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 すでに日も落ちていて、空は薄紫に染まっていた。街灯が照らす道を進んでいくと、色鮮やかな花畑が見えてきた。


 暗い夜の中、花々はぼんやりとした明かりに照らされて幻想的な世界をつくりだしている。いくつもあるレンガづくりの花壇には色とりどりの花が咲き誇り、人々の目を楽しませる。


 普段の私なら、綺麗だのなんだのといってうっとりしていたことだろう。


 しかし満身創痍な私にとって、花を見ている余裕なんてなかった。


 フィルと手をつないでいるということに気をとられて、彼が話しかけてくれるというのに適当に返事を返してしまっている。


「綺麗だね。こんな沢山の種類があるのにいい香りがしている」

「……ソウデスネ」


「ここのお花畑は見る以外にも、お金を払えば一人一輪だけ花を持ち帰れるんだ。記念に摘んでいこうか」

「……ソウデスネ」


「リリーちゃんって、何色の花が好き? 僕は赤かなあ」

「……ソウデスネ」


「……ねえリリーちゃん。キスしてもいい?」

「……ソウデ……はっ!」


 爆弾級の発言が飛び出した気がして、私はようやく目を覚ます。


「何!? なんですか!?」  

「よかった正気に戻った。花畑についたよ。綺麗だねえ」


「あっ、ついたってことはもう手を離していいってことですよね!?」

「うーん、僕はもう少し握っていたいけど。リリーちゃんがどうしてもというなら」


「どうしても離してくださいっ」

「ちぇえ」


 手を離してくれると、速攻でフィルと距離をとった。


 それでも手に温もりが残っている気がして、居心地が悪い。

 ……いや、悪くはない。悪くはない、けど、なんだか、その。


(なんだろう、これ以上考えると泥沼にはまりそうだわ!) 


 そんな予感がしたので、慌てて話を変える。


「ええっと! なんでしたっけ!? 花を持ち帰れるんでしたっけ!?」

「耳には入っていたんだね。さてさて、リリーちゃんは何のお花が好き?」

「お、お花ですか。えーっと、」


 何でもいいから花の名前を思い出そうとするも、焦っているせいかどうにも頭に浮かばない。


(うう、仕方ないわ。咲いている花で良さそうなものにしましょう)


 必死に花壇を見つめていると、ふと、ある花が気になった。

 他の花は満開に咲いているというのに、その花だけは茎だけの状態で生えてあったのだ。それなのに他の花々よりも丁寧にライトアップされていて、明らかに特別扱いされていた。


「これって、なんのお花ですか?」

「名前を聞いたらすぐ気づくと思う。灯ノ花だよ」


 名前を聞くと、すぐにピンときた。


「ああ、灯ノ花のつぼみなんですか」


 我が国の夏の恒例行事<灯ノ祭>。この祭りは、国を守ったとされる伝説上の精霊『トモシビ』を讃えるため開催されている。 

 灯ノ花は、その精霊が眠りにつくときに宿ったとされている花だ。学術的には魔力が込もっている魔法草として知られているが、一般的には、おとぎ話『灯ノ物語』の影響で、恋の花として知られている。


 『灯ノ物語』とは、この国に伝わる建国の物語だ。

 内容はいたって簡単。王子様と奴隷の女の子が出会い、葛藤を繰り返し、ついには結婚するという、建国物語にも関わらずテンプレな恋愛話となっている。


 その物語に登場するのが、灯ノ花だ。

 物語の中盤あたりで、王子様と奴隷の女の子は様々な人に嘘を吹き込まれて相互不信になってしまう。


 しかしそのとき、伝説上の精霊『トモシビ』が二人に『灯ノ花』を渡す。「これは人の心を映し出す花。君たちが本当に愛し合っているのならば、赤い花を咲かせることができるでしょう」と。


 二人が花に触れた瞬間、『灯ノ花』は赤い花を咲かせた。お互いの本心を知ることができた二人はとうとう両想いになることができた。


 ……みたいな話だったはず。


 精霊『トモシビ』や王子様と奴隷の女の子が実在していたかどうかは微妙だが、『灯ノ花』は今でも生息している。そしてなんと、おとぎ話の通りに、茎を触った人の想いを映し出して花を咲かせるのだ。


 ……なぜか、恋愛関係の想いしか映し出してはくれないが。


「えっと、花を持つと誰かの姿が頭によぎるんですよね。その人のことを自分がどう思っているのかによって、花の色が変わるんでしたっけ」


 うろ覚えで尋ねると、フィルはうんうんと頷いてくれる。


「そうそう。浮かんだ人が好きな人だと思えたなら、赤い花を咲かせる。友達としか思えなかったら黄色い花。恋も友情も感じていないけど信頼している仲間だと思っているなら青の花、嫌いな人だと思っていたら緑の花、だね」

「人の心を映すなんて、魔法ってすごいですよね。私は魔法使いではありませんから、少しあこがれてしまいます」

「……僕は、すごいというより少し怖いかな」


 彼は屈んでおもむろに『灯ノ花』を摘んで、茎をしっかりと持つ。。


「見せたくなかった自分の気持ちがバレてしまって、認めたくなかった自分の気持ちが分かってしまうからね。……ほら」


 『灯ノ花』は私に、フィルに示す。

 彼自身の気持ちを。

 花は輝く。まんまるな月のような、一片の混じりっ気もない純粋な黄色の光に。

 

 しかし、私はそちらよりも彼の様子の方が気になってしまった。


 彼はひどく寂しそうに微笑んでいた。

 まるで、迷子になっている子供の様に。


 それがあまりに痛々しくみえてしまって。


「……心配しなくても大丈夫ですよ、フィルさん」


 私は手を伸ばして、彼の頭をそっとなでる。


「私も初デートでテンパってしまって、あなたを好きにさせようって頑張れませんでしたし。フィルさんが悪かったって思うことはありません。それに、友達だって、認めてくれたってことですし。私は嬉しいです」


 黄色の花をもらい、私は微笑む。


「この花、頂いても大丈夫ですか。記念にしたいです」

 

 『灯ノ物語』には、こう書かれていた。

 「赤い『灯ノ花』は、この世のものとは思えないほど美しかった。王子と少女は涙を流してしまうほど感動してしまった」と。


 だけど、


「私は黄色の『灯ノ花』も、すごく綺麗だと思います」


 そう答えると、フィルは一瞬黙る。


「……? どうしましたか?」


 尋ねると、彼はふんわりと微笑む。


「ありがとう、リリーちゃん。元気がわいてきたよ」


 その言葉通り、彼の表情は明るくなっていた。


(よかった……)


 彼が恋を教えることは、私には難しいであろう。

 だけど、私といてくれて楽しいと思ってくれれば、それがきっかけで恋を知ることができたのならば。


 姉として、こんなにうれしいことはない。


「それでは、そろそろ帰らなくてはならない時間になってしまいましたね」

「ああ、そうだね。それじゃあ、帰ろうか」


 私達は帰路につく。その間フィルは手こそ繋いでこなかったものの、私達の間には壁も何もないと感じることができた。


 一緒に話していて楽しくて、安心できて。

 この時間がずっと続いてほしいと願ってしまう。


(きっと、私はフィルとこういう関係を築きたかったんだろうな)


 しみじみと感じながら、公園の入り口まで戻ってくる。


「ここでお別れで大丈夫なの? 家の近くまで送っていくけど」

「いいえいいえ! これから使いの者がいらっしゃいますから」

「うーん。……分かった。誰かに声かけられても付いていっちゃ駄目だよ。あと、次デートするときは深くかぶれる帽子をもってきた方がいいね。そのまんまで外に出ると、良くてナンパ、悪くて誘拐されるかもしれないから」

「さすがに誘拐まではいかないと思いますけど。私もまたナンパに絡まれたくはありませんからね、持ってきます」


 私物の帽子があったらそれを持っていきたいが、庭作業で使う麦わら帽子しかもっていない気がする。さすがにそれをつけるわけにはいかないので、どこかで買いに行かなければ。


 頭の中でメモを取っていると、フィルは私が持っていた<灯ノ花>に視線を落とす。


「その花は水を入れた花瓶にいけておけばしばらく持つよ。毎日話しかけるといいらしいけど、正直本当かどうかは怪しいから、適度に面倒を見るくらいでいいよ」

「分かりました。大切に話しかけてみますね。フィルさんだと思って」


 なんて冗談っぽく微笑むと、フィルも釣られたのかくすりと笑う。


「嬉しいけど、結局散っちゃわない?」

「あー、確かにそうですね……。まあとにかく、大切にします。初デートの記念ですからね」


 花をぎゅっと握りしめると、こたえるように花は暖かくなる。その温もりに目を細めていると、彼は優しく私に語り掛ける。


「ありがとう、今日は楽しかった。君に助けられたしね」

「助けた……? えっと、そんなことしましたっけ」

「君は無意識かもしれないけどね。僕はすごく嬉しかった。<灯ノ花>一輪だけではもったいないくらいに。だからさ、」


 突然、フィルの顔が近づいてきた。


(へ……?)


 戸惑っているうちにもっと近くになって、そして、


 唇に、暖かいものが触れる。


「……へ?」


 ぽかんとしていると、フィルは自らの唇に人差し指を立てて、いじわるそうにほほ笑む。


「僕からのお礼。それじゃあね、リリーちゃん」

「……」


 固まる私。

 彼の背中が小さくなったそのとき、ようやく私は正気に戻り、叫んだ。


「な、ななななななにしているのよあやつはああああ!!!」


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