仇
「――いらっしゃいませ~」
広場の横にある酒場に入ると、以前と変わらず賑わっていた。
(まさか、俺がパーティーを引き連れて来るなんてな)
生涯孤独の身だと思っていたシュウゴは少しだけ喜びが湧き上がって来る。
しかし、アンとリンのことを思い出し、浮かれまいと思い直す。
かく言うメイは浮かれていた。
「わぁ……お兄様、酒場って笑顔が溢れてるんですね」
純粋なメイに苦笑する。
今も着ている豪勢な衣装を見るに、庶民的な店とは無縁の人生を送って来たのだろう。
本人は覚えていないのだろうが、それは間違いないはずだ。
シュウゴは、マントで全身を覆っている不気味なデュラと、目を輝かせて辺りを見回しているメイを連れ、三人で座れる席を探す。
ついでに情報屋の姿も見逃さないよう、仔細に目を配る。
しかし先に人を見つけたのはメイだった。
「あら? あちらのお姉さんは……」
メイの視線の先を追いかけると、ハナがいた。
今は甲冑を着けていない着物姿だ。
上品な所作で高級そうな酒を楽しんでいる。
防具はないが、相変わらず般若の仮面は頭に乗せている。
優雅で気品に溢れ、周囲の喧騒から隔離されているかのようだ。
それ故に、非常に近づきづらい。
だが折角の機会、逃すにはあまりに惜しい。
(大丈夫、こっちには貴族っぽいメイがいるんだ)
シュウゴはメイを真横に抱き寄せ、大人げなくも盾にしてハナへ突撃する。
ちなみに、メイは突然強引に抱き寄せられたことで、顔を真っ赤にして目をグルグルと回していた。
「こんばんは、ハナさん。迷惑でなければ、ご一緒してもいいですか?」
シュウゴが声をかけると、ハナはゆっくり顔を向けた。
「あなたは昼間の……ええ、構わないよ」
シュウゴはハナの柔らかい笑みに安心して向かいに腰を下ろす。
デュラとメイもその横に続いた。
ハナの向かいにシュウゴ、左隣にメイ、さらにその左隣にデュラが座り、珍しい組み合わせだと周囲の視線を一斉に集めた。
ハナも、不思議なものを見る目でジッとデュラとメイを観察した。
だがすぐに視線を逸らす。
彼女は周囲の視線など気にせず、桜の花びらをあしらった上質の杯を口に運ぶ。
「ふぅ」と幸せそうに頬を緩めると、シュウゴへ目を向けた。
「自己紹介がまだだったね。私はハナ。堅苦しいのは嫌いだから呼び捨てでいいよ。聞いたと思うけど、ハンターをやってるの」
「俺はシュウゴ。俺もハンターをやってるんだ。こっちはメイ、その横にいるのがデュラ。二人もハンターだ。よろしく頼む」
「ええ、よろしく」
シュウゴが右手を差し出すと、ハナも微笑みながら右手を伸ばし握手を交わした。
挨拶を終えてすぐに料理が運ばれて来た。
シュウゴには米と肉料理に野菜と火酒、メイには少量の野菜のコンソメスープ、デュラには泡を立てた麦酒が一杯。
「……随分と偏っているんだね?」
ハナが向かいに並んだ料理を見て、目を丸くする。
「あ、あぁ。二人とも今日はお腹一杯みたいなんだよ」
シュウゴは額に冷や汗を浮かべ、無理やり笑みを浮かべる。
デュラはコクリと頷き。メイも「そ、そうなんです」と作り笑いを浮かべた。
ハナは胡散臭そうなジト目を向けていたが、「そう」と頬を緩ませ話題を変えた。
「そういえば、最近よく噂になってた赤毛のハンターって、もしかしてあなた?」
「え? そ、そうだけど……」
シュウゴは自分の噂と聞いて、討伐隊の業務妨害やら処刑やらの噂じゃないかと顔が青ざめる。
ハナもシュウゴが悪い噂を連想しているのを察して笑う。
「凄く活躍してるって噂だよ。カオスキメラを撃退したり、コカトリスを討伐したりしてるってね」
「そうなんです。お兄様は凄いお方なんです!」
なぜかメイが興奮したように身を乗り出す。
食事を楽しめないから退屈していたのだろう。
シュウゴはメイに落ち着くよう言い聞かせて座らせる。
ハナはクスクスと笑っていた。
「可愛らしい妹さんね」
「あ、ああ。ところで、ハナはクラスBなんだよね? これからもハンターを続けていくの?」
シュウゴはずっと聞きたかったことを聞いた。
大した質問ではないと考えていたが、ハナは思いのほか真剣な表情になった。
「うん。まだ辞めるわけにはいかないの。『あいつ』を倒すまでは」
「あいつ?」
シュウゴは反射的に聞き返す。
ハナの雰囲気が戦闘時のように鋭利になり、その瞳に憤怒の炎が見えた。
ハナはすぐ我に返り、自分の発言を後悔したようだったが、シュウゴたちの心配するような表情に負け、ゆっくり語り始める。
「面白い話じゃないけどいい?」
「もちろん」
「……あいつっていうのは、クラスAモンスター『ベヒーモス』のこと」
「クラスAモンスター……」
シュウゴは息を呑み呟く。
「私には弟がいたの。私よりも強くて勇敢な弟が。でも、私たち兄弟はベヒーモスに負けたわ。そのとき弟がベヒーモスから私をかばって……」
ハナの表情が悲痛で歪む。
その先は聞くまでもなかった。
メイがシュウゴの袖をギュッと握り、シュウゴは重苦しい表情でハナの話を遮った。
「そんなことが……でも、仇を討とうにも相手がクラスAじゃ、一人では無理だろう?」
「それでも、私は戦わなくちゃいけないの」
「それならもし、ベヒーモスと対峙することがあったら、俺たちを頼ってくれ」
ハナは弾かれたように顔を上げた。
戸惑いの表情を浮かべている。
「え? い、いえ、無関係なあなたちを巻き込むわけには……」
「俺だって助けてもらったんだ。困ったときはお互い様だよ」
「……そんなことを言われたのは初めて。でも、相手はクラスAなんだよ? 怖くはないの?」
「そりゃ怖いさ。実際にクラスAと対峙したことがあるから、その恐ろしさは体が覚えてる。でも、それはハナ一人で戦わせる理由にはならない」
「シュウゴくん……ありがとう……」
ハナは頬をほんのりと赤く染めながら、微笑んだ。





