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(一体なんなのよ! 恋愛感情もない女性にあ、あ、あんなことを!!)


 ここはナディーヌ様のお屋敷。

 メイド長セシリーに戻った私は、前日のことでカンカンに怒っていた。


(キスはないわよキスは!?)


 怒りに任せて郵便物の仕分けを行う。ナディーヌ様の立場上、かなり重要な書類も含まれているので丁寧かつスピーディーに仕事をこなし続ける。


 しかしいくら仕事に打ち込んでも、他のメイドたちが「セシリー様、どうなさったんでしょう」「気でも狂ったのかしら」「それにしても手紙が自分で動いているかのように処理されていくわ」なんてこそこそ言われてしまっていても、頭の中にはフィルのことで一杯になっていた。


(本当にもう何?! 何なの!? い、いきなりキ、キ、キ……! え、ええい! もう考えるのはよしましょう!! 他のことを、他のことを考えるのよセシリー!!)


 すると努力の甲斐もあり、別の記憶が蘇ってくる。公園のベンチでフィルと一緒に晩御飯を食べたときの思い出だ。


(そう! こういうのよこういうの! おいしかったわよねえ、あのサンドイッチ!!)


 思い出の中のフィルも美味しそうに食べながら、私に微笑む。


 『間接キスになるね』と。


(ぎゃー!!!! よりによってその記憶!!??)


 どんだけキスが衝撃だったのよ!!!


 赤くなったり青くなったりを繰り返しながら懸命に郵便物を整理する。そのせいだろうか、全てを整理尽くしたときにはぐったりとしてしまった。


「つ、疲れた……。今は何時かしら」


 時計の針は13時すこし前を指し示していた。


(お昼ご飯食べ損ねたわね……。つまめるものがあったらつまんで、なかったら食器だけでも洗いましょうか。その後はナディーヌ様のお部屋を掃除させてもらって、お手洗いの掃除もしておかなくちゃ)


 仕事に熱中していたおかげか、先ほどのように雑念に囚われることはなくなった。やっぱり自分は根っからの仕事人間らしい。


(そうそう。フィルのことを考えるのは、エマ様と作戦を考えているときとリリーのときだけ。それ以外はいつも通りに、いつも通りに)


 自分に言い聞かせるように廊下を歩いていたが、その足が、止まってしまった。


(私がやっと集中できそうだってときに、どうして来るのよ……!)


 タイミング悪く登場してきたのは、私の幼馴染かつ恋人(?)、フィルコック長だった。


 今日の調理は大変だったのか、コック服には油が飛んでしまっている。そんな汚れすらも仕事しているイケメンっぷりを際立たせている。


(デートの時の優しそうなフィルも好きだけど、今のフィルもかっこいい……って何考えているのよ私!)


 頭の中はもうパニックになっていた。

 絡まれた手のぬくもりや、触れられた唇の感触がありありと蘇ってきて、身体が熱くなる。


 耐えられなくなって視線をそらしてしまっていたそのとき、フィルは口を開く。


「昼も食べないでふらふら出歩いて、何しているんですか? もしかして、時間間隔でも狂っていらっしゃいます?」


 火照っていた体が、冷や水にかけられたように凍り付いた。


「別に僕としてはあなたが昼を抜こうが抜かまいがどうでもいいですけどね。食事をとらないで仕事が遅くなってしまったらこちらに負担がかかりますから」


 リリーのときには蕩けるような笑顔を見せてくれたのに、今の彼は冷たい目で私を睨む。


 ……私はきっと、無意識に信じてしまっていたのだ。

 リリーのときに与えてくれた優しさを、セシリーの私にも見せてくれるものだと。


 そんなわけないと分かっていたはずなのに。


「……あなたには関係ないです。ほっておいてください」

「そうですね。では、お好きなように」


 ひどく冷たく言い放ち、彼は去っていく。


「……」


 私はふらふらと、彼が行っていない方向へと足を進める。

 歩いて、歩いて、歩いて。


 気が付いたら、屋敷内にある自室に戻っていた。


(……お昼は……食べる気力がないわね……)


 私は力なくベッドに腰を下ろして、深くため息をつく。


「何やっているのかしらね、私」


 私の当初の目的は、フィルが女性関係で揉めないように、自分が防波堤になることだ。

 決して、セシリーたる自分とフィルが仲直りするためではない。

 ないというのに……。


 頭の中に浮かぶのは、まっすぐ私を見つめながら言ってくれた言葉。


 『君が可愛い』


 キスよりも、花のプレゼントよりも、ごはんをおごってくれるよりも、私の心を苛む。

 変装してから、誰かが私を褒めるときはいつも容姿のことばかりだった。


 そんな中で、彼は唯一中身を褒めてくれた。

 それが嬉しくて嬉しくて、堪らなかったのだ。


 ふと、視界に黄色の灯ノ花が揺らめく。


(……花の水、換えてあげないと)


 私は起き上がって、ベッド近くに置いていた花瓶を手に持った。中に入っているのはフィルからもらった黄色の灯ノ花と、もう一本、つぼみのままの灯ノ花だった。


 フィルから灯ノ花をもらった後、あともう一本摘み取れることに気づいたので、つぼみの灯ノ花を持って帰ることにしたのだ。茎の部分に直接触らなければ花は咲かないらしく、この花にも茎の部分に半紙が巻き付けてある。


 あのときは『リリーちゃんも触ってみたらどう?』と勧められたが、それよりもフィルが恋を自覚したときの確認用に残しておきたいと思って、このままにしておいている。


(私が灯ノ花に触れたらどんな色になるのかな)


 苦しいと心が叫ぶ今だったら、もしかしたら悪い結果になっていたかもしれない。


 はらりと、黄色の花びらは舞い落ちる。床に触れると、まるで存在していなかったかのように消え去った。魔法の力で出来ているから、花本体と離れてしまうと消えてしまうらしい。それを聞いた時には掃除が楽だと思ったが、今にして思うとはかないものだ。


 消えてしまった花弁をぼんやりと眺めながら、私は静かに項垂れた。

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