)


 僕に相談するくらいなら他のメイドに話をするだろう。一緒にいた年数こそ自分の方が上だが、セシリーから嫌われてしまっている自分が彼女と話せるはずがない。

  

「……はあ」

 

 僕に何もできることはなく、深々とため息をつく。とにかく仕事をしなくてはとキッチン方向へと行くと、ある女の子がキョロキョロとあたりを見渡しながら歩いていた。


 少女は私に気が付くと、顔をぱあっと明るくさせてぶんぶん手を振る。


「フィル様! こんにちは!」

「いらっしゃいませ、エマ様。ご主人様のお部屋でしたらあちらにございます」


 ナディーヌ様がいらっしゃるであろう部屋の方向を手のひらで示すも、エマ様は申し訳なさそうに眉を曲げる。


「あっ、今日はお姉さまへの用事ではありません。セシリー様とお話ししたいことがありまして……」

「メイド長ですか? 清掃中だと思いますが、他のメイドに聞いて探させましょうか」

「いえいえ! そこまでしていただかなくても大丈夫です! それならセシリー様が休憩される時間まで待つこととします」

「分かりました。それでは客室へご案内しましょう」


 彼女を連れて、同じ階にある客室へと向かう。


 道中、少し悩むも、エマ様に質問をする。


「あの、エマ様。純粋な好奇心からお聞きしますが、メイド長にどのような御用件でしょうか」

「えーっと、そうですねえ。秘密の作戦、とかですかね?」


 エマ様は含み笑いをしながら答える。

 

「……そうですか」


 きっと、セシリーの不調と関係があるのだろう。だがそれを僕に伝える気は全くないようだ。


(……別にいいさ。セシリーと僕は他人のようなものなのだから)


 それで納得すればいいのに。


 ……吐き気がするほど、気分が悪くなる。


 黙ったまま進む僕。いつもかぶっている愛想という仮面はうまくつけられていないが、エマ様は気付いていないらしい、臆することなく僕に話しかける。


「ところでフィル様。フィル様って実際のところ、セシリー様のことをどうお考えなんですか?」

「……」


 どうしてここでセシリーの話を続けるのか……。

 

「特に。同じ仕事仲間として接しているだけです」


 もうこの話は止めにしてほしいというオーラを出すが、さすがは魔法使いというべきか、ナディーヌ様の弟子というべきか、これまた察する様子もなく質問を重ねる。


「でも、お二人って幼馴染なんですよね。お姉さまも二人はすごい仲良しだっておっしゃっておりますし」

「ナディーヌ様は誤解をされているんですよ。メイド長と私は幼馴染ですが、もう仲良くはありません。さて、」


 客室の前にたどり着いたので、扉を開いてにっこりと微笑む。


「どうぞ中でお待ちください。メイド長には私から伝えておきます」

「分かりました! ありがとうございますね」


 呑気に礼をいって、エマ様は部屋に入る。客室から離れ、僕は深くため息をつく。


(魔法使いと話すのは、小さな子でも中々大変だ)


 エマ様は性格の悪い子ではない。純粋無垢、どんな神官よりも巫女よりも清らかな心を持っていると断言できる。


 だけど、触れてほしくない話題を悪気なく突っついてくる。だから僕は苦手意識をもっている。


(そういえば、ナディーヌ様は『セシリーのことをどう思っているか』なんて質問はしたことなかったな)


 ふと、そんなことを思い出す。

 いつだってナディーヌ様は『フィルとセシリーは好きあっている』の一点張りだ。


(……そんなわけないのにな……)


 僕が本当に小さい頃は、よく二人で遊んでいた。どちらかというと遊んでもらっていた、の方が正しいかもしれない。彼女がどこへ行くとしても絶対一緒にいたし、他の子と遊んでいるときなんかは子供ながらに嫉妬して怒ってしまっていた。

 

 そんな僕らが仲違いをしたきっかけは、ほんの些細な事だった。

 子供の喧嘩と鼻で笑ってしまうほどに小さな小さなひずみが、ここまで大きな亀裂になってしまっている。


(……あのときから、ハートキャンディーが苦手になったんだよな)


 焦げて苦くなって、形もいびつなハートキャンディー。

 それを、僕は……。


 うっかりつらい記憶を思い出しかけるが、幸か不幸か、あの日のことを思い出すその前に。


 ガシャンと、ガラスが割れる音が屋敷に響いた。

 驚いて思わず足を止める。


(なんだ?)

 

 音の出所はここら辺ではない。もう少し遠くから聞こえてきた。あまりの騒音に、客室に入っていたエマ様も廊下に飛び出してきた。


「どうしましたか!? 今、すごい音が聞こえてきましたがっ!?」


 眼を真ん丸にさせてこちらを見つめてくる。


「私にも分かりません。とりあえず音の出所を探してみます。エマ様はお部屋で」


 僕の言葉を遮るように、誰かが慌ただしく階段を踏み鳴らす音が聞こえる。はっとしてそちらを向くと、新人メイドが息を切らして階段を上ってきた。


 僕の姿を見ると、強張っていた表情が一瞬ゆるむ、が、すぐに縋るように僕に訴えた。


「フィル様! 早くいらしてください。び、瓶が、割れてしまって」

「もしかして、国王陛下からいただいた瓶?」


 この屋敷の大きい瓶といったら、それしかない。

 悪い予感は的中してしまったようで、彼女はこくりと頷く。


「あー……。とりあえずメイド長を探してきて報告しようか。瓶の処理は僕がするから」


 欠片さえ全てあれば何らかの形で直せるだろう。お叱り云々はメイド長に任せて、欠片拾いだけでもしてあげよう。


 怪我しないようにキッチンから厚めの手袋を持ってこようと考えていると、新人メイドちゃんはぶんぶんと首を横に振る。


「いえ、セシリーメイド長はご存知ですっ。その、えっと、」


 彼女は言いづらそうに言葉を続けた。


「瓶を割ってしまったのは、セシリーメイド長なんです」

「……へ? セシリーが?」

「はい、私のご指導に夢中で気づかなかったみたいでして。それでメイド長、動揺しちゃって素手で欠片を拾ってて、いくら止めてもやめてくれなくて……だから、フィル様に止めていただきたくてっ」

「……っ」

 

 気が付いたら、僕は走っていた。


 階段を滑るようにかけ下がり、瓶が置いてあった場所にいく。

 そこに、セシリーがいた。


「セシリーっ!」


 彼女ははっとなって僕を見上げる。


「ふぃ、フィル?」

「何をしているんですかっ」

「……よそ見をしてしまって、それで割ってしまいまして……。で、ですけど、大きい欠片は集めておきますから」


 セシリーは迷いもなく欠片に手を伸ばしたものだから、思わず叫ぶ。


「動かないで!」


 ぴたりと、セシリーの身体が硬直する。

 

「……そのまま、絶対に動かないで」


 欠片の合間を通り、セシリーのすぐそばまで近づく。

 彼女は怯えたような不安そうな表情で僕を見上げる。


 それに構わうことなく、僕は彼女の手を取る。


 思った通り、指には切り傷ができてしまっている。


「セシリーメイド長」


 思ったよりも冷めたい声をだしてしまった。彼女もびくりと体を震わせる。

 だが、謝る気はない。


「ガラス製品が割れてしまったときは、手袋か何かをはめてから欠片を集める。それが常識のはずですよね」

「そう、ですけど……」

「自分のミスに焦って判断を誤るなんて、メイド長として失格ですよ」

「……おっしゃるとおりです」


 視線をそらす彼女をしり目に、じっくりと手を見つめる。傷は一か所しかできていないようだが、案外深く切ってしまっている。血が手をつたっていき、こぼれ落ちそうだ。


(ばんそうこう……その前に応急手当だな)


 ポケットに入れていたハンカチで傷口をおおい、固く縛り止血をする。


「瓶のかけらは私が集めておきます。あなたはどこかで心を落ち着かせてください。あとはこちらでやりますから」

「そ、そんなわけにはっ」

「少しは言う通りにしてください。今あなたに動かれても邪魔なだけです」


(あっ、また言いすぎた)


 自分の失言に気づいたときには遅く、セシリーは泣き出しそうな顔になってしまった。


 そこでフォローの一つでも入れればいいのだが、……どうも言葉が出てこない。


「……ともかく、休んでいてください」


 苦し紛れに発した一言も、結局は冷たいものには変わらなかった。 

 セシリーは堪えるように唇をかみしめて、「……すみません、分かりました」と呟いて立ち上がる。花瓶の破片が飛び散っていない場所を通ると、もう一度頭を下げて逃げるように去っていった。


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