カムラの領主
「――わぁ……」
転石でカムラの第二教会へ移動すると、内装を見た少女が物珍しそうに辺りを見回した。
ずっと荒れたフィールドをさまよっていたのだから、格式ある建物に関心を寄せるのも無理はない。
シュウゴは「行こうか」と優しく言って少女の手を引き教会を出る。
領主の館はすぐそこだった。
討伐隊が次々に館へ入っていくが、討伐隊長の指示でシュウゴたちとクロロは立ち止まった。
「………………」
少女はぎゅっとシュウゴの左手を握り、瞳を不安げに揺らしながらシュウゴを見上げた。
シュウゴは少女に目を合わせる。
「……そうだ、君に名前を付けよう」
「えっ?」
「名前がなかったら色々と不便だからね。勝手だけど、そうだなぁ……『メイ』っていうのはどうかな? もし嫌だったら別のを考え直すよ」
少女は首を横へ振った。
「メイ……素敵な名前。ありがとうございます」
メイが目を輝かせて礼を言うとシュウゴは柔らかく微笑んだ。そしてすぐに覚悟を決めた戦士のような表情を作る。
「メイ、俺はこれから君のことを利用する。酷いことだって言うかもしれない。でも信じてほしい。決して君を見捨てたりはしないと」
「はいっ!」
しばらくして討伐隊長が現れ、領主との面会が許可された旨を伝えられる。
シュウゴはメイの手を引き、ヴィンゴールと闘うべく領主の館へと足を踏み入れた。
領主の館へ入るとすぐに二階へ案内された。
この建物の一階には受付があり、領主に用事がある場合はまずそこで用件を伝え、取り次いでもらうのが通常の流れだ。
奥の部屋には常に手練れの騎士が数名常駐しており、二階にいる領主の隣にも別で二人の護衛がついている。
また、一階には多くの書棚があり、重要な書類や住民の個人情報などが保管管理されている。
シュウゴ、デュラ、メイが二階に上がると、カムラ領主のヴィンゴールが待ち構えていた。
仰々しく敷かれた橙色の絨毯の先に大きく立派な執務机があり、ヴィンゴールはその目の前に立っている。
応接セットが部屋の脇に置かれているが、おそらくシュウゴの面会を聞いて移動させたのだろう。
絨毯の両脇には先ほどの討伐隊と、常駐していると思われる、眩しくメタリックな光沢を放つ甲冑の騎士たちが整列し、入室したシュウゴたちへ鋭い眼差しを向けていた。
「ヴィンゴール様、ハンター様ご一行をお連れしました」
「ご苦労」
受付嬢は深く頭を下げると、階下へ戻っていく。
しかし最後尾にいたクロロと一階から上がって来た騎士は戻らない。
相当警戒されているようだ。
「ハンターのシュウゴ、デュラ、そして少女は前へ」
領主の右斜め前に立つ側近らしき騎士の指示に従い、シュウゴたちはヴィンゴールの手前までゆっくり移動した。
ヴィンゴールの左斜め前にも側近らしき男がいるが、野性味を感じさせる装備といい、獰猛な覇気といい、こちらはハンターのような雰囲気だ。
シュウゴたちがヴィンゴールの三メートルほど手前で足を止めると、ヴィンゴールが引き締まった表情で鋭い眼光を放つ。
顔に深い皺の刻まれたヴィンゴールは、四十半ばほどの年齢で黒と白の入り混じった長い髪を後ろに流している長身痩躯。
根は善良だが基本的に厳しい態度で仕事に臨み、公平性を重視するが故に誰に対しても容赦はしない。
「そなたがシュウゴか。カオスキメラ撃退の際は、討伐隊が世話になった」
「い、いえ……」
感謝の言葉から話が始まったことに、シュウゴは少し困惑した。
「話は聞いている。フィールドを彷徨っていたその少女を魔物と認識し、討伐隊が討伐しようとしたところを君たちに妨害されたと」
「彼女の名は、メイと言います」
「そうか、失礼した」
シュウゴが少し語気を強めて言うと、ヴィンゴールは頷きメイへ目を向けた。
「君はメイをどうするつもりだ? 町の脅威となるかもしれない者を強引に連れ帰った理由はなんだ? 納得できる理由がなければ、民の生命を脅かした罪として処刑することになるぞ」
ヴィンゴールは弾劾するかのように険しい表情で問う。
シュウゴは姿勢を正し、まっすぐにヴィンゴールの目を見つめた。
さすがは領主。
全身から荘厳な覇気が溢れ、眼光にすら相手を従わせるほどの気迫がこもっている。
それでもシュウゴは怯まない。
「彼女の力を魔物の討伐に役立てたいのです」
「なに?」
ヴィンゴールが不審げに聞き返し、周囲の騎士たちもざわついた。メイですらも「えっ?」と困惑の声を上げていた。