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「待ってデュラ」


 シュウゴはデュラの横から一歩前に出て、隊長と向き合った。


「今ここで争っても、互いに無意味な損害を出すだけです。それに俺たちは討伐隊を敵に回したいわけじゃない。ですので、俺たちを領主様の元へ連れて行ってください。弁明はそこでします」


「なにを言うかと思えば……ふんっ、そんなことができるわけないだろう。我々に牙をむいたのだ。お前たちが領主様に危害を加えないという保証がどこにある?」


「違います。俺たちは攻撃されたから身を守ったに過ぎません。これは正当防衛であって敵対行為ではありません。自分の身に危険が迫らない限り、武力を行使しないことを誓います。ですから、俺たちハンター二人とこの少女をどうか領主様の元へ」


 シュウゴの必死な提案に、隊長は眉を寄せて黙り込む。

 判断を迷っているのだろう。

 実力はシュウゴたちの方が上。

 であれば、このまま敵に回すよりも一旦彼らの要望を聞き入れ、もっと上の人間に判断を仰ぐべきではないかと。

 沈黙を破ったのはクロロだった。


「隊長、彼は討伐隊を援護しカオスキメラを撃退したことで、ヴィンゴール様も少なからず関心を抱いています。それに、バラム会長の推薦でハンタークラスも上がったそうです。ここは一旦カムラに連れ帰った方がいいのではないでしょうか?」


「……分かった。では彼らが逃げないようにしっかり見張っておけ。こんなところに拘束具などないからな」


「はい」


 隊長はシュウゴに一言「ついて来い」と言うと、きびすを返した。

 交渉はなんとか成立したようで、シュウゴは安堵に胸をなでおろす。

 クロロに礼を言うと、彼は照れくさそうに笑った。


「礼なんていらないさ。助けてもらったのは俺も同じだからな。あのとき、結局『オガ』は死んじまったが、最期に家族や友人たちと会わせてやることができた。あんたのおかげだ」


 シュウゴはなんだか不思議な感覚におちいった。

 悲しい話のはずなのに、どこか満たされているような例えようのないふわふわとした気持ちだ。

 クロロは表情を切り替え、シュウゴに討伐隊の後ろを行くよう告げる。


「さあ、急いでくれ」


 シュウゴは頷くと、うずくまっていた少女の手を握り、ゆっくりと立たせてやる。

 気品を感じさせる上質な衣服は転んだりしたのか、ところどころ砂で汚れてしまっていた。

 少女は心細そうにシュウゴの左手を握り返す。


「大丈夫だよ。俺を信じて」


「……は、はい……」


 少女は蚊の鳴くような小さな声で返事をすると、シュウゴと共に歩き出した。


 シュウゴは、カムラへ戻るまでに少女から様々なことを聞き出す。

 あるとき突然、木々の枯れ果てた森の奥で目覚めた彼女は、あらゆる記憶を失っていたという。

 名前や家族、どこに住んでいたかなども。

 ただ、元の種族は人間であるという確信だけはあったらしい。

 気が狂いそうなほどにドス黒い霧に包まれたその場所は、どうやら墓地だったようだ。

 彼女は急に怖くなり、無我夢中で駆け抜け、様々な土地を彷徨った末に、この地まで辿り着いた。


 シュウゴは彼女が元人間であることを認めたうえで、今の体の特徴を訪ねた。

 返ってきた回答はこうだ。

 腹が減らない、味覚がない、痛覚がない。

 自分で思っている以上の身体能力を発揮してしまう。

 そして、胸に手を当てても心臓の音が聞こえない。


「アンデットか……」


「はい?」


 シュウゴの呟きに少女は首を傾げる。

 そのおっとりとした目で寄り添って歩いているシュウゴを見上げていた。

 シュウゴは慌てて「ううん」と首を振ると笑みを作った。


 彼女の特徴はシュウゴがゲームでよく知るアンデット族に近かった。

 とすると、彼女が人間の姿をしていることに納得できる。

 おそらく、かつてはどこぞの貴族の娘で凶霧に飲み込まれて命を失ったか。

 身体能力が高いのも、人間としての脳のリミッターが外れてしまっているからだろう。

 デュラ同様、状態異常は無効化できるはずだ。


 難しい顔をして歩きながらも、自分を見つめるシュウゴに少女は首を傾げる。


「……お兄さま?」


「……ん? お、お兄さまぁ!?」


 突然、上目遣いの美少女がとんでもないことを口走ったので、シュウゴは素っ頓狂な声を上げた。

 不審げに思ったのか、先頭を歩いていた討伐隊長が振り向く。

 シュウゴは慌てて平静を取り繕い、小声で少女に尋ねた。


「お、お兄さまっていうのは、ど、どういうことなんだ?」


 少女はようやく自分の言ったことを自覚したのか、バッと顔を伏せた。

 耳が真っ赤になっている。

 肌が白いため尚更よく分かる。


(か、可愛い……)


 シュウゴは危うく心を奪われるところだった。

 だが自分はロリコンではないと我慢した。

 二十二歳の青年が十五歳くらいの少女に惚れるなど、あってはならないと。

 そんなシュウゴの葛藤などつゆ知らず、少女は恥ずかしそうに俯いたまま、ボソボソと答える。


「……私には尊敬していた兄がいた、そんな気がするんです。記憶ではなく感覚的なものですが、確信しています。それでもし兄がいたら、シュウゴさんみたいな優しい人なのかぁと……」


「ぐ、ぐふぁっ!」


「ど、どうしたんですか?」


 シュウゴのハートにクリティカルヒットした。

 無自覚な年下の少女にガンガン心を揺さぶられ、本能が「この子は危険」だと警鐘を鳴らしている。


 ニヤけそうな頬の筋肉を必死に固定し、少女に言葉を返せないシュウゴの代わりに、デュラが少女の肩に優しく手を置いた。

 少女がハテナマークを頭に浮かべながらデュラへ目を向けると、彼は静かに首を横へ振った。

 少女はますます困惑するが、とりあえず口を噤んでくれたのだった。

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