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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

命儚し恋せよ乙女

作者: ししおどし

 

「やはりお前の仕業だろう、魔女め!」


 お昼時、込み合った食堂の扉をすぱあんと勢いよく開いて飛び込んできたのは、一人の騎士様。下っ端の騎士とは違う、限られた人しか着ることの出来ない白の鎧は騎士様が高い地位にあることを示していて、ざわり、お客さんたちの一部に緊張が走る。

 けれどそれは一部だけ。大半のお客さん、常連のみんなは驚いた素振りすらなくって、ああまたか、そんな顔で騎士様と私を交互に見ている。


 私、そう、私。この食堂に住み込みで働く女。よく少女に間違われるけれど、ちゃんと大人の仲間入りはしている。

 とびきりの美人って訳でもないし、料理がすごく上手って訳でもない。女将さんは看板娘だなんて言ってくれるけれど、酔っ払いのおじさんたちに冗談交じりに口説かれることはあっても、それ以外に浮いた話は一つもないしそんな気配もまるでない。ごくごく普通の女の子、のつもりだ。

 けれど騎士様の目的は、その私、なのだ。それも店に入ってきた騎士様の表情、まるで親の仇でも見るような険しい顔は、それがけして色っぽい用件でないことを示している。


「またですか、騎士様。今度はいつの話で?」

「……昨日の昼だ」

「あら、じゃあやっぱり違いますよ。昨日の昼も、この子はちゃあんと店に出て働いてましたもの。ねえ、みなさん」


 私の代わりに騎士様に声をかけてくれたのは、奥から出てきた女将さん。さりげなく騎士様と私の間に立って、騎士様の剣呑な視線から私を守ってくれる。その背中はとても優しくって頼もしい。女将さんの声に呼応するように、あちこちからそうだそうだと同意してくれるのは、常連のみんな。偉い騎士様相手に怯むことなく、口々に私を庇ってくれる。酔っ払うと面倒くさいけれど、優しくって温かな彼らの気持ちが嬉しくって自然と笑みが浮かんでしまう。

 騎士様は店の空気に面白くなさそうに鼻を鳴らしたあと、顔を顰めてだが、とよく響く声で主張する。


「それでも、私の直感が言っているのだ。その女こそ犯人だと」


 騎士様の言葉に、ざわついたのは常連でないお客さんたち。直感の騎士の名は、この国で知らない人はいないものだったから。


 この世界の生まれ落ちた人の中には、ごく稀に特別な力を持つ人が現れる。神様からの恩寵だと言われているそれは、類まれなる身体能力だったり飛びぬけた頭脳だったり、不思議な能力だったりとその形は様々で、恩寵持ちの殆どは国の要職に取り立てられている。

 そんな恩寵持ちの中でもとびきり有名で特別なのがこの、直感の騎士様だ。直感の二文字が示す通り、直感で何でも見抜いて暴いてしまう。

 直感の騎士様が得意としているのは、殺人や不正の犯人を見抜くこと。たとえ嘘で塗り固めようと、直感の騎士様の前には何の意味もなさない。直感で全てを白日の下に曝け出してしまう。嘘をついた子供には「直感の騎士様が来るぞ」と言って聞かせるのがすっかりと定番になっているくらいには、騎士様の存在はこの国の人の中に馴染んで根付いている。


 そんな騎士様直々に、犯人だと名指しされてしまった私に、一部のお客さんたちの視線が不安と猜疑に満ちる。当然だ、だって直感の騎士様は必ず嘘を見抜いて真実を突き止める。そういうものだと、誰もが知っている。だからそんな人に犯人だと言われてしまえば、私が犯人であると信じてしまうのも仕方のないことだろう。

 でも。


「そうは言ってもね、この子、ちゃあんとこの店で働いてましたもの。休憩もとらずに昼の間ずうっと。ちなみに場所はどこだったんですか?」

「……ミオル村だ」

「まあまあ、この街から馬で半刻もかかるじゃないですか。この子には絶対に無理ですよ、ねえ」


 けれど女将さんは怯まない。腕を組んで胸を逸らし、騎士様に負けないくらいの大きな声で私の無罪を主張してくれる。完全に私を犯人だと決めつけていたらしい一部のお客さんは、そんな女将さんの主張を聞いて戸惑った表情になる。


「この子が犯人だって言うなら、どうやってやったっていうんですか」


 一歩もひく気配のない女将さんに、怯んだのは騎士様の方。渋い顔になった騎士様が、飛び込んで来た時とは一転、歯切れの悪い調子でもごもごと口を動かす。


「それは……この女が隠している恩寵で……」

「でも騎士様の直感で、この子が恩寵を持っていない事は分かってるんでしょう?」

「ぐ……それは、そうだが……」

「ほうら、やっぱり無理じゃないですか」


 女将さんと騎士様のやり取りが進むにつれ、店のお客さんたちの空気が変わる。慣れた様子で見守っていた常連さんたち以外の、一部のお客さんたちが私に向けていた猜疑の眼差しが薄れてゆき、代わりに騎士様へと疑念の宿る視線が向けられ始めていた。わざわざ女将さんが出てきて声を張り上げてくれたのは、きっとこのため。私が無実だって、騎士様だけじゃなくお客さんみんなに伝えるためだ。本当に、女将さんには感謝してもしたりない。その背中に隠れたまま、私はこっそりと祈るように両手を合わせた。


「……私とて、私の言い分が苦しいことは重々承知している」


 難しい顔をした騎士様は、一旦は矛を収める素振りを見せる。

 騎士様が店に押し掛けるのは、これが初めてじゃない。常連さんたちがすっかり慣れてしまうくらいには、何度も何度もやってきては私を犯人だと主張している。

 騎士様が追っているのは、ここふた月ほど国内で頻発している殺人事件。貴族も平民も関係なく無差別に殺されていて、それだけでは何の関連性もなさそうだけれど、まるで巨人に踏まれでもしたように全身をぐしゃりと潰されて死んでいることからして、一連の犯人は同じものだと考えられているらしい。

 その犯人とされているのが、私。毎回被害者が出る度に、騎士様は律儀に店に訪ねてきて私を犯人だと主張する。

 それなのに私が犯人として捕まることがなかったのは、女将さんとお客さんたちのおかげ。そして、騎士様の直感のせい。事件があったとされる時間帯に私がちゃんと店で働いていたことを証言してくれて、そして彼らがけして嘘をついていないこと、私が恩寵を持っていないことを騎士様自身の直感が示してしまったから。

 だから騎士様がどれほど私を犯人だと思っていても、騎士様の直感以外、その直感すらも私が犯人ではない証拠を示してしまうから、今の今まで捕まえられることはなかった。毎回とても不本意だという表情をしつつも、一応は引いてくれる。

 犯人扱いされるのは困ってしまうけれど、騎士様がその気になれば私みたいな平民の一人や二人、食堂の人たちの証言なんて無視して強引に引っ立てる事もできるだろうから、それだけはけしてしようとしない騎士様の理性的なところには感謝もしている。ちょっとだけ。


「だが! この女は、特別なのだ! 他のやつらよりずっと、激しく私の直感が反応をする」


 けれどだからといって、私が犯人であるという主張自体を取り下げるつもりはないらしい。全ての状況が私を犯人でないと告げているのに、女将さんと騎士様のやりとりを聞いていた誰もが私は犯人でないと判断したようなのに、騎士様だけは私を犯人だと強い口調で断言する。


「特別って、どういう風に?」


 呆れたようにため息をついて尋ねたのは、女将さん。割とぞんざいな物言いだったけれど、騎士様はまるで気にする風もなくよくぞ聞いてくれたとばかりに、勢い込んで話し出す。


「その女を見ると、心臓が跳ね上がる。こいつだ、直感が私に囁き、絶対に捕まえねばならぬと心が騒ぐ。血の巡りが速くなり、体温が上がって汗が滲む」


 ん? あれれ? なんかちょっと、おかしくない……?

 そう思ったのは、多分私だけじゃなかったみたい。直接話をしている女将さんも、周りで二人の話を聞いていたお客さんも、騎士様の言葉で困惑と戸惑いを宿した表情になる。そこかしこでちらちらと目配せをし合って、なあおいもしかして、そんな言葉が聞こえてきそうな視線が忙しなく店内を飛び交い始める。

 けれど騎士様はそんな空気を気にした風もなく、ますます勢いづいてぐっと拳を握りしめ、力強く声を張り上げ続きを語る。


「それだけではない。その女が何かを喋るたびに腹が熱くなる。他のやつらではこうはならない。つまりそれほど、この女が嘘と罪を重ねているということになるだろう」

「ええええ……ちょっと騎士様、あんたそれって……」


 お客さんたちの眼差しは、もうすっかりと生温いものに変化していた。呆れたような微笑ましいような何かもの言いたげな、そんな目で騎士様と私を交互に見ているから、とってもいたたまれない。

 ふん、語気も荒く語り終えた騎士様は、女将さんの言葉でようやくみんなが浮かべる表情に気づいた様子で、訝し気に眉を寄せて首を捻る。


「なんだ、どうしたというのだ」


 きっと気づいてないのは騎士様ただ一人だけ。それ以外はみんな察してしまっていて、それは私も例外じゃない。ああどうしよう、ほっぺを両手で覆って俯いて身を縮めれば、私に向けられた視線に潜めた 笑い声がさやさやと混じる。

 一体何だというのだ、苛立たしげに吐き捨てた騎士様にため息を重ねた女将さんは、少し躊躇ってから言った。言ってしまった。


「……ねえ騎士様。もしかしてその直感って、この子が犯人だからじゃなくって、この子の事が好きってことじゃあないですか?」

「なっ、違っ……!」


 仕方ない。分かる。だって騎士様はどんどんと機嫌を悪くしていっている空気があって、理不尽に力を振るう人ではないと分かっているけどちょっぴり怖かった。それに適当な言葉で誤魔化したって、直感の騎士様はそれが誤魔化しだと見抜いてしまう。だから女将さんは、本当のことを言うしかなかった。ええ、とっても分かる。

 分かるけれど。たまらず私は頬を覆った両手をそろりとずらして、お客さんたちの視線を避けるように顔を隠してしまった。


「私はただ、その女が犯人だと……! けしてそのような気持ちをその女に抱いている訳では……!」

「……つってもなあ、熱烈な告白にしか聞こえなかったぞ」

「そうよねえ、恋よねえ……」

「直感の騎士様も恋の前には直感が鈍るんだな」


 必死で否定する騎士様だけど、誰も信じようとはしない。否定すればするほど、みんなの顔に宿る確信が色濃くなってゆく。声を張り上げたせいか赤くなってゆく騎士様の頬が、余計に否定から真実味を奪い去ってゆく。

 ああ、もう、どうしよう。こんなの、私、わたし、耐えられない!


「あっ、あのっ、あのあのあのっ! 私っ! ちょっと裏に行ってきます!」


 決死の思いで女将さんの後ろから声を張り上げると、そのまま店の裏へと駆けだしてゆく。背中にどっと笑うお客さんたちの賑やかな声が聞こえたけれど、振り返ってる余裕なんてない。一刻も早くこの場を離れたくて仕方なかった。

 調理場を通り過ぎて、裏口から外に出た私は、出てきたばかりの扉を背にずるずるとその場にへたり込んでしまう。口は両手で押さえたまま、どきどきと早くなる鼓動を宥めるように深呼吸をひとつ、ふたつ。


 だって。だってだってだって、まさか騎士様があんな。私のこと、す、す、好き、だなんて!

 そんなの、そんなの、そんなの。


 ――なあんて、面白いことになっちゃったのかしら!


 とうとう堪えきれずに手のひらの中、噴き出してしまった笑い声。危なかった。あのままだったら、あの場所で笑い出しちゃうとこだった。だってそんなの、騎士様と面と向かってお話することすら出来なくって、女将さんの背中に隠れて小さくなってる私には、あんまりにも似合わなすぎるでしょう? せっかくちょっぴり気弱で引っ込み思案な私でやってるんだもの。その印象を変に崩すのは、どうしても避けたかったから。


 ああ、でも本当に面白い。おかしくて楽しくって仕方ない。

 だって。

 直感の騎士様の主張は、なにもかも全部、正しいんだもの。


 私が犯人だってことも、私が魔女だってことも、私が恩寵を持ってないってことも、私以外のみんなが嘘をついていないってことも、私が嘘ばっかりだってことも。全部全部、本当のこと。

 だって私が持ってるのは恩寵じゃなくって魔女の力だもの。神から与えられたものじゃなくって、神に嫌われて見放された私たち魔女が作り上げた力。恩寵なんかと一緒にしないでほしい。偏って一辺倒に尖った恩寵とは違って、魔女の力はいろんな応用がきくんだから。

 あっちこっちで人を殺してるのも、そうよ、私。店で働きながら、魔女の力でちょいちょいと人を殺して遊んでるの。さすがに片手間に特定の誰かを殺すのはちょっぴり難しいけれど、おおよそ、大体、その辺の誰か、と範囲を広げて適当にすれば、離れた場所でも殺すこと自体は出来る。おかげでぐしゃりと潰すだけなんてあまり面白みのない殺し方ばかりになってしまったけれど、雑な割に案外派手な仕上がりになって騎士様たちに注目してもらえたみたいだから、悪くはないわね。


 くすくす、お店の中で我慢した分、思いっきり笑う。


 ああ、可哀想な騎士様。

 その直感が全て正しいせいで、直感が私を過剰に恐れて反応してしまったせいで、まさかまさか、それを私への恋心だと誤解されてしまうなんて。どれほど直感が私を犯人だと告げていたって、あらゆる状況が私を犯人でないと示しているから強引に捕まえることはしない、とても人の倫理と正義に染まった真っ直ぐで公正な騎士様が、敵といって差し支えない私との間に恋物語を噂されるなんて。

 せめて二百年前なら、もう少し魔女の力についても広く知られていたから、騎士様の主張も通ったかもしれないのに。今や魔女はおとぎ話の存在だもの、誰も信じていやしない。だから騎士様が顔を真っ赤にして私を魔女だと叫ぶ度、今度からそれは騎士様の照れ隠しだって受け止められちゃうんでしょうね。お客さんの中には口が軽い人だっていっぱいいるから、噂はすぐに広がるんじゃないかしら。だって直感の騎士様は、国中の誰もが知っている有名な存在だもの。


 ああ、ああ、なんて可哀想な騎士様。

 きっとこれまで以上に、貴方から私への正しい糾弾は誰の耳にも届かない。もしかしたら、あなた自身にすら。


 暇つぶしに始めた人殺し、そろそろ飽きてきたから仕上げにど派手にいっぱい殺して遊んで別の場所に移ろうかと思ってたけど、この分ならまだまだ当分楽しめそう。新しく殺す度にあなたはまた私を訪ねてきて、犯人だと囁く直感を恋心だと囃し立てられて、いつかはあなたすらも自分の直感を恋心だと誤認するようになるかもしれない。まさか、そんな筈はない、何度も何度も否定するけれど、私だけの特別、魔女を警戒するあなたの真実を虚構で覆い尽くしてしまう日が来るかもしれない。

 そうしたら。


 楽しませてくれたお礼に、とびっきりのフィナーレ(大虐殺)をあげるわね。


 刷り込まれて揺らぐ自信、だんだんと馴染んだ嘘を正解だと思い込んだあなたに、本当は最初からずっとあなただけが正しかったのよ、示してあげればあなたはどんな顔をするかしら。

 絶望する? 慟哭する? 激怒する?

 いろんな騎士様の表情を想像するだけで、私の心もどきどきと弾んで仕方ない。


 ああ、もしかしてこれって、恋じゃないかしら。私、騎士様に恋しちゃったんじゃないかしら。だってこんなに心が弾むこと、ここ百年くらいなかったもの。そうだわ、絶対そう、恋に違いないわ。


 すっかりとその気になってしまった私は、うっとりと頬を染める。これが恋なら、何から始めるべきかしら。そうね、まずは直感の騎士様の名前を覚えるところからかしら。もう随分と長く人間の名前なんて覚えずにきたけれど、折角の恋する相手の名前くらいは覚えるのも悪くない。

 早速お店に戻って、お客さんたちの話によく耳を傾けてみよう。あんなに有名な騎士様だもの、誰かは名前を口にしてるわよね。

 よし、勢いをつけて立ち上がった私は、裏口に手をかけてふと動きを止める。

 どうせなら、恋した記念に最初の贈り物、贈っちゃおう。せっかくだし、ちょっぴり奮発して頑張っちゃおう。ちゃんと受け取ってくれるかしら。ああ、いつもよりどきどきしちゃう。


 ふんふんと上機嫌に鼻歌を歌いながら、魔女はぱちりと指を鳴らす。次の瞬間、国の各所、性別も身分も経歴も一切関係のない十数名、特に何が悪かった訳でもなく、あえて言うならただただ運が悪かっただけの人々が、べしゃり、見えない何かに潰されて絶命した。

命が儚いのは「私」以外の人々でした

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