資源の山
転石で転移したのは、山の中腹辺りにある小さな木造の小屋だった。室内には空の棚や損壊した机などがあり、ずっと使われていなかったことが分かる。
討伐隊もよくここまで上がってこれたものだ。
シュウゴがギギギという音を立て古ぼけた扉を開けると、ハナが外へ出て山を見上げていた。彼女は放心したようにウットリと呟く。
「綺麗……」
「うん、絶景だ」
天空には凶霧などほとんどなく、澄んだ青空の下、森林と蒼白に覆われた山がそびえ立っていた。それに対して、下を見下ろすと灰、紫、黒の凶霧がところどころ入り混じりモワモワと大陸一面を覆っているのがよく分かる。
「とりあえず先に進むか」
「そうだね」
シュウゴたちは近くにまっすぐな登り坂の山道を見つけ歩き出す。周囲を取り囲んでいるのは、まさしく自然。凶霧に覆われている地上ではありえない光景だった。そこら辺に転がる岩には綺麗な緑色の苔が生え、山道の脇に咲く花は瑞々しさを保ち、そびえ立つ岩壁に生い茂っている木々は太くたくましい。
しばらく歩いていると、シュウゴは縦長の岩が折り重なり作っている影に光るものを見つけた。胸を高鳴らせながら駆け寄る。
「……見たことのない石だ」
ハナがシュウゴの手を横から覗き込む。シュウゴが手にしていたのは濁った茶色の鉱石だった。色の濃淡が渦巻きのように作られ吸い込まれそうだ。どうやら岩の亀裂からボロボロと崩れているようだった。
「これは竜の山というより、資源の山だ」
シュウゴの声は感動に打ち震えているかのようだった。
ハナも驚嘆し声を弾ませる。
「まさか、まだこんな場所があるなんて」
「ああっ、これは凄い!」
シュウゴは興奮したように破顔し、勢いよくハナの方へ振り向いた。
「「っ!」」
すると、ハナがシュウゴの手元を覗き込もうと顔を近づけていたために、二人は至近距離で見つめ合うことになってしまう。
目が離せなくなり固まってしまう二人。ハナの顔はみるみる赤くなっていく。
異様な緊張感に、シュウゴはごくりと生唾を飲んだ。
次の瞬間――
――ガゴォンッ! ドガッ!
シュウゴたちの背後で衝撃音が静寂を破った。
「な、なんだ!?」
シュウゴが慌てて背後を振り向くと、大きな岩が落ち衝撃で二つに割れていた。上を見ると、崖の一部が欠けパラパラと小石が落ちてきていた。自然な落石のようだ。
ハナがゆっくりシュウゴから体を離し呟く。
「思ってたよりも危険ってことかな?」
「あ、ああ。油断してた」
シュウゴは回収した鉱石をアイテム袋へ入れると、さっきまでのことを忘れようと首を横に振る。
すると今の音に反応したのか、新種の魔物が現れた。
カラスの顔に天狗の着るような装束を身に纏い、背中には悪魔の翼を生やした魔物。シュウゴはそれに見覚えがあった。モンスターイーターに登場する『デビルテング』にそっくりだ。
さらに、その背後から二体のイービルアイが姿を現す。
「シュウゴくん、陽動は任せて!」
「ま、待って!」
ハナはシュウゴの静止を聞かずデビルテングたちの前へ躍り出る。イービルアイの注意が自分に向いたことを確認すると、ハナは横へ走った。
次の瞬間、デビルテングが風を切り高速でハナの背中へ迫る。
「速いっ!?」
ハナは猛スピードで迫りくるデビルテングに驚愕し目を見開く。
デビルテングは風を操る力を使えない分、とにかく速い。上空から素早く獲物を捕らえ空中で喰らうという極悪非道な魔物なのだ。
「お前の相手は俺だ!」
シュウゴがハナとデビルテングの間に割って入り、デビルテングの突進をアイスシールドで阻んだ。敵は頭から衝突し、よろけて下がる。シュウゴは生まれた隙を見逃さず、バーニアで突進。背のブリッツバスターを抜くと同時にデビルテングへ振り下ろした。敵は慌てて身を捻るも避けきれず、片翼を斬り落とした。
「カアァァァァァッ!」
デビルテングは悲鳴を上げ、無様に地面へと落下する。
それを見逃すハナではない。
ハナは即座に足の向きを横にして後ろへ向き直ると、ザザザザザと慣性で滑りながら小太刀の二刀を抜いた。
落下してきた敵へと跳び、切り刻む。デビルテングが地面に体を打ち付けたときには絶命していた。
――ビイィィィィィンッ!
短いの攻防の間に、イービルアイはレーザーの充填を完了させ放ってきた。前に出ていたハナへ二本のレーザーが集中する。
「ぐぅっ!」
シュウゴはハナの前に降り、アイスシールドで受け止めた。
「ありがとう」
ハナは礼を言うと般若面を顔に降ろし、シュウゴの脇から飛び出してイービルアイへと走る。
レーザーの照射が終わり、その場で滞空しているイービルアイへ、ハナは二刀の小太刀をブーメランの要領で回転させながら投擲した。
「――キイィィィィィッ!」
それが片方の羽へ見事に命中、大きく傷をつけ、バランスを崩して落下を始めた。
ハナは背から雷充刀アギトを抜くと、切っ先をイービルアイへ向け、地を蹴る。
――ザグゥッ!
アギトはイービルアイの目玉を深々と貫通し、ハナは空中でイービルアイの体を足場にすると、強く蹴りもう一体の方へと跳んだ。
「はぁぁぁっ!」
目玉を一刀両断する。
「――キイィィィィィッ!」
華麗に着地したハナのすぐ後に、イービルアイの死骸がドスンッと落ちた。
ハナは仮面を外すと緊張が解けたように息を吐く。
「ふぅ、助かったよシュウゴくん」
「いやいや、こちらこそ」
シュウゴは自分なんて一体も倒せていないと笑い、デビルテングの素材を回収すると、再び頂上を目指し歩き出した。