新たなフィールド
二階へ降りるとユリが既に手続きの準備を整えていた。相変わらず手際が良い。
シュウゴがユリへ推薦書を手渡すと、すぐにその内容を別の紙に書き写しそれを差し出す。
「こちらが証明書になりますので、厳重な保管をお願いします。それではただ今より、シュウゴ様はクラスCハンターへと正式にクラスアップされました。おめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
ユリに続いて、ユラとユナも頭を下げる。
シュウゴはやはり気恥ずかしくなり、目を逸らし頬をかいた。
「あ、ありがとうございます……」
「それでは、ランクCの開放権限について簡単にご説明します。まず依頼ですが、クラスBモンスターの討伐依頼の受注が可能となります。次にフィールドですが、新たに『瘴気の沼地』と『明けない砂漠』での依頼が受注可能となりました。また――」
後は、バラム商会が運営する施設を利用する権限が増えたり、討伐隊から助勢の依頼をされるようになったりと、色々なことができるようになるようだ。
(沼地と砂漠か……どんな魔物がいるか、一度確かめておきたいな)
シュウゴは最後に先日のクエストの報酬金を受け取ると、カウンターの横にあるクエスト掲示板を確認する。
見たところ、瘴気の沼地での依頼はいくつかあるが、明けない砂漠での依頼はない。
とりあえずいきなり新フィールドへ行くわけにもいかないので、
(久しぶりに広場に行ってみるか)
紹介所を出て、情報の宝庫である広場へ向かうことにした。
紹介所を出てまっすぐ南へ歩いていくと、住宅街と商業区の間の大通りがあり、さらにその先――カムラの中央やや南に広場はあった。
広場の中央には、今はもう水の出ていない噴水があり、それを囲むように木のベンチがぽつぽつ設置され、横には大きな掲示板が立っている。
周囲を複数の酒場が囲み、夜はそれなりに賑わう場所だ。
今はまだ昼前だからか、通行人がまばらに行き交う程度だ。
シュウゴは掲示板に貼られている紙へじっくり目を通していく。
ここには誰でも情報を貼ることができ、読み専の立場からしても案外役に立つ。
情報の取引を生業としている情報屋なんかは、ここにさわり程度の情報だけ掲示しておいて、詳細な情報を求めてきた客に有料で売るという手法をとっていた。
「これか」
シュウゴは思わず声に出す。
ちょうど知りたかった情報があったのだ。
~~瘴気の沼地について~~
文字通り瘴気の蔓延する沼地で、通常の武装で行動することはできるものの、非常に息苦しくなるようだ。
浄化マスクの着用が推奨されている。
また、そこら中にある沼にも種類があり、ただの泥沼、底なし沼、毒沼などがある。
モンスターの目撃情報としては、『イービルアイ』、『カトブレパス』、『アラクネ』、『アビススライム』がいる。
どちらにせよ、環境が悪いフィールドなので、廃墟と化した村ほどの立ち回りは出来ないと心得ておいた方が良いだろう。
~~明けない砂漠について~~
これについては情報が少なすぎる。
まずその名の由来だが、カムラのすぐ東に広がる広大な砂漠が黒く濃い霧によって覆われているようだ。
それは人体に直接悪影響を及ぼすわけではないが、とにかく視界が悪い。
加えて、そこら中に巨大なアリジゴクが出現するため、簡単には進めないようだ。
あまりの難易度の高さから、このフィールドでの仕事を依頼する者はほとんどいないという。モンスターの出現情報も不明。
「凄いな……」
シュウゴは感心したように呟いた。これがゲームであれば中々の作り込みだ。特に、明けない砂漠はシュウゴの探求心を刺激して止まない。
(でも、依頼がなければ転石を利用することもできないし……)
シュウゴは腕を組んで唸るが、行けないものは仕方がない。
先に沼地の方へ行こうかと思い直し、商業区へと歩いていく。
「――シモン、いるか?」
鍛冶屋の暖簾の前でシュウゴが呼びかけると、奥からシモンが出てきた。
「やあ、シュウゴ。とりあえず中へ入りなよ。魔装と武器の整備は終わってるからさ」
シュウゴが中へ入ると、綺麗に磨かれた隼とグレートバスターが床のシート上に並べて置いてあった。シュウゴは礼を言うと、バーニアを一つずつ装着していく。
シモンは椅子に座って楽しそうに魔装の装着を眺める。
「装備を受け取りに来たということは、次のクエストが決まったんだろ? なにを狩りに行くんだ?」
シュウゴは装備を整えると、シモンへ事情を話した。
バラムの推薦でハンタークラスが上がったこと、新しいフィールドへ行けるようになったこと、明けない砂漠の情報が欲しいことなど。
「――そりゃまた出世したなぁ。将来が楽しみだ。で、明けない砂漠に行ってみたいと?」
「そう。ただ、そもそもクエストがないから受けられないけどね」
「なるほどねぇ……よし、君はうちの大事な取引先だ。ここは僕がひと肌脱いであげるよ」
シモンが「任せろ」と言わんばかりに胸を張って言い放ち、外に人通りがないか確かめた。シュウゴはその方法が思い浮かばず首を傾げる。
「なにか良い手があるのか?」
「そうとも。明けない砂漠でこなして欲しい依頼がないんだろ? なら依頼すればいい、この僕がね」
「なるほど、そういうことか……でも、そんな手間をかけて迷惑じゃないか?」
「どうってことないさ。そうだな……砂漠の調査ということで、アリジゴクの素材を持ち帰ってほしい。触覚でも外殻でもなんでも構わない」
「分かった」
「それじゃあ、午後には依頼書をまとめて紹介所へ提出してくるよ。明日には紹介所で正式なクエストとして取り扱われるから、横取りされないように注意するんだぞ? あと、こういうやり方はバラム会長に禁止されてるから、くれぐれも僕との繋がりがバレないようにな?」
「もちろんだ。本当に助かるよ」
「いいっていいって。面白い土産話を期待してるよ」
軽快に笑うシモンに見送られ、シュウゴは鍛冶屋を後にする。
翌日の午後、首尾よくシモンのクエストを紹介所で受けたシュウゴは、紹介所のすぐ右にある『第二教会』を訪れた。
ここはカムラの第三勢力である『教団』の管理する施設だ。
小さな三角屋根の建物で内部の作りはよくある教会と変わらず、教壇の前に会集席が四列並んでいる。
そしてそのさらに右奥、石造りの細長い台があり、その上に青く輝く石があった。
それこそが転石であり、神官たちがその管理を行っている。
シュウゴは腰の後ろに回したアイテムポーチを漁り、アイテムの過不足を確認する。ポーション、エーテル、フラッシュボム、素材収納袋。各々の数は申し分ない。
「――受注書をお見せ下さい」
シュウゴは、転石の横に立っていた白装束の神官にクエスト受注書を見せる。
神官がサッと内容に目を通し頷くと、シュウゴは現金を渡した。
それを受け取った神官は代わりに『魔方位石』を渡す。
転石の方向に反応して光る魔石だ。
教団はカムラの畑や孤児院の運営、海水の浄化などをしている組織であり、このように収益を得ている。最も貧困している組織と言っても過言ではなく、シュウゴも異世界に来た当初は孤児院で世話になったので頭が上がらない。
「では、準備はよろしいですね?」
「はい」
シュウゴが頷くと、その周囲を青い光が包んでいく。やがて視界いっぱいに光が広がったかと思うと、転移が完了していた。