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(どうしてこうなった!!)


 私はうなだれていた。

 今いる場所は、高級そうなレストランでも、ましてや夜景がみえるバーでもない。


 ぽつんと寂しそうに置かれている、公園のベンチだった。


(どうして公園って答えが出たのよ!)


 確かに、『夜のデートで、予約をしなくても入れそうな場所』ではあるけれども! 一銭も払わなくても入場はできるけれども!

 

(どう考えても大人が初デートに行く場所ではないっ! 学生か私はっ!)


 そもそも夕食一緒に食べる流れで来ているというのに、公園だなんて……!


 後悔に苛まれる私に対して、隣にいるフィルはのんびりと話し掛ける。


「リリーちゃんって好きな食べ物ものとか、逆に苦手な食べ物ってある?」

「え、えーっと、嫌いなものはありません。好きなのは……。ハートキャンディーですかね」


 ハートキャンディーとはその名の通り、薄い赤色のハート型キャンディーだ。作り方は簡単。砂糖に水を加えて、溶かしたものをハート型の型抜きに入れるだけだ。


 他の地域ではべっ甲飴と呼ばれており色も薄い黄色のようだが、この地域の砂糖は火を通すと赤くなるので、飴も赤い色をしている。ちなみに味はほとんど同じ、こっちのハートキャンディーの方がほんのり甘いくらいの違いしかない。


 灯ノ祭では、このキャンディーを仮面をつけた子供に配る伝統がある。タダなので味もそんなによくなく、富裕層の子供は見向きもしなかった。


 けれど、ちょっとしたお菓子さえも食べられない、貧しい孤児院で暮らしていた私にとってはハートキャンディーは何にも代えがたいごちそうだった。


 始めてお祭りにいったとき、フィルともらったあの飴の甘い味は今でも忘れられない、格別なものだ。


「フィルさんもお好きですか?」


 好きと答えてくれると思っての問いだったが、フィルは苦虫をかみしめるような表情を浮かべる。

 

「あー……。僕はあまり好きじゃなくて……」

「え!? そうなんですか?」

「まーうん。どうにもね。とにかく、リリーちゃんは嫌いなものはないんだね。わかった。そうだな。ちょっとそこのベンチで待っててくれる?」


 そう言うと、フィルは綺麗めのベンチにハンカチをひいてくれた「誰かに声かけられてもついて行っちゃ駄目だよ」なんてウインクをして、彼はどこかへ去っていった。


 トイレかどっかに行ったのかと思っていたが、しばらくたってもフィルは戻ってこなかった。しばらくといっても数分だろうが、それでも不安になってきてしまった。


(フィルったら、どこにいったのかしら。……もしかして、」


 初デートを公園に選んでしまって、幻滅して帰ったとか!?


「さ、さすがにそれはないと思うけど……。ちょっと探しに行こうかな」


 立ち上がろうと中腰になるも、その前にフィルが小走りで戻ってきた。


「ただいま。少し遅くなってごめん。あれ? どっか行くの?」

「え、えっと、フィルさん、どこに行ったのかなあと思いまして……。何を買ってきたんですか?」

「ああ、これ?」


 フィルは持っていた小さな紙袋から何かを取り出して、私に見せてくれる。


「食べ物買ってきたんだ。リリーちゃんもお腹すいていたでしょ」

「ありがとうございます。ですけど、どこに売っていたのですか?」


 この公園は街で一番大きな公園で、単に外周をぐるりと歩くだけでも二時間はかかる広さを誇っている。今いる場所は街からあまり離れていないとはいえ、それでも往復だけで十分はかかるはず。


 そんな疑問からの質問だったが、フィルは不思議そうに目をぱちくりさせる。


「あれ、知らなかったの? この公園って一年中屋台が出てるんだよ」

「え、そうなんですか! お祭りでもないのに?」

「そうそう。お祭りのときよりは少ないけど、こういう軽食は売っているね。でも意外だな。てっきり公園によく来てるから、ここに行きたかったのかと思っていたよ」

「あれはたまたま思いついただけでして……。小さいときはよく遊びに来ていましたけど、最近はあまり行けていませんね」

「公園で屋台が出せるようになったのはここ数年だから、それなら知らなくても仕方ないか」

「数年来なくなるだけでも変わるものなんですね」


 孤児院の時は遊びに行くとしたらいつもここの公園だった。入場料もかからず、子供たちが自由に遊べる場所が豊富にあるからだ。私はよくフィルとおままごとをしていたのを覚えている。

 

 最近は仕事が忙しく、散歩が趣味なわけでもないので足が遠ざかっていたので、屋台云々は初めて知った。


「おいくらしましたか? ちょうど持っているといいけど」

 

 財布を出そうとするが、フィルにその手を止められる。


「いいっていいって。ここは僕が持つからさ」

「ですけど、屋台のご飯って高いですし……」

「これくらいなら安いものだよ。もし本当に気になっちゃうなら、次のデートで少し出してもらえればいいからさ。ほらほら、冷めないうちに食べよ? 二種類買ってあるんだ。トマトのサンドイッチとウィンナーのサンドイッチ。どっちがいい?」

「えーっと、それならトマトのサンドイッチを」

「オッケー。はいどうぞ」


 彼はにっこりと微笑んで、サンドイッチを手渡す。柔らかいパンの間にトマトの鮮やかな赤とキャベツのみずみずしい緑が挟まっていて、とても美味しそうだ。


 なんだかお腹が減ってきたので、「いただきます」といってから齧ってみた。

 すると、口いっぱいにトマトの果汁があふれ出した。


(甘くておいしい……!)

 

 キャベツもシャキシャキと新鮮な歯ごたえだ。控えめに入っているベーコンの油もいい塩梅でスパイスになってくれている。パンもふわふわで、全てのうまみを優しく包み込んでいる。

 あまりのおいししさに、思わず顔がほころぶ。


「おいしい……。屋台でこんなにおいしいもの食べたの初めてかもしれません」

「でしょ? ここのサンドイッチは結構こだわっているからね。野菜は仕入れてすぐ氷魔法で冷やしているから新鮮だし」


 自分のことのようにフィルは嬉しそうに話す。

 作りものではない本心からの言葉に、つい顔がほころぶ。


「フィルさんって、やっぱりお食事が好きなんですね。さすがコックさん」


 相槌気分でそういうも、フィルは「うーん」と首を傾げる。


「どうだろう? 食事好きなのかな。食事好きというより、美味しそうに食べる人をみるのが好きかな。例えば、今の君みたいに」

「そ、そんなに顔に出ていました?」

「うん。すごく美味しそうに食べていたよ」


(私って、そんなに分かりやすいのかな)


 なんだか少し恥ずかしい……。


 顔を真っ赤にさせてしまっていると、フィルは横からニコニコと微笑む。


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。素直なことはいいことだよ」

「……フィルさん、私のことからかっていません?」

「まあまあ。とりあえず、はい」


 彼は自分が持っていたサンドイッチを二つにわけ、大きい方を差し出した。


「半分あげるよ」

「ですけどそうしたらフィルさんの分は」

「僕の分は大丈夫。あまりお腹すいていないからね。これもすごい美味しいよ。自家製のウィンナーで作っているみたい」

「へえ……」


 フィルが絶賛するなら、きっとおいしいことだろう。

 私はドキドキしながら一口ほおばった。


(んっ! これは……!)


 ウィンナーをかじると、ぷりっとした食感とともに閉じ込められていた肉汁がじゅわっと口いっぱいにあふれ出す。 

 黒コショウとケチャップソースが絡み合い、ウィンナーの味により深みを増している。


「おいしい……。すごくおいしいです」

「でしょ? 君が喜んでくれてよかったよ」


 フィルもサンドイッチをかじり、「うんうん、おいしい」とニコニコする。


 それにしても、フィルはああいっていたものの、成人男性がサンドイッチ半分でお腹いっぱいになることはなかろう。別にフィルは少食でもないわけだし。


「あの、フィルさん」


 もらったサンドイッチをフィルに差し出す。


「どうぞ、食べてください」

「いいっていいって。君が食べな」

「いいえいいえ。元々私が公園に行きたいなんて我儘言ってしまったんですし。それに、フィルさんもまだまだ育ち盛りですから」

「いやー、さすがに違うんじゃないの。もう二十も後半だよ?」

「私からみたらまだ育ちざかりですよ」

「リリーちゃんって、何歳なの?」

「フィルさんよりは年上ですから」


 多分!

 私もフィルも孤児院出身だから本当のところは分からないけど、まあ私の方が姉だろう!


「だから、はいどうぞ」


(そういえば、小さい頃もこんなことあったなあ)


 今は違うが、うちの孤児院は食事さえもろくに取れない貧乏なところだった。しかし小さな子供、特に男の子は何をしてもお腹がすくもので、フィルもいつも悲しそうになくなったご飯を見つめていた。


 だから私は自分用のご飯をせっせとフィルに分けてあげていた。『お姉ちゃんも食べない駄目だよ』なんて心配そうに私を見上げるフィルに、『私はもう食べたから大丈夫』なんて誤魔化していたものだ。体調が悪くて寝込んだ時にそのことがバレてフィルに大泣きされたものの、私の中ではいい思い出になっている。


 なつかしさに浸りながらサンドイッチを差し出す。


 すると、フィルは少し目を細める。


 怒っているような、そんな雰囲気で。


「……?」


 怒らせてしまったかと身構えるも、フィルが瞬きをするとそんな色はすっかりと消え去って、代わりにいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。


「それじゃあさ、食べさせてよ」

「へ……?」


 フィルはニッコリ笑って、私をじっと見つめる。まるで何かを待っているかのように。


(食べさせるって、つまり……「あーん」的な!?)


「じ、自分で食べましょうよ!」

「うーん。僕は君に食べさせてほしいかな?」

「そ、そんな……」


 圧さえも感じてしまう笑顔に、私はおろおろと戸惑う。


(え、ええい! 小さいときはやってたんだから!)


 意を決してサンドイッチを彼の口元に持っていく。 

 

「ど、どうぞ……」


 声が!? 私の声が震えてる!?

 ついでにいうと手も震えてる!?

 ビビりすぎだよ私?! 


 自分の不甲斐なさに心の中で頭を抱えてしまう。


(ええい、フィル! さっさと食べて!)


 しかし、なんとフィルは楽しそうに私を眺めている。


「ふぃ、フィルさんっ、あのっ」

「ん? ああごめんごめん。君があまりに可愛くてね。それじゃあ、いただきます」

 

 彼はぱくりとかじる。


「うん、おいしいね。ありがとう」

「……どういたしまして」


 全くもう、我儘なんだから……。

 ふてくされたた気分で、手に持っていたサンドイッチを食べる。


 すると、フィルはにやりと笑った。


「ふふっ間接キッスだね」

「! ごほっごほっ」


 突然の発言についついむせてしまった。


「おっと、お水お水。はい」


 必死に水を飲み、ようやく息がつけた。


「はあ、はあ。な、なんですか急に!」

「ごめんごめん」


 なんてことをいっていたが、フィルは全く悪びれた様子もなくニコニコと微笑む。


「もう、性格わるいですよ!」

「いや? 僕のせいではないよ。君が可愛いのがいけないよ」

「……ご冗談を」

「冗談ではないよ」

 

 綺麗な緑色の瞳が私を見つめる。

 その瞳があまりに美しくて、……居心地が悪い。


「ま、まあ、顔だけはいいってよく言われますからね」  

「ん? ああ、顔も綺麗だけど、そうじゃない」


 彼はぽんぽんと私の頭を軽くなでて、愛おしそうに目を細める。


「君が、可愛い」

「……っ」


(ななななななっ、なにいっているのよフィルは!?)


 顔が一気に熱くなる。


 ぱくぱくと口を開け閉めしていると、フィルは満足そうに頷く。


「うん、そういうところそういうところ」

「っ! もう! とにかく! お水ありがとうございます」

 

 水を押し付けると、彼はニコニコと笑って受け取る。

  

「いいんだよ。でも、これもこれであれだよね、間接キスになるね」

「返してもらえます!?」

「僕としてはどっちでもいいけど。喉が渇いたときにでも飲んでね」


 水を私に返すと、彼は残ったサンドイッチを美味しそうにほおばった。


(くっ、フィルめ……!)


 私はいら立ちを込めてサンドイッチを食べる。 美味しいはずなのに、どうしてだか味が分からない。

 

 頭の中には、彼の笑顔がぐるぐると回っていた。


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