鵺
隠し扉の下には長い螺旋階段が続いていた。
暗いためにデュラが先頭を歩き、メイがシュウゴの手を引いて少しずつ降りていく。コンコンコンと三人の足音だけが暗闇に響き渡り気味が悪い。
やがて階段が終わりデュラが扉を開くと、そこには研究室のような部屋があった。
部屋の隅で松明が燃えており、そこら中の棚には書物や液体の入った瓶、実験器具などの小物が綺麗に並んでいる。
部屋の広さとしては上の階の五倍はあり、中央の大きなテーブルには魔物のものらしき羽や爪などが無造作に置かれていた。
さらに、上とは違って最近まで誰かが使っていたかのような雰囲気だ。
「あっ、デュラさん!」
シュウゴとメイが思いもよらなかった光景に圧倒されていると、デュラが新しい扉を見つけた。シュウゴたちが駆け寄ると、デュラがドアノブに手をかけシュウゴを見る。
彼が「行こう」と頷くと、扉を開けた。
「ここは一体なんなんだ……」
狭くまっすぐな通路を歩きながらシュウゴが呟く。
すぐに次の部屋へ辿り着いた。
同時に、獣独特の濃い臭いと血生臭い刺激臭が鼻を刺す。
そこもまた広い部屋だった。
先ほどまでと違うのは、テーブルや椅子、棚などのない殺風景な円形の部屋で、円周上に獣を閉じ込めるような檻が多数置かれていた。
檻の中はどれも空だが、獣の骨や血の痕はそこら中に散見される。
シュウゴは異様な光景に目を奪われるが、ふと下を見てしゃがみ込む。
「なんだこれ?」
「……魔法陣、でしょうか?」
メイの言う通り、部屋の中央から広範囲に魔法陣が描かれていたのだ。
「待てよ……」
シュウゴはなんだかこの状況に覚えがあった。
発見された無数のカオスキメラの死骸、魔術師の地下隠れ家、異種族の獣の研究、獣たちが捕らえられていたと推定できる檻、そして巨大な魔法陣。
「……まさかっ……ここで――」
「――何者だ」
突如、シュウゴの後方で抑揚のない男の声が響いた。
シュウゴの背筋が凍る。
最初に感じていた妙な気配、それがいきなり背後に現れたのだ。
気付けなかったことに動揺を隠せない。
シュウゴが振り向くと、そこにいたのは不気味な恰好の男だった。
深編の三角笠をかぶった長い黒髪の男で、笠の下からは感情の宿っていない黄金の瞳が覗いている。
長い紺の外套で全身を覆い隠しており、その右肩には獅子の形をした頭骸骨が、左肩にはヤギの形をした頭骸骨が、まるで肩当のように着いていた。
彼が纏う雰囲気は明らかに異質で、人のものでは断じてない。
ただ、魔力を宿していたり、魔獣のような荒々しさを宿していたり、高ランクモンスターのような禍々しさを宿していたりと、まるで大勢の魔物を目の前にしているかのような迫力があった。
デュラは既にランスと盾を構え臨戦態勢に入っていたが、シュウゴは平静を装い前に出た。
「俺はハンターのシュウゴ。横の二人も同じでハンターだ。そういうあんたは何者なんだ? ハンター、じゃないんだろ?」
「ハンター、そんな情報は持っていないな。俺は鵺。この家の主だ」
鵺は相変わらず抑揚のない声で続けた。
表情もまったく変えず、なにを考えているのか全く分からない。
(鵺だって? どこかで聞いたことがあるぞ……)
シュウゴの頭の隅でなにかが引っ掛かるが、それを考える時間は与えられなかった。
「貴様らはただの人間だな? それなら喰らう価値もない」
鵺はそういうと、バッ!と外套の中から手を出した。
手の平を開き、外套の内側からまっすぐに伸ばされた腕がシュウゴへ向けられる。
その腕は、まるで墨でも塗ったかのように黒一色だった。
シュウゴは相手の一方的な態度に焦りながらも、必死に交渉しようとする。
「待ってくれ! 俺たちは戦う気なんてない。とにかく話をさせてくれ!」
しかし、シュウゴが必死に呼びかけるも鵺は応えない。
次の瞬間、鵺の突き出した腕のいたる場所から、無数の目が開いた。
「ひっ……」
あまりにおぞましい光景に、メイが小さな悲鳴を上げ後ずさる。
デュラも緊張に身体を強張らせていた。
「あ、あれは……まさかっ!?」
シュウゴがなにかに気付いたときには、鵺の腕が光を収束し輝き出していた。
「デュラ! 限界まで横へ跳べ!」
シュウゴは咄嗟にデュラへ指示し、自分はメイを抱きかかえてバーニアを噴射し左へ飛ぶ。
直後、極太の光線が室内を白光で塗りつぶした。