クラスBモンスター『カオスキメラ』
「――くそぉっ! よくもオガを!」
レザーアーマーの戦士がロングソードを両手で握り駆け出した。
同僚の戦士が今、地に倒れ伏し獅子の牙を突き立てられている。
「があぁぁぁっ!」
「今助けるぞ!」
「待てクロロ!」
若い戦士『クロロ』の前方を走っていた騎士たちが叫び、足を止める。彼ら三人が盾を斜め上に構えると同時に、キメラのヤギの口から青色の火炎ブレスが放射された。
「ぐぅぅぅぅぅ」
放射が止むと同時に、騎士たちの後ろからクロロが飛び出した。
向かう先は食われかけている同僚の元。後方で支援していた魔術師たちの魔法攻撃がキメラへ放たれる。
しかし炎の魔法も氷の魔法も獅子の顔やヤギの首に命中するがビクともしない。
凶霧発生以降、魔法への耐性ができたのか魔物たちには魔法攻撃が効きづらくなったのだ。
「クロロ、上だ!」
疾走するクロロの頭上に魔物が迫っていた。キメラの尻尾――蛇だ。
クロロは頭上を仰ぎ、かわしきれないと悟った。
そのとき――
「――ギィヤァァァァァッ!」
ヤギ頭が突然叫び、のけぞった。クロロの頭上の蛇は頭を切断され、大きく吹き飛んで広場横のテントへ衝突し砂塵を巻き上げる。
騎士や魔術師たちが唖然と立ち尽くす中、一人の若い男がカオスキメラの目と鼻の先で滞空した。
「――援護します」
足の裏から炎を噴射し、肩に大剣を担いでカオスキメラを睨みつけているのはシュウゴだった。
獅子が雄たけびを上げ、五体の蛇頭を順にシュウゴへ向かわせる。
シュウゴは冷静に一体一体の軌道を見極め回避。
隙の出来た五体目の首を斬り落とす。
「グオォォォッ!」
カオスキメラの獅子が短く叫ぶが攻撃の手を緩めず、四体の蛇が方向転換し、シュウゴの周囲四方向から一斉に襲い掛かった。
――バシュゥゥゥゥゥッ!
シュウゴはバック噴射で大きく後退し避ける。すると、蛇たちはそのまま高度を下げ、ヤギがブレスを放った。
シュウゴはその場で滞空し左腕をブレスへと突き出して魔力を込める。巨大な氷結の盾でブレスを受けるが、その威力はイービルアイのレーザー以上。
激戦を前に呆然と佇む討伐隊へ、シュウゴは力の限り叫んだ。
「今のうちに負傷者を救出してください!」
「っ! 恩に着るっ!」
我に返ったクロロが叫び、カオスキメラの足元に倒れる仲間へと駆け寄った。
他の騎士たちもそれに続き、その中のリーダーらしき長身の男が叫ぶ。
「魔術班は詠唱を開始! オガの救出が完了次第、魔法をキメラの足元へ放つんだ!」
紺のローブを纏った魔術師三人が長い杖を頭上へ掲げ、魔力を溜めていく。
(くっ……もう持たない……)
ブレスを受け続けているシュウゴは、魔法を使うための精神力――いわゆる魔力が枯渇寸前。魔装の隼は最低限の魔法で高出力が出せるため燃費が良いが、氷の盾は別だ。
ブレスによって氷を削られ続け、魔力を消費して再生させることで、使用限界が瞬く間に迫る。
シュウゴの額に冷や汗が流れたそのとき――
「――っ!?」
突然ヤギの口が上へと反れ、蒼炎の放射が中断された。
シュウゴが眼下を確認すると、魔術師たちによって次々に炎魔法が放たれ、カオスキメラの後ろ足の地面を砕いていた。
負傷者は既に後方へ運ばれ、三人の騎士がカオスキメラへと向かって駆けている。
シュウゴの魔力残量は残りわずか。
もう十分な飛距離も期待できず、氷結の盾を展開する余力もない。だからこそ――
「うおぉぉぉ!」
全ての魔力を腰の噴射口に込め飛び出した。
狙いは体勢を崩しよろめいているヤギ頭。
風を切り、猛スピードで一直線に迫る。
尾の蛇たちが向かってくるが、身をよじって紙一重で避け、避けきれないものは大剣で切り払う。
後方の魔法攻撃が止み、体勢を整えたヤギ頭が再びブレスを口一杯に溜めるが、もう遅い。
「はぁぁぁっ!」
グレートバスターをヤギの右目の上から振り下ろす。
豪快に肉を断ち、一撃で活動を停止したヤギは口に溜めていたブレスを内部で暴発させ、頭全体を蒼の炎で焼く。
すぐに黒こげになり、完全に沈黙した。
「や、やった!」
「おおぉっ!」
「すげぇ……」
カオスキメラの眼前まで迫っていた騎士たちが歓喜の声を上げる。
だが、まだ討伐には至っていない。
「グオォォォォォォンッ!」
獅子は憤怒の咆哮を上げると、右前足と右後ろ足を一歩引いた。その直後、その場で豪快に一回転する。
「っ!?」
下にいた騎士たちは慌てて盾を構え振り回された蛇頭の打撃を防御。
しかし、魔力が底をつきカオスキメラの背に膝をついていたシュウゴは、勢いよく振り落とされて宙へ投げ出される。
背中から地面へと激突する寸前、彼の体は受け止められた。
「おいっ、大丈夫か!?」
受け止めたのはクロロだった。シュウゴは礼を言うと立ち上がりカオスキメラへ目を向ける。
カオスキメラはその場で大きく跳び退き、まるで目に焼き付けるかのようにシュウゴを凝視するとすぐにきびすを返した。
その尾の蛇はこちらを監視しつつ、ゆっくりと歩き去っていく。
「……や、奴が逃げるぞ!」
「構わん! 深追いしたところで勝ち目はない。今は負傷者を町まで運ぶ方が先だ」
リーダー格の騎士の諫言で討伐隊は撤退の準備を始める。
救出された戦士は腹から大量の血を流し瀕死の状態だった。
クロロと騎士の一人が両側から腕を回し、慎重に運んでいく。
カオスキメラの撃退は、なんとか成功。
シュウゴは置いてきた素材を回収しようと彼らに背を向けた。
「助かったよ。見慣れない装備だが、バラム商会のハンターだろう?」
「……はい」
「街に戻ったら、領主様への戦果報告に君も立ち会ってほしいんだが、どうかな?」
シュウゴに声をかけたのは、隊長と思わしき中年の騎士だった。
しかし、領主などというお偉いさんと会うのが億劫だと感じたシュウゴは、「お構いなく」と丁重に断り立ち去るのだった。
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