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綺麗で不気味な沼

 シュウゴは左腕をメイの元へ飛ばし杖を掴んでいるメイの手を包むように掴むと、糸を通して語り掛ける。


「メイ、大丈夫か?」


「お、お兄様……ご、ごめんなさいっ、わ、私……」


「いいんだメイ。誰だって最初は失敗するし、何度も間違える。だから何回だってやり直せばいい」


「でも私、怖くて、辛くて、目を開けていられないんです。それでさっきも」


 シュウゴは理解した。

 メイは優しすぎるのだ。

 怖くて辛いのは自分のことを案じているのではなく、敵が傷つく姿を見るのが耐えられないのだ。

 ならば、それを誰かが背負ってやらねばならない。

 たとえ全ては無理だったとしても、少しでもその重荷が軽くなるように。


「ごめんメイ。君に辛い思いばかりさせて。これは君のせいじゃない。そう指示した俺の責任だ」


 シュウゴは倒れていた体を起こす。

 既にコカトリスは糸を振りほどき、メイに狙いを定めていた。


「メイ、最後に奴を狙ってくれ。後は目を瞑ったっていい。俺が支えるから」


 メイは震える手で杖の切っ先をコカトリスに向け、レーザーの収束を開始する。

 するとコカトリスもメイへ向かって走り始めた。


「ひっ……」


 メイは頬を歪ませ目をギュッと瞑る。

 震えで射線がズレそうになるがシュウゴが左腕でしっかり支える。

 やがて、レーザーの収束完了を確認したシュウゴが叫んだ。


「今だっ!」


「っ!」


 最大出力のレーザーが放たれる。

 今度は射線は逸れなかった。

 高熱量のレーザーはコカトリスの胴体をいとも簡単に貫き、コカトリスは足をもつれさせメイの目の前で転倒する。


「――クカアァァァァァッ!」


 そして苦しそうにもがくと、最後に断末魔の叫びを上げ、ぱたりと倒れた。

 メイは目を開けると顔を歪め後ずさる。


「こ、これをわたっ……私が……」


「違う。俺たちの戦果だ」


 シュウゴはそう言うとなけなしの魔力で左腕を身体へ引き戻す。

 シュウゴはメイの元へ向かうべくゆっくりと歩き出した。

 ポーションで体力を回復すべきだが、今は足を動かす方が先だと思った。

 しかし、まだ終わっていなかった。


「――カッ」


 コカトリスが突然目を開ける。そしてのっそりと立ち上がる。


「そ、そんな!?」


 様子を見るに瀕死の体ではあるものの、最後にメイに一矢報いるつもりか。

 シュウゴはバーニアを噴射するが魔力残量が足りず、スピードが出せない。

 コカトリスはのっそりと頭を上げ、クチバシをメイに振り下ろした。

 メイはギュッと目を瞑り一滴の涙を流す。


「ご、ごめんなさい――」


 ――ガキィィィィィンッ!


 激しい金属音が響いた。

 メイの頭上に巨大な盾が現れ、クチバシを受け止めていたのだ。


「……え?」


「デュラ!」


 デュラは盾でクチバシを押しのけ、ランスでコカトリスの喉元を突き止めを刺す。


「ク……」


 コカトリスは叫ぶ余力も残っていなかったのか、今度こそ静かに倒れた。

 デュラはゆっくり振り向くと、「あ、あの、私……」と怯えるメイの頭を優しく撫でた。


「あっ……ありがとう、ございました」


 彼らの元へ歩み寄ったシュウゴは、頬を緩ませ微笑んだ。


「ありがとうデュラ。メイもよく頑張ってくれた。とりあえず今は一旦休もう」


 毒沼に落としてしまった大剣はデュラが回収し、毒消し薬をかけてシュウゴは再び背に納めた。

 デュラのマントはたっぷりと毒を吸ってしまったので、脱ぎ捨ててもらうことにした。


 アイテムで万全の状態に回復したシュウゴたちは、コカトリスの素材を回収し洞窟に足を踏み入れる。

 フラッシュボムで最初に内部を確認したが、思った以上に広くアビススライムが生息していることぐらいしか分からなかった。

 シュウゴとデュラがたいまつを持ち、デュラを先頭に、シュウゴとメイは後ろに並んで慎重に進む。

 ここにも鉱脈があり結晶化した鉱石類が輝きを放っているが、今は採取するようなことはしない。


「ごめん、メイ。あと少しの辛抱だから耐えてくれ」


「わ、私は大丈夫です」


 メイは無理やり笑みを作りながらシュウゴを見上げる。シュウゴは胸が痛んだ。


「これが終われば君は自由だ。こんな危ない土地で戦いに駆り出されることもないし、安全なカムラの町で穏やかに過ごすことができるよ」


「え? は、はい……でも、それでは……」


 メイはどこか戸惑ったように声を詰まらせる。

 なにか問題があるのだろうかとシュウゴが首を傾げていると、前方でデュラが立ち止まった。

 シュウゴが先に進まないよう、デュラは右手で制し、足元をたいまつで照らす。


「毒の沼か」


 シュウゴが呟くとデュラは頷く。

 紫色で毒混じりの泥水の広がるその先に目を向けると、仄かな光が差し込んでいるように見えた。

 出口のようだ。

 となると、ここを突っ切るしか手はない。

 幸いこのメンバーなら先に進めそうなので――


「――きゃっ、お、お兄様?」


 シュウゴはメイを両手で抱きかかえた。

 俗に言う『お姫様抱っこ』というやつだ。

 目をグルグル回して戸惑いの声を上げたメイだったが、シュウゴにしっかりつかまっておくように言われ、おずおずとシュウゴの首に腕を回した。

 メイは状態異常にかからないので、そのまま進むことも可能だったが、鎧のデュラと違ってスカートに染み込んでは後々が大変だ。


「デュラ、俺はメイを運んで低空飛行する。君はそのまま沼を突っ切ってくれ。もし深いようだったら引き返すんだ」


 シュウゴが指示するとデュラは頷き、毒の沼を進み始めた。

 洞窟を出ると毒沼は出口から広範囲に広がっていた。

 シュウゴはその先の陸地を見つけると、着地しメイを降ろした。

 メイはなぜだか頬を紅潮させているが、シュウゴには理由がさっぱり分からない。

 もしかして変なところを触ってしまったのだろうかと不安になる。

 すぐにデュラも洞窟を抜け、シュウゴたちと合流した。


「それにしても瘴気が濃いな」


 シュウゴは思い出したように口に装着している浄化マスクを押さえる。

 素材になった浄化の杖の欠片に魔力を供給し続けているため、こんな場所でもし魔力が尽きてしまったら、呼吸困難で死にかねない。

 瘴気によって視界も悪く、フラッシュボムをこれまで多用したために残り一個しかないので、慎重に進む。

 すぐに大きな沼に差し掛かり足を止めた。


「なんだこの色……それにこの気配……」


 その沼の色はそこら辺にある白濁色のものではなく、澄んだエメラルドグリーンだった。

 メイも「綺麗……」と目を丸くしている。

 デュラは警戒するように腰を落とし、ゆっくり辺りを見回している。強い気配を感じるのだ。

 この感覚は以前、孤島の洞窟でケルベロスのいた部屋から漂っていたものに近い。


「デュラ、メイ、二人はここで待機していてくれ。俺は少し先を見てくる」


「は、はい、お気をつけて」


 メイは心細そうに小さな声で返事をし、デュラはゆっくり首を縦に振った。


「大丈夫。なにか分かったらすぐに戻るよ」


 シュウゴは安心させるようにそう言ってバーニアで飛び上がる。

 大したスピードは出さずに周囲を見渡しながら先に進んでいく。

 緑の沼は思った以上に広く、中々終わりが見えない。瘴気の最も濃い場所に、普通とは違う色の沼。それに強い気配。

 シュウゴは嫌な予感をヒシヒシと感じる。

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